marginalia

読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第20章

―帽子のリボンと汗どめバンドの取り違えが命取り― 【訳文】 《インディアンは臭った。ブザーが鳴ったとき、小さな待合室の向こう側にはっきりと臭いがしていた。私は誰だろうと思ってドアを開けた。廊下のドアを入ったところに、まるで青銅で鋳造されたみた…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第19章

―口紅は落ちているのか、いないのか― 【訳文】 《曲がりくねった私道を歩き、高く刈り込まれた生垣の陰で迷子になりながら門に出た。新顔の門番は私服を着た大男で、どこから見てもボディガードだ。うなずいて私を通した。 ホーンが鳴った。ミス・リオーダン…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第18章(6)

―フィネガンの足のような寒気、というのは― 【訳文】 《女は私の膝の上にしなだれかかった。私は顔の上に屈み込んで眼で舐めまわした。彼女は私の頬に蝶がキスするように睫を震わせた。唇を合わせたとき、彼女の唇は半開きで燃えていた。歯の間から舌が蛇の…

『さらば愛しき女よ』を読み比べる―第18章(5)

―ドレスが首のあたりまでめくれ上がったのには理由があった― 【訳文】 《「男はリンの座っている側に近づくとすぐに、スカーフを鼻の上まで引っ張り上げ、銃をこちらに向け『手を挙げろ』と言った。『おとなしくしてればすぐに済む』。それからもう一人の男…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第18章(4)

―どんなドレスを着たら、裾が首のあたりまでまくれ上がるものだろう― 【訳文】 《「ニュートンはいいでしょう」私は言った。「ギャングとつるむようなタイプじゃない。当て推量に過ぎませんが。フットマンについてはどうですか?」 彼女は考え、記憶を探った…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第18章(3)

18-3 【訳文】 《「何だろう、このお上品な飲み方」彼女はいきなり言った。「さっさと話に入りましょう。にしてもあなた、あなたみたいな稼業にしちゃ、ずいぶん様子がいいのね」「悪臭芬々たる仕事です」私は言った。「そんな意味で言ったんじゃない。お金…

オープン・ガーデン

南伊勢町に無料開放している庭があって、今ササユリが見頃だ、という話を妻が聞きつけてきた。ボランティア仲間との作業に忙しいのは大変だが、こういう情報交換のお土産がある。なんでも、土日月だけの公開で、今日を逃すと来週はもう見られないという。 そ…

「帰るう」

暑くなってきた。夏毛に生え変わる時期だからか、ニコの抜け毛がすごい。毎朝夕櫛で梳いても、もくらもくらと毛がついてくる。我が家に来たばかりのころは、さわられるのが嫌で、よく逃げられたものだが、最近は櫛を入れると、グルグルと喉を鳴らす。 冬から…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第18章(2)

18-2 【訳文】 《縞のヴェストに金ボタンの男がドアを開けた。頭を下げ、私の帽子を受け取れば、今日の仕事は終わりだ。男の後ろの薄暗がりに、折り目を利かせた縞のズボンに黒い上着を着て、ウィング・カラーにグレイ・ストライプ・タイをしめた男がいた。…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第18章(1)

18-1 【訳文】 《海に近く、大気中に海の気配が感じられるのに、目の前に海は見えなかった。アスター・ドライブはその辺りに長くなだらかなカーブを描いていた。内陸側の家もそこそこ立派な建物だったが、渓谷側には巨大な物言わぬ邸宅が建ち並んでいた。高…

答志島温泉に行ってきました。

今日は長男の仕事が休みということで、趣味の離島行きに誘われた。島のいきのいい寿司を食べ、温泉につかるという。妻が乗り気だというので慌てて支度をした。といっても、たかが知れている。替えの下着、靴下とタオルを用意するだけのことだ。船の出る時間…

『さらば愛しき女よ』を読み比べる―第17章(2)

【訳文】 《寝具の下で女のからだは木像のように硬直した。目蓋も凍りついた。縮んだ虹彩を半分覆った位置で。息は止まった。「信託証書が高額すぎてね」私は言った。「この辺りの物件の価格からいうとだが。リンゼイ・マリオットなる人物の所有になる債権だ…

GWでも混雑とは無縁のドライブコース

十連休も折り返しに入った。退職後は、毎日が連休みたいなものだから、連休が何日続こうが別にどこへ出かける予定もない。それよりも、なまじ観光地に住んでいるので無駄に道が混むのに閉口する。 それにしても、朝からいい天気だ。妻もどこかに出かけたそう…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第17章(1)

17 【訳文】(1) 《呼び鈴を鳴らそうが、ノックをしようが、隣のドアから返事はなかった。もう一度試してみた。網戸の掛け金は外れていた。玄関ドアを試してみた。ドアの鍵は開いていた。私は中に入った。 何も変わっていなかった、ジンの匂いすらも。床に…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第16章

16 【訳文】 《そのブロックは前日に見たのとそっくり同じだった。氷屋のトラックと私道の二台のフォードを除けば通りは空っぽで、角を曲がったところでは砂埃が渦を巻いていた。私は車をゆっくり走らせて一六四四番地の前を通り過ぎ、離れたところに停め、…

『さらば愛しき女よ』を読み比べる―第15章

15 【訳文】 《女の声が答えた。乾いたハスキーな声で外国なまりがあった。「アロー」「アムサーさんとお話ししたいのだが」「あのう、残念です。とってもすみません。アムサー電話で話すことありません。わたし秘書です。伝言をお聞きしましょう」「そこの…

『さらば愛しき女よ』を読み比べる―第14章(2)

14【訳文】(2) 《電話のベルが鳴り、上の空で電話に出た。冷静で非情な、自分を優秀だと思い込んでいる警官の声。ランドールだ。決して声を荒らげることはない。氷のようなタイプだ。「通りすがりだったんだよな、昨夜ブルバードで君を拾ってくれた娘は?…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第14章(1)

14 【訳文】 《私はロシア煙草の一本を指で突っついた。それからきちんと一列に並べ直し、座ってた椅子をきしませた。証拠物件を捨ててはいけない、というからには、こいつは証拠品だ。しかし、何の証拠になる? 男がときどきマリファナ煙草を吸っていて、何…

トリミング

昨日、トリミングしてもらったばかりのニコ。長く伸びたフリルや指の間から伸びた毛を短くカットしてもらって、ひと回り小さくなった。 二階ホールの手摺子の前で、ちょっとおすまし。寒い間、寝室のベッドの上や陽のあたる南向きの窓ばかりにいたニコが、陽…

『さらば愛しき女よ』を読み比べる―第13章(5)

《見るたびに好ましくなる顔だ。目の覚めるようなブロンドなら掃いて捨てるほどいる。しかし、この娘の顔は見飽きるということのない顔だ。私はその顔に微笑んだ。「いいかい、アン。マリオット殺しはつまらんミスだ。今回のホールドアップの背後にいるギャ…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第13章(4)

《ブロンドだった。司祭がステンドグラスの窓を蹴って穴を開けたくなるような金髪だ。黒と白に見える外出着を着て、それにあった帽子をかぶっていた。お高くとまっているように見えるが、気になるほどではない。出遭ったが最後、相手を虜にせずには置かない…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第13章(3)

《彼女は煙草をもみ消した。口紅はついていなかった。「こうやってあなたを煩わせているのは、私としては警察とうまくやる方が手間が省けると言いたいだけ。昨夜言っておくべきだったわね。それで今朝、事件の担当者を探し当てて会いに行ってきた。初めは、…

大根もち

今日のお昼は大根もち。 この間から、妻が材料を用意していた。 私の仕事は大根のおろし番だ。ピーラーで皮をむいてからおろし始めた。 350グラムほどおろした。おろし金は銅製の本格的な物で、けっこう力がいる。 後はお願いをして、本を読んでいたらお…

北向きの窓

めずらしく、ニコが書斎にやってきた。 朝早くに目を覚まし、朝ご飯の催促か、トンと足音を立てて椅子から下り、私が起きるのをドアのところで待っていた。カーディガンをひっかけてドアまで行くと、いそいそと階段を下りて居間に入っていく。 家中のドアは…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第13章(2)

《白檀のあるかなきかの微香が私の前を通り過ぎた。立ち止まった女が見ていたのは五つの緑のファイリングケース、擦り切れた錆色の敷物、埃をかぶった家具、それにお世辞にも清潔とはいえないレース・カーテンだった。「電話に出る人が必要ね」彼女は言った…

陽気に誘われて

「鈴鹿の森庭園」 外に出ることがあまりない。気分転換と称し、近所を半時間ばかり歩くのが習慣になっている。それでも季節の移り変わりには目が留まる。めっきり暖かくなってきて、どこの家の庭でも梅が見ごろだ。特に紅梅の色が目に鮮やかで、陽気のせいか…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第13章(1)

13 《九時に目を覚まし、ブラック・コーヒーを三杯飲んだ。氷水を使って後頭部を洗い、アパートメントのドアに投げ入れられていた朝刊二紙に目を通した。ムース・マロイにまつわる二幕目の小さな記事があるにはあったが、ナルティの名前はなかった。リンゼイ…

Reborn

ずっと使っていなかったデジタル一眼。バッテリー切れで、充電がきかなくなっていた。新しいバッテリーを買って、カメラは動いたのだが、撮った写真をパソコンに取り込もうとしたら、今度はカード・リーダーがいうことを聞かない。 ドライバを更新してもだめ…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第12章(3)

《ランドールは首を振った。「もし、組織的な宝石強盗団なら、よほどのことでもない限り人は殺さない」彼は突然話を打ち切り、眼にどんよりした膜がかかった。ゆっくりと口を閉じ、固く結んだ。思いついたのだ。「ハイジャック」彼は言った。 私はうなずいた…

ストラバイト

先日、書斎で本を読んでいると妻が慌ただしくドアを開けて「あなた大変、ニコまた病院に行かなきゃ」という。聞けば、トイレに敷いてあるシートにきらきら光るものがあるという。尿路結石にかかった猫が出すストラバイト結石らしい、と。 最近、ニコは元気で…