marginalia

読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第29章(2)

<smooth shiny girls>は「練れた、派手な女」でいいのだろうか? 【訳文】 《「いいスーツを着ているな」 彼の顔がまた赤くなった。「このスーツの値段は二十七ドル五十セントだ」彼は噛みつくように言った。「なんとも感じやすい警官だな」私は言って、レ…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第29章(1)

ドア越しに相手に投げるのは、キスだけじゃない。 【訳文】 《パジャマ姿でベッドの脇に座りながら、起きようかと考えていたが、まだその気になれなかった。気分爽快とまではいえないが、思っていたよりましだ。サラリーマンだったら、と思うほど気分は悪く…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第28章(2)

階と階とをつなぐ階段は<stairs>。戸口から地面に通じる階段は<steps>。 【訳文】 《彼女はグラスを持って帰ってきた。冷たいグラスを持ったせいで私の指に触る彼女の指まで冷たくなっていた。私はしばらくその指を握り、それからゆっくり放した。顔に陽…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第28章(1)

「胃」がバントをするなんて聞いたことがない。 【訳文】 《居間には淡い茶色の模様入りのラグ、白と薔薇色の椅子、高い真鍮の薪のせ台のついた黒大理石の暖炉があった。壁には造りつけの背の高い書棚、閉めたベネチアンブラインドの前にはざっくりした地の…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第27章(2)

「怪物博士」とは、ボリス・カーロフの知名度も落ちたものだ。 【訳文】 「ここを出たら、すぐに逮捕される」彼は厳しく言った。「君は警察官によって正式に収監されたんだ―」「警察官にそんなことはできない」 それは彼を動揺させた。黄色味を帯びた顔に変…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第27章(1)

ものをいうとき、舌を外に出すだろうか? 【訳文】 《そこは診察室だった。狭くもなく、広くもない、簡便で実務的な作りだ。ガラス扉の中に本がぎっしりつまった書架。壁には応急処置用の薬品棚。消毒のすんだ注射針と注射器がずらりと並ぶ、白いエナメルと…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第26章

―訳者には自分の解釈を読者に押しつける権利などない― 【訳文】 《クローゼットの扉には鍵がかかっていた。椅子は持ち上げるには重すぎた。がっしりしているのは訳があったのだ。シーツとベッドパッドを剥ぎとり、マットレスを片側に引っ張った。下は網状の…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第25章(2)

「バラの葉」と「薔薇の花弁」どちらが美しいベッドの材料になる? 【訳文】 《私は酔っぱらいのようによろよろと歩き出した。二つの格子窓の間、小さな白いエナメルのテーブルの上にウィスキーの瓶があった。いい形をしていた。半分以上残っている。私はそ…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第25章(1)

―動いていないはずの煙に、なぜ<up and down>が使われるのか― 【訳文】 《部屋は煙でいっぱいだった。 あたりには煙が本当に漂っていた。小さな透明のビーズでできたカーテンのように真っ直ぐな細い列になって。突き当りの壁にある窓は二つとも開いている…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第24章

―<backseat>には、「つまらない地位」という裏の意味がある― 【訳文】 《エレベーターで下まで降り、狭い廊下を抜け、黒いドアから外に出た。外気は爽やかに澄みきっていた。海霧も流れてこない高さだった。私は深く息を吸った。 大男はまだ私の腕をつかん…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第23章

―いくらタフでも、喉が「肉挽機」を通ったら、元に戻りそうにない― 【訳文】 《「おい」大男が言った。「そろそろ潮時だ」私は目を開けて、体を起こした。「河岸を変えようじゃないか、なあ」 私は立ち上がった。まだ夢見心地だった。我々はドアを通ってどこ…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第22章

―格闘の最中に、突然、市役所が出てくる理由とは― 【訳文】 《スツールを蹴って立ち上がり、脇の下のホルスターから銃を抜いた。いい手際とは言えなかった。上着にはボタンがかかっていたし、手早くもなかった。もし誰かを撃つことになったら、どっちみち私…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第21章(4)

―にらんで相手の目を背けさせることができなかったのは何故か― 【訳文】《軽口は関心を引けなかった。テーブルを叩く音は続いていた。私はこつこつという音に耳を傾けた。何かが気に入らなかった。まるで暗号のようだった。彼は叩くのをやめ、腕を組み、背凭…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第21章(3)

―どうして村上氏は原文にない「死者」を訳に付け足したのだろう― 【訳文】 《「どうしてそうなったのか知りたいという訳か?」「そうだ。こちらが百ドル払わなきゃいけないくらいだ」「その必要はない。答えは簡単だ。私の知らないこともある。これはそのひ…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第21章(2)

―指輪がフィンガー・ブレスレットを連想させた、その理由― 【訳文】 《艶やかな巻き毛の、浅黒く痩せ細ったアジア風の顔をした女だ。耳には毒々しい色の宝石、指にいくつも大きな指輪をしていた。月長石や銀の台に嵌めたエメラルドは本物かもしれないが、ど…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第21章(1)

―サンセット・ブルヴァードを、素早く通り抜けられるはずがない― 【訳文】 《車はダーク・ブルーの七人乗りのセダンだった。最新型のパッカード、特注品。真珠の首飾りをつけたときに乗るような車だ。消火栓の脇に停められていて、木彫のような顔をした浅黒…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第20章

―帽子のリボンと汗どめバンドの取り違えが命取り― 【訳文】 《インディアンは臭った。ブザーが鳴ったとき、小さな待合室の向こう側にはっきりと臭いがしていた。私は誰だろうと思ってドアを開けた。廊下のドアを入ったところに、まるで青銅で鋳造されたみた…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第19章

―口紅は落ちているのか、いないのか― 【訳文】 《曲がりくねった私道を歩き、高く刈り込まれた生垣の陰で迷子になりながら門に出た。新顔の門番は私服を着た大男で、どこから見てもボディガードだ。うなずいて私を通した。 ホーンが鳴った。ミス・リオーダン…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第18章(6)

―フィネガンの足のような寒気、というのは― 【訳文】 《女は私の膝の上にしなだれかかった。私は顔の上に屈み込んで眼で舐めまわした。彼女は私の頬に蝶がキスするように睫を震わせた。唇を合わせたとき、彼女の唇は半開きで燃えていた。歯の間から舌が蛇の…

『さらば愛しき女よ』を読み比べる―第18章(5)

―ドレスが首のあたりまでめくれ上がったのには理由があった― 【訳文】 《「男はリンの座っている側に近づくとすぐに、スカーフを鼻の上まで引っ張り上げ、銃をこちらに向け『手を挙げろ』と言った。『おとなしくしてればすぐに済む』。それからもう一人の男…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第18章(4)

―どんなドレスを着たら、裾が首のあたりまでまくれ上がるものだろう― 【訳文】 《「ニュートンはいいでしょう」私は言った。「ギャングとつるむようなタイプじゃない。当て推量に過ぎませんが。フットマンについてはどうですか?」 彼女は考え、記憶を探った…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第18章(3)

18-3 【訳文】 《「何だろう、このお上品な飲み方」彼女はいきなり言った。「さっさと話に入りましょう。にしてもあなた、あなたみたいな稼業にしちゃ、ずいぶん様子がいいのね」「悪臭芬々たる仕事です」私は言った。「そんな意味で言ったんじゃない。お金…

オープン・ガーデン

南伊勢町に無料開放している庭があって、今ササユリが見頃だ、という話を妻が聞きつけてきた。ボランティア仲間との作業に忙しいのは大変だが、こういう情報交換のお土産がある。なんでも、土日月だけの公開で、今日を逃すと来週はもう見られないという。 そ…

「帰るう」

暑くなってきた。夏毛に生え変わる時期だからか、ニコの抜け毛がすごい。毎朝夕櫛で梳いても、もくらもくらと毛がついてくる。我が家に来たばかりのころは、さわられるのが嫌で、よく逃げられたものだが、最近は櫛を入れると、グルグルと喉を鳴らす。 冬から…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第18章(2)

18-2 【訳文】 《縞のヴェストに金ボタンの男がドアを開けた。頭を下げ、私の帽子を受け取れば、今日の仕事は終わりだ。男の後ろの薄暗がりに、折り目を利かせた縞のズボンに黒い上着を着て、ウィング・カラーにグレイ・ストライプ・タイをしめた男がいた。…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第18章(1)

18-1 【訳文】 《海に近く、大気中に海の気配が感じられるのに、目の前に海は見えなかった。アスター・ドライブはその辺りに長くなだらかなカーブを描いていた。内陸側の家もそこそこ立派な建物だったが、渓谷側には巨大な物言わぬ邸宅が建ち並んでいた。高…

答志島温泉に行ってきました。

今日は長男の仕事が休みということで、趣味の離島行きに誘われた。島のいきのいい寿司を食べ、温泉につかるという。妻が乗り気だというので慌てて支度をした。といっても、たかが知れている。替えの下着、靴下とタオルを用意するだけのことだ。船の出る時間…

『さらば愛しき女よ』を読み比べる―第17章(2)

【訳文】 《寝具の下で女のからだは木像のように硬直した。目蓋も凍りついた。縮んだ虹彩を半分覆った位置で。息は止まった。「信託証書が高額すぎてね」私は言った。「この辺りの物件の価格からいうとだが。リンゼイ・マリオットなる人物の所有になる債権だ…

GWでも混雑とは無縁のドライブコース

十連休も折り返しに入った。退職後は、毎日が連休みたいなものだから、連休が何日続こうが別にどこへ出かける予定もない。それよりも、なまじ観光地に住んでいるので無駄に道が混むのに閉口する。 それにしても、朝からいい天気だ。妻もどこかに出かけたそう…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第17章(1)

17 【訳文】(1) 《呼び鈴を鳴らそうが、ノックをしようが、隣のドアから返事はなかった。もう一度試してみた。網戸の掛け金は外れていた。玄関ドアを試してみた。ドアの鍵は開いていた。私は中に入った。 何も変わっていなかった、ジンの匂いすらも。床に…