marginalia

読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

Farewell, My Lovely

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第33章(1)

<chew ~ over>は「~についてじっくり考える」 【訳文】 《車はひっそりとした住宅街に沿って静かに走っていった。両側からアーチ状に枝を伸ばした胡椒木が頭上で出会い、緑のトンネルを作っていた。高い枝と細く薄い葉を透いて陽の光がきらきら光った。…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第32章(3)

<drink to ~>は「互いに見つめ合う」のではなく「~に乾杯する」 【訳文】 《彼は酒を飲みながら思い煩っているように見えた。ぐずぐずと、何やら考え深げにカルダモンの鞘を割った。我々はたがいの青い瞳に乾杯した。残念なことに、署長はボトルとグラス…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第32章(2)

<pay my own way>は「自活する」という意味 【訳文】 《ワックス署長は机の上でとても静かに手を叩いた。眼はほとんど閉じていたが、完全に閉じてはいなかった。厚いまぶたの間から、冷たい眼光が私を見据えて輝きを放っていた。彼は身じろぎもせずじっと…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第32章(1)

< hull down>は「マスト上部だけを水平線から出して偵察する」戦術 【訳文】 《繁栄している街の割には安っぽい見かけの建物だった。聖書地帯(バイブル・ベルト)から抜け出してきたかのようだ。正面の芝生―今では大半が行儀芝だ―が通りに落ちないように…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第31章(2)

<out of one's hands>は「自分の管轄外で」 【訳文】 《彼は机越しにゆっくりと身を乗り出した。落ち着きのない細い指がトントンと机を叩いていた。ミセス・ジェシー・フロリアンの家の玄関の壁を叩いていたポインセチアのように。柔らかな銀髪はつやつや…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第31章(1)

<so much for>は「~はそんなところ」という意味。 【訳文】 《ピンクの頭とピンクの斑点を持つ艶のある黒い虫がよく磨かれたランドールの机の上をゆっくりと這い回り、まるで離陸のための風をテストするかのように、一対の触手を振り回した。持ちきれない…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第30章(3)

「隙間」などでなくドアは<it stayed open>の状態なのだ。 【訳文】 《彼は裏口のステップを二段上り、ドアの隙間に器用にナイフの刃を差し込み、フックを持ち上げた。それでポーチの網戸の中に入れた。そこは空き缶だらけで、いくつかの缶には蠅がいっぱ…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第30章(2)

<throw ~over someone’s head>は「頭に~をかぶせる」 【訳文】 《玄関ドアの郵便受けに何かが押し込まれる音だった。チラシだったかもしれない。だが、そうではなかった。足音は玄関から歩道に戻り、それから通り沿いに歩いていった。ランドールはまた窓…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第30章(1)

<just to give you an idea>は「ご参考までに申し上げると」 【訳文】 《詮索好きな婆さんは玄関ドアから一インチほど鼻を突き出し、早咲きの菫の匂いでも嗅ぐようにくんくんさせ、通りをくまなく見渡してから、白髪頭で肯いた。ランドールと私は帽子を取…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第29章(4)

<try to pull something>は「何か(悪いことを)企む」。 【訳文】 《「言わなければいけないことがある」私は言った。「昨夜はあんまり頭に来たんで、正気のさたとも思えないが、一人でそこを急襲してやろうと考えたんだ。ベイ・シティの二十三番とデスカ…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第29章(3)

<here's how it works>は「仕組みはこうだ」。 【訳文】 《ランドールは無表情に私を見つめた。彼のスプーンは空っぽのカップの中の空気をかき混ぜていた。私が手を伸ばすと、彼はポットを手で制した。「その先を聞かせてくれ」彼は言った。「連中は彼を使…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第29章(2)

<smooth shiny girls>は「練れた、派手な女」でいいのだろうか? 【訳文】 《「いいスーツを着ているな」 彼の顔がまた赤くなった。「このスーツの値段は二十七ドル五十セントだ」彼は噛みつくように言った。「なんとも感じやすい警官だな」私は言って、レ…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第28章(2)

階と階とをつなぐ階段は<stairs>。戸口から地面に通じる階段は<steps>。 【訳文】 《彼女はグラスを持って帰ってきた。冷たいグラスを持ったせいで私の指に触る彼女の指まで冷たくなっていた。私はしばらくその指を握り、それからゆっくり放した。顔に陽…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第28章(1)

「胃」がバントをするなんて聞いたことがない。 【訳文】 《居間には淡い茶色の模様入りのラグ、白と薔薇色の椅子、高い真鍮の薪のせ台のついた黒大理石の暖炉があった。壁には造りつけの背の高い書棚、閉めたベネチアンブラインドの前にはざっくりした地の…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第27章(2)

「怪物博士」とは、ボリス・カーロフの知名度も落ちたものだ。 【訳文】 「ここを出たら、すぐに逮捕される」彼は厳しく言った。「君は警察官によって正式に収監されたんだ―」「警察官にそんなことはできない」 それは彼を動揺させた。黄色味を帯びた顔に変…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第27章(1)

ものをいうとき、舌を外に出すだろうか? 【訳文】 《そこは診察室だった。狭くもなく、広くもない、簡便で実務的な作りだ。ガラス扉の中に本がぎっしりつまった書架。壁には応急処置用の薬品棚。消毒のすんだ注射針と注射器がずらりと並ぶ、白いエナメルと…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第26章

―訳者には自分の解釈を読者に押しつける権利などない― 【訳文】 《クローゼットの扉には鍵がかかっていた。椅子は持ち上げるには重すぎた。がっしりしているのは訳があったのだ。シーツとベッドパッドを剥ぎとり、マットレスを片側に引っ張った。下は網状の…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第25章(2)

「バラの葉」と「薔薇の花弁」どちらが美しいベッドの材料になる? 【訳文】 《私は酔っぱらいのようによろよろと歩き出した。二つの格子窓の間、小さな白いエナメルのテーブルの上にウィスキーの瓶があった。いい形をしていた。半分以上残っている。私はそ…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第25章(1)

―動いていないはずの煙に、なぜ<up and down>が使われるのか― 【訳文】 《部屋は煙でいっぱいだった。 あたりには煙が本当に漂っていた。小さな透明のビーズでできたカーテンのように真っ直ぐな細い列になって。突き当りの壁にある窓は二つとも開いている…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第24章

―<backseat>には、「つまらない地位」という裏の意味がある― 【訳文】 《エレベーターで下まで降り、狭い廊下を抜け、黒いドアから外に出た。外気は爽やかに澄みきっていた。海霧も流れてこない高さだった。私は深く息を吸った。 大男はまだ私の腕をつかん…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第23章

―いくらタフでも、喉が「肉挽機」を通ったら、元に戻りそうにない― 【訳文】 《「おい」大男が言った。「そろそろ潮時だ」私は目を開けて、体を起こした。「河岸を変えようじゃないか、なあ」 私は立ち上がった。まだ夢見心地だった。我々はドアを通ってどこ…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第22章

―格闘の最中に、突然、市役所が出てくる理由とは― 【訳文】 《スツールを蹴って立ち上がり、脇の下のホルスターから銃を抜いた。いい手際とは言えなかった。上着にはボタンがかかっていたし、手早くもなかった。もし誰かを撃つことになったら、どっちみち私…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第21章(4)

―にらんで相手の目を背けさせることができなかったのは何故か― 【訳文】《軽口は関心を引けなかった。テーブルを叩く音は続いていた。私はこつこつという音に耳を傾けた。何かが気に入らなかった。まるで暗号のようだった。彼は叩くのをやめ、腕を組み、背凭…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第21章(2)

―指輪がフィンガー・ブレスレットを連想させた、その理由― 【訳文】 《艶やかな巻き毛の、浅黒く痩せ細ったアジア風の顔をした女だ。耳には毒々しい色の宝石、指にいくつも大きな指輪をしていた。月長石や銀の台に嵌めたエメラルドは本物かもしれないが、ど…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第21章(1)

―サンセット・ブルヴァードを、素早く通り抜けられるはずがない― 【訳文】 《車はダーク・ブルーの七人乗りのセダンだった。最新型のパッカード、特注品。真珠の首飾りをつけたときに乗るような車だ。消火栓の脇に停められていて、木彫のような顔をした浅黒…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第20章

―帽子のリボンと汗どめバンドの取り違えが命取り― 【訳文】 《インディアンは臭った。ブザーが鳴ったとき、小さな待合室の向こう側にはっきりと臭いがしていた。私は誰だろうと思ってドアを開けた。廊下のドアを入ったところに、まるで青銅で鋳造されたみた…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第19章

―口紅は落ちているのか、いないのか― 【訳文】 《曲がりくねった私道を歩き、高く刈り込まれた生垣の陰で迷子になりながら門に出た。新顔の門番は私服を着た大男で、どこから見てもボディガードだ。うなずいて私を通した。 ホーンが鳴った。ミス・リオーダン…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第18章(6)

―フィネガンの足のような寒気、というのは― 【訳文】 《女は私の膝の上にしなだれかかった。私は顔の上に屈み込んで眼で舐めまわした。彼女は私の頬に蝶がキスするように睫を震わせた。唇を合わせたとき、彼女の唇は半開きで燃えていた。歯の間から舌が蛇の…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第18章(4)

―どんなドレスを着たら、裾が首のあたりまでまくれ上がるものだろう― 【訳文】 《「ニュートンはいいでしょう」私は言った。「ギャングとつるむようなタイプじゃない。当て推量に過ぎませんが。フットマンについてはどうですか?」 彼女は考え、記憶を探った…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第18章(3)

18-3 【訳文】 《「何だろう、このお上品な飲み方」彼女はいきなり言った。「さっさと話に入りましょう。にしてもあなた、あなたみたいな稼業にしちゃ、ずいぶん様子がいいのね」「悪臭芬々たる仕事です」私は言った。「そんな意味で言ったんじゃない。お金…