marginalia

読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

大蛇粠


この前行って味をしめた大台ヶ原へ、今回は、息子夫婦と。

心配していた天気もすっかり晴れて、秋晴れの高速道路を直走る。ここまではよかった。大台で高速を下り、ログハウスのある中小屋を過ぎ、湯谷峠を越えるあたりで葵ちゃんが、車酔いに。何度も同乗して大丈夫だったので、車酔いしやすいことを忘れていた。少し速度を抑えめに走る。

道の駅「杉の湯」で、途中休憩。お昼が近づくが、なにしろ山の中のこと、このまま行くと昼食を食べる店がなくなる。しかし、立ち食いうどんに食指が動かず、ままよと走り出す。

入之波温泉への分かれ道まで来て考えた。このまま温泉に行き、お昼をあそこで食べたらどうだろう。温泉までは十分ほど。昼食後、大台ヶ原にむかえばいいのだ。そうと決まったら善は急げ。山鳩の湯に急いだ。

男二人は鴨釜飯。女二人はアマゴ釜飯を注文。しかし、釜飯は注文してから炊きあげるため三十分ほどかかる。店の人が、その間温泉に入ってきてはどうかと勧めてくれる。この後、山歩きの予定だと告げ、丁重に断ったのだが。暇そうに見えたのか、もう一度勧誘に来てくれた。顔は覚えているのだから、今ざっと温泉に入ってきて、山歩きの後、もう一度今度はゆっくり入ったらどうか、と。ここまで言われて断るのもどうかと思い、好意に甘えることにした。
大台ヶ原もそうなのだが、今回の目的は若い二人に温泉のたのしみを教えることもある。入之波温泉の褐色をした湯と、カルシウム分が堆積して独特の形状を保つ浴槽の雰囲気を知ってほしかったからだ。案の定、長男は大感激。真昼間の露天は、ほとんど貸し切り状態。少しぬるめの湯に存分に浸かったところで、昼食となった。

山菜尽くしの定食も美味しいのだが、釜飯も実に美味。特に湯上がりということで、宿泊客の気分である。料理を堪能し、いざ出発。大台ヶ原ドライブウェイは、まさに雲上ドライブ。気をつけて走ったつもりだが、葵ちゃんはやっぱり酔ってしまった。少し休んで、大蛇粠(だいじゃぐら)に向けて歩き出す。温泉でパンフレットをもらい、通常のルートで行くと、帰りに長い階段を登らないといけないので、逆ルートで行くことを勧められる。せっかくの親切に言葉どおり、往路は下りを選択した。

はじめは、登ってくる登山客の息の荒さにルート選択の正しさを確信していたパーティーだったが、谷川に架かる吊り橋を過ぎたあたりから真理に気づきはじめた。下った以上登らなければ帰れないのだ。
不安は的中した。登りの辛さに妻が音を上げた。休み休み、やっと大蛇粠への道を示す標識に到着。先客に「関西一の奇観。どうぞ御覧あれ」と、言われ、元気を出して道を急いだ。しばらく行くと、これかと思われる岩場に「ここは大蛇粠ではありません、もっと先の岩場を下りたところです。」と注意書きが。なるほど、親切なことだわい、と先に歩き出した。

馬の背状に岩頭が露出した向こうに鎖場が見えた。立って歩くのに不安を覚えるほどの凸状の岩場だ。おっかなびっくりの足どりでようやく鎖場に到着。少しガスって来ていたが、屏風状に拡がる大パノラマの中に突出た岩場が。すっかり紅葉した樹木がそれを覆い、何とも言えぬ景観。妻を呼ぶのだが、「もうここでいい」と言うばかり。なだめすかして景色を見せるのだが、腰がひけてしまっている。葵ちゃんはと言えば、「高いところは平気なんです」と、蒲鉾状の岩場をひょいひょいと歩いてみせる。これには驚いた。

帰りは、中道を通って駐車場に。地図をよく見てみれば、中道は等高線を一本も跨いでいない。平坦な遊歩道が駐車場まで続いている。何のことはない。この道を行って帰れば、しんどい思いをすることなく、天下の奇観を賞味できたのだ。事前のリサーチの甘いのはいつものことながら、反省することしきり。もっとも、長男が言った。「どうせ同じ道を帰る気はなかったのとちがう?」。言われてみればその通りだが、標高差二百メートルを、下って登るのは、徒労感が残る。所詮山登りには向かないのかもしれない。

もっとも、今回も鹿を何匹も見ることができ、みんな満足。特に、独特の鳴き声を間近で聞けたのがうれしかった。

当然帰りは四時を過ぎ、山鳩の湯には入れず、前回と同じく飯高の湯で汗を流すことに。隣接するレストランで夕食をとり帰路に着いた。美味しい物を食べ、いい景色を愛でることができ、大満足の一日であった。