marginalia

読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

芭蕉の湯

寒い日だった。布団の中でシャッターが風にあおられて立てる音に耳を澄ましていた。こんな日には温かい温泉に首まで浸かっていたい。これだけ寒くなると、紅葉もきっと見頃だろうと思い、伊賀への道を走ることにした。行き先は芭蕉の湯。ホテルに隣接して建てられた日帰り温泉施設である。

朝食のあと、ケーブルTVで今井正監督の『にごりえ』を視聴する。一葉女史の『十三夜』『大つごもり』、それにタイトルになっている『にごりえ』の三作をオムニバス仕立てにした文学座総出演の力作である。『十三夜』は丹阿弥谷津子芥川比呂志。『大つごもり』は、久我美子仲谷昇、『にごりえ』は、淡島千景山村聡宮口精二杉村春子という組み合わせで豪華な顔ぶれである。若き日の岸田今日子などが端役で出ているのを見るのも楽しい。どぶ板とぬかるんだ道のある風景に心が動く。のすたるじあか。

昼前に家を出て、途中で昼食をとり、小津から中勢バイパスで久居へ、163号線を荒木で左折し、目的地に着いた。荒木には、荒木又右衛門生誕の地と書かれた大きな石碑が立っていた。
芭蕉の湯は、洋風と和風の温泉が男女日替わりになっているが、どちらもそうたいして趣きに変わりはない。しいて言えば露天が片方は岩風呂で、もう一方はローマ風になっているくらいだ。洋風がミスト・サウナ、和風がドライ・サウナになっている。お湯は単純アルカリ泉であまり熱くなく、長く入っていられる。利用客は近在の人が多いようであまり混んでいなかった。

沿線の紅葉は楓特有のあの紅葉ではなく黄橙に染まった楓が多いのがめずらしかった。雪雲のような厚い雲の割れ目から指す西日が遠くの山肌をそこだけ明るく照らし、周りの藍色の山並みと見事なコントラストを見せていた。一時間半ほどで家に帰り着いたとき、ようやく日が完全に山の向こうに沈んでいた。