marginalia

読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

『グラックの卵』ハーヴェイ・ジェイコブズ他

グラックの卵 (未来の文学)
奇想・ユーモアSFの傑作アンソロジーである。こういう選集は、編者のセンスが物を言う。選ぶ人と感覚が合わないと、何だこれは、ということにもなりかねない。編訳は浅倉久志。個人的にはユーモア小説というのは、特に好きなほうではない。面白い小説は好きなのだが、愉快という意味での面白さを欲してはいないのだ。どの作品もそれなりに面白い。ただ、ジョン・スラデックの「マスタースンと社員たち」だけは、他の作家のそれと一味ちがっていた。読み進むうちに面白さは増してくるが、はじめは首をひねった。中篇程度の長さが必要な作品なのだろう。

遥かな宇宙から巨大な怪鳥が太陽目指して飛んでくる「見よ、かの巨鳥を!」は、地球を卵に見立てたナンセンス物。地球を卵と考えれば、高山と海溝はたいした凹凸ではない、という説明はなるほどと思わされた。ばかげたアイデアを真面目に展開するところが面白い。

ヘンリー・カットナー作「ギャラハー・プラス」。二日酔いで目覚めた発明家が、契約不履行を訴えられるが、庭には巨大な穴があり、何やら機械を発明していたことは確からしい。発注者は三人で、その発明が誰の注文によるのかが発明家には分からない。深酔いしないと発明のアイデアが湧かない発明家の注文主との掛け合いや、執事ロボットのナルシシスト振りが愉快。

ウィリアム・テン作「モーニエル・マサウェイの発見」は、タイム・パラドクス物。下手くそな絵描きであるモーニエル・マサウェイのところに未来から美術評論家が現われる。何故か未来ではマサウェイの評価はレオナルドを凌ぐ勢いになっているという。訳が分からぬままに批評家に製作中の絵を見せるマサウェイ。ところが、批評家は首を傾げるばかり。批評家が携えてきた本にあるマサウェイの絵は見事な作品。いったいこれはどういうことか、という話。店主の目を欺いて商品をかっぱらう腕だけは天才的な画家のやったこととは。単純なアイデアだが、語り口に惹かれる佳作。

休暇旅行中、酒場に行ってはいけないという妻の言いつけに不満な夫二人が散歩の途中で見つけたのは、なんと満々とバーボンを湛えた湖、というジョン・ノヴォトニイ作「バーボン湖」。前足で湖面の水ならぬバーボンをすくっては口に運ぶビーバーがなんとも可愛い。酒飲みの妄想全開の奇想小説。

巨鳥で始まったアンソロジーは、グラックという鳴き声の珍鳥の話で終わる。友人の教授の遺言に従って、グラックの卵を手に入れた主人公が、競争相手の妨害や相次ぐトラブルを何とかかわしながら、その故郷で孵化させるまでの冒険を描いたユーモア小説。ことが成就したあかつきに読むように指示されていた二通目の遺書に書かれていた内容にあいた口がふさがらない、ハーヴェイ・ジェイコブズ作「グラックの卵」。ほかにいくらでも面白いSF小説はあるだろうに、この九篇を選んでくるあたりが、浅倉久志のセンスオブ・ヒューモアというものなのだろう。まあ、いいんじゃないだろうか。