marginalia

読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

2014-10-01から1ヶ月間の記事一覧

『眩暈』エリアス・カネッティ

天窓以外に窓という物を持たぬ四部屋のなかに二万五千巻の貴重な典籍を収め、朝七時からの一時間の散歩を除けば、一日を書卓の前に孤座し、思索に耽る孤独な長身痩躯の学者こそ、ペーター・キーンその人である。一部屋に寝台替わりの寝椅子、他には肘掛け椅…

『甘美なる作戦』イアン・マキューアン

冒頭、話者であり主人公のセリーナは、この物語が、ほぼ四十年前の出来事であることを明かす。1970年代、彼女は若く美しく、小説を読むのが大好きな、ごくふつうの娘だった。家庭環境に恵まれ、数学ができたためケンブリッジに進む。成績は芳しくなかったが…

『優雅なのかどうか、わからない』松家仁之

ミア・ファローが、じっとこちらを見つめている。その右頬あたりに白抜き、横書き三段組でタイトル。同じフォントの漢字の上に小さくローマ字を添えた作者名。映画かファッション関係の雑誌のような装丁だが、著名な編集者でもある著者三冊目の小説である。…

『ボヴァリー夫人』論 蓮実重彦

あまりに有名で、作品を読んだことはなくとも、その標題くらいは聞いたことがあるだろう、ギュスターヴ・フローベール作『ボヴァリー夫人』について書かれた、著者によれば「批評的なエッセイ」である。それゆえなのか「蛞蝓が這い回った後に生じる燐光を帯…

『夜のみだらな鳥』ホセ・ドノソ

ふつう小説を読むとき、読者はその小説を書いた作者や、語り手(話者)のことを意識せず、作品世界のなかに入ってゆく。まれに19世紀の小説などで、作者が語り手の口跡を借りて直接読者に語りかけることもあるが、それとて、すぐに背後に退き、小説世界はそ…

『黒ヶ丘の上で』ブルース・チャトウィン

何故今まで邦訳がなかったのだろう、と読み終えて思ったほどの重厚な長篇小説。いかにも英国小説らしい、田舎に住む一族の一世紀にわたる年代記である。とはいえ、読み始めたばかりの頃は、これがあのチャトウィンか、と首を傾げたくらいの地味な作風。『パ…

『わたしは灯台守』エリック・ファーユ

九篇の短篇を収める短篇集である。その味わいを一口にいうなら「不条理」だろうか。特にその感が強いのは、国境に造られた壁を上り、その上からの眺望を楽しみに登りはじめた男が、様々な障害にあい、なかなか上層階にたどり着けない状況を描いた「国境」に…

『モンスターズ』B・J・ホラーズ編

題名通りモンスターたちをモチーフにした短篇ばかりのアンソロジー。出版社も作家の名前も有名とはいえない。編集者が「モンスター」という共通項を頼りに探し当てた既存の作品や、これと見込んだ作家に依頼して新たに寄稿してもらった作品を集めたものであ…