marginalia

読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

2014-01-01から1年間の記事一覧

『モンスターズ』B・J・ホラーズ編

題名通りモンスターたちをモチーフにした短篇ばかりのアンソロジー。出版社も作家の名前も有名とはいえない。編集者が「モンスター」という共通項を頼りに探し当てた既存の作品や、これと見込んだ作家に依頼して新たに寄稿してもらった作品を集めたものであ…

曾爾高原に行ってきました。

あまりいい天気なので、秋めいてきた高原に足を伸ばした。奈良県にある曾爾高原は薄で有名だ。九月の終りでは、まだ少し早すぎたが、所々に銀色の尾花の群れが陽を受けて揺れていた。 犬を散歩させている人が少なくない。人懐っこい犬が眼が合うと駆け寄って…

『バンヴァードの阿房宮』ポール・コリンズ

世の中には、どうしてこんな物をと思うようなものに執着する人が必ずいる。傍目から見ればごみ屑同然でも、当人にとっては宝物なのだ。ポール・コリンズにとって「歴史の脚注の奥に埋もれた人々。傑出した才能を持ちながら致命的な失敗を犯し、目のくらむよ…

『ランペドゥーザ全小説』ジュゼッペ・トマージ・ディ・ランペドゥーザ

1860年五月、当時イタリアは統一されておらず、シチリアは依然王国下にあった。パレルモに広大な館を持つ公爵ドン・ファブリツォは実績ある天文学者らしく移り変わろうとする時代を冷静に受けとめていた。ガリバルディ上陸以来、革命を象徴する三色旗の動き…

『別荘』ホセ・ドノソ

鉱山から採掘される金を叩いて金箔に加工したものを輸出することで莫大な財を成したベントゥーラ一族は毎夏使用人を引き連れ、マルランダと呼ばれる原野に築かれた別荘で避暑するのが習慣になっていた。別荘の周りは金の穂先をつけた槍で囲われ、その先はグ…

『プロット・アゲンスト・アメリカ』フィリップ・ロス

読み終わる頃に、背中の辺りに冷たいものが流れるような悪寒が感じられた。ホラー小説ではない。「アメリカをテーマにする優れた歴史小説」に贈られる賞を受賞している、というのだからジャンルでいうなら歴史小説なんだろう。第二次世界大戦当時のアメリカ…

『低地』ジュンパ・ラヒリ

同じように丸く明るく空に輝いても太陽と月はちがう。遍く人を元気づける太陽に比べれば、月の恩恵を受けるものは夜を行く旅人や眠れず窓辺に立つ人くらい。健やかに夜眠るものにとって月はあってもなくてもかまわないものかも知れない。カルカッタ、トリー…

『帝国の構造』柄谷行人

西にイスラム国が誕生し、北ではウクライナ・ロシア国境付近が不穏な動きを見せている。アメリカは、シリアに爆撃を決定し、ロシアはウクライナのNATO入りを武力行使してでもやめさせようと躍起になっている。スコットランドが連合王国から独立するための住…

『翻訳問答』片岡義男×鴻巣友季子

タイトルが、落語の『蒟蒻問答』のもじりであることがわかれば、この本の遊び心の割合がだいたい知れよう。禅についての知識など全くない蒟蒻屋が托鉢僧の禅問答に、自分の売っている蒟蒻の大きさや値段を手まねで見せたところ、相手は勝手に解釈し、たいし…

『明治の表象空間』松浦寿輝

萩原朔太郎の詩が好きで、『月に吠える』『青猫』と読み進み、その口語自由詩のたたえるリズムに心地よく酔いしれていたら、突然、『氷島』の詰屈な文語調にぶつかり、いったい朔太郎はどうなってしまったのだろう、などと不審に思いながらも、その独特の韻…

『大いなる眠り』第3章

マーロウはリーガン夫人、つまり将軍の上の娘に呼ばれ、部屋を訪れる。その第一印象が語られる。<部屋は大きすぎ、天井は高すぎ、ドアも高すぎた。部屋中に敷きつめられた白い絨毯はアロウヘッド湖に降った新雪のようだった。等身大の姿見やら、クリスタル…

『大いなる眠り』第2章

マーロウは、執事に導かれて温室に向かう。スターンウッド将軍がそこで待っていた。マーロウは熱帯を思わせる温室の温気に悩まされながら話を聞く。We went out at the French doors and along a smooth red-flagged path that skirted the far side of the …

『はい、チーズ』カート・ヴォネガット

2007年に84歳で亡くなったカート・ヴォネガットの未発表短篇集である。SFや、ショート・ショートでよく使われるような、ちょっとしたアイデアを、丹念に育てあげ、ユーモアをまぶし、思いっきり捻りをきかせて、ストンと落とす。サプライズ効果満載のエンタ…

『大いなる眠り』第1章

" It was about eleven o’clock in the morning, mid October, with the sun not shining and a look of hard wet rain in the clearness of the foothills.”<十月の半ば、午前十一時頃のこと。日は射さず、開けた山のふもとあたりは激しい雨で濡れているよ…

第53章

テリー・レノックスはメキシコで整形手術を受けていた。北方系の特徴である高い鼻を削ることまでして全く別人のように見せていたが、眼の色だけは変えられなかった。正体を現したレノックスはすっかりくつろいだ様子で経緯を語り始める。マーロウの推理は当…

第52章

スターの紹介状を持ってマーロウのオフィスを訪ねてきた男は、シスコ・マイオラノスと名乗った。マーロウは、早速レノックスの最期について質問した。そのときの客のなかにアメリカ人は二人いたという。“ Real Gringos or just transplanted Mexicans? ”清水…

第51章

マーロウは、気になっていることを確かめるために弁護士のエンディコットのオフィスを訪れた。冒頭、マーロウの目が捉えたオフィスの描写が入る。年代物の机に革張りの椅子、法律書と文書が溢れたいかにもやり手の弁護士の事務所といった様子である。“ the u…

『コレクター蒐集』ティボール・フィッシャー

書き出しがいささか面妖だ。「わたしは、この星に余るほど蒐集してきた。/お次の所有者…ご老体、肥満体(略)目下の保管者…競売人」。「わたし」とはいったい誰で、何を蒐集してきたのだろう。所有者?保管人?謎かけは作者の専売特許だ。あっさり種明かし…

『部屋の向こうまでの長い旅』ティボール・フィッシャー

いやいや引き受けたコンピューターグラフィックスの仕事で思わぬ大金を手に入れたオーシャンは、ロンドンの外れに上下二階分のフラットを手に入れると、そこに引きこもった。この時代、金さえあれば、部屋から一歩も出ずに生きていける。糞みたいなロンドン…

『ジョン・ランプリエールの辞書』ローレンス・ノーフォーク

ロンドンの地底に延びる地下通路、ヴォーカンソンの自動人形、人知れず地中海を航行する沈んだはずの三本マストの帆船。トマス・ピンチョンを思わせる道具立てに、エーコばりのギリシア神話に関する薀蓄を満載した歴史バロック・ミステリという触れ込みに、…

『かつては岸』ポール・ユーン

八篇の短篇を収める短篇集。全篇の舞台となるのが、韓国有数のリゾート地済州島を思わせる「ソラ」という名の島。時代は、日本の支配下にあった第二次世界大戦当時から、観光業で栄える現在に至る期間を扱っている。著者は韓国系アメリカ人。1980年、ニュー…

『失われた足跡』アレホ・カルペンティエル

実際に車を走らせるときは、カーナビに頼ってばかりいるくせに、海外小説を読んでいて気になる地名が出てくると、わざわざ地図を開いて確かめたくなる。作中の地名は架空のものだが、手記の最後にカラカスと記されているからには、ベネズエラ。オリノコ河を…

『読書礼賛』アルベルト・マングェル

著者マングェルは、ホルヘ・ルイス・ボルヘスやアドルフォ・ビオイ= カサーレス等ラ・プラタ幻想派のすぐ傍にいて、盲目のボルヘスに本を読み聞かせていた男。いわばバベルの図書館の音声ガイドである。ペロン政権下でイスラエル駐在アルゼンチン大使の息子…

『岸辺なき流れ下』 ハンス・へニー・ヤーン

圧倒的な読み応え。長広舌も、果てしなく続く議論も、挿入される逸話(アネクドート)も、小説的強度はドストエフスキーのそれに似るといっても過言ではない。内容以前に、読者にぐいぐい迫ってくる「読ませる力」が並大抵ではない。とにかく最後まで読み終…

『岸辺なき流れ上』ハンス・へニー・ヤーン

国書刊行会の宣伝文句が凄い。「ジョイスの『ユリシーズ』やプルーストの『失われた時を求めて』と並び称される二十世紀文学の大金字塔が、半世紀の歳月をかけて遂に翻訳なる!!カフカ、ムージル、ブロッホと並ぶドイツが生んだ巨匠ヤーンの最大の問題作。…

寧楽美術館

奈良にある寧楽美術館で開催中の韓国陶磁の展覧会に行ってきた。場所は東大寺の近く。県庁地下にある駐車場に車を停めて徒歩五分くらいか。観光地とも思えぬくらいの閑静な場所に美術館はあった。 高麗青磁が中心のこぢんまりとした展示だったが、青磁象嵌の…

『アヴィニョン五重奏Ⅳセバスチャン』ロレンス・ダレル

『アヴィニョン五重奏』も四巻目。前作「コンスタンス」で予告された「手紙」が物語の鍵を握ることになる。アッファド宛のその手紙とは、グノーシス主義の供犠としての「死」が許されたことを示すもので、本人だけが知ることができる死の日時が記されている…

懐かしのナポリタン

妻のいない月曜日も今週で終り。でも、今日は自分で何かつくらないといけない。 といってもできるものは限られている。というわけで、今週もパスタに決まり。 この前知人が自分で作ったジャガイモと玉葱をもらったばかり。ハムやピーマンは常備してある。ケ…

『闇の中の男』ポール・オースター

これもまた、作者の言う「部屋にこもった老人の話」系列のひとつで、五作目に当たるこの作品が最後の作品になる。主人公の名はオーガスト・ブリル。「元書評家で七十二歳、ヴァーモント州ブラトルボロ郊外に、四十七歳の娘、二十三歳の孫娘と暮らしている。…

第50章

一時間後、二人はまだベッドのなか。裸の腕をのばしてマーロウの耳をくすぐりながらリンダが「結婚しようと思わない?」ときく。よくもって六ヶ月だろう、というのがマーロウの返事。あきれたリンダは、人生に何を期待しているの、起きるかもしれないリスク…