marginalia

読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

2016-10-01から1ヶ月間の記事一覧

『堆塵館』 エドワード・ケアリー

暗雲立ち込める空の下、塵芥の山の上にそびえたつ城のような館を背に、沈鬱な表情を浮かべた半ズボン姿の少年が懐中時計状のものを手にして立つところを描いた表紙画が何ともいえない味わいを出している。著者自身の手になるものだそうだ。アイアマンガー三…

『セカンドハンドの時代』 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ

さすがにドストエフスキーの国の話らしく、読んでいる間は鬱々として愉しまず、時おり挿まれる笑い話は苦みが過ぎて笑えず、読語の感想は決して愉快とはいえない。しかし、景気悪化がいっこうに留まることなく、それとともに戦前回帰の色が濃くなる一方の、…

『転落の街』上・下 マイクル・コナリー

<上下二巻を併せての評>『転落の街』は、ロス市警強盗殺人課刑事ハリー・ボッシュが主人公。下巻カバー裏の惹句に「不朽のハード・ボイルド小説!」のコピーが躍るが、御年60歳で、15歳の娘と同居という設定では、どう転んでもハード・ボイルドになるわけ…

『世界の8大文学賞』 都甲幸治他

芥川賞や直木賞なんて世界の文学賞のうちに入るのだろうか?日本の作家が書いた日本語の小説しか対象になっていないのに。なんてことを思ったけれども、読んでみました。今年も話題になっているのは、もちろんノーベル文学賞。村上春樹さんがとるかどうか、…

『ユリシーズを燃やせ』 ケヴィン・バーミンガム

これは、ジェイムズ・ジョイスのではなく、『ユリシーズ』という一冊の本の伝記である。ジョイスその人については、有名なリチャード・エルマンの『ジェイムズ・ジョイス伝』をはじめ、八冊の評伝がある。『ユリシーズ』について書かれた本に至っては数えき…

『執着』 ハビエル・マリアス

ボブ・ディランがノーベル文学賞をとって話題になっているが、このハビエル・マリアスも候補に挙がっていた一人。ノーベル賞は政治的な意味合いが強いので、ボブ・ディランにいったのだろうが、今さらという気もする。それよりは、もっと読まれてしかるべき…

『ヌメロ・ゼロ』 ウンベルト・エーコ

『薔薇の名前』で一躍世界中で知られることになったウンベルト・エーコは、今年二月に亡くなったばかり。つまり、これが最後の小説ということになる。博識で知られ、一つの物語の背後に膨大な知識が蔵されていて、それらのサブ・テクストを読み解き、主筋に…

『籠の鸚鵡』 辻原登

帯に「著者の新たな到達点を示す、迫真のクライム・ノヴェル」とあった。これは読まねば、と思って読みはじめ、しばらくたってから「ふうむ」と、首をひねった。たしかに、いつもの辻原登ではない。だが、これが新たな到達点だというのは、ちょっと待ってほ…

『四人の交差点』 トンミ・キンヌネン

フィンランド北東部の村で暮らす家族四代の1895年から1996年にわたる世紀をまたぐ物語。その間には継続戦争と呼ばれる対ソ戦とその後のヒトラーによる焦土作戦や物資の欠乏に苦しめられた戦争の時代をはさむ。助産師として自立し、女手一つで娘ラハヤを育て…

『ラスト・チャイルド』 ジョン・ハート

事件が解決され、犯人が誰か分かった後、もう一度はじめから読み返すのが好きだ。張られた伏線も、ミスディレクションも、手に取るようによく分かるから。しかしながら再読したくなる小説はそう多くない。大抵は犯人の隠し方に無理があったり、語り手が重要…

『無限』 ジョン・バンヴィル

グローブ座で演じられていた頃のシェイクスピア劇は、幕が上がる前に語り手が登場し、これから始まる芝居について観客に説明する形式をとることがあった。語り手が地の文の中に自在に登場しては言いたいことを言う、この小説を読んでいて、当時の舞台劇を思…

『日本語のために』 池澤夏樹=個人編集日本文学全集30

「祝詞(のりと)」にはじまって、中井久夫の「私の日本語雑記」に終わる、これは「特定の文学作品ではなく、さまざまな文体と日本語に関する考察を集め」た、いわば全集における「雑纂」である。その内容は、漢詩・漢文や仏典、キリスト教文書に加え、琉球…

『川は静かに流れ』 ジョン・ハート

親友のダニーからの電話でアダム・チェイスは故郷に帰ることにした。五年前、妹の誕生パーティの夜、男が殺され、継母によってアダムの仕業だと証言された。判決は無罪だったが、父は再婚相手の言葉を信じ、アダムに家を出るよう命じた。五年ぶりに帰った故…

『終わりなき道』 ジョン・ハート

まあ、確かに償いや贖いに終わりはないのかもしれないが、ずいぶんと突き放した邦題になったもんだ。原題は<REDEMPTION ROAD>。ここは、あっさりと『贖い(贖罪)への道』と訳した方が、作者が意図した主題に沿っている気がするが、あまりにも露骨すぎるの…