2017-12-01から1ヶ月間の記事一覧
《オールズは立ったまま青年を見下ろしていた。青年は壁に横向きにもたれてカウチに座っていた。オールズは黙って彼を見た。オールズの青白い眉は密生した剛毛が丸くなっていて、ブラシ会社の営業員がくれる小さな野菜用のブラシみたいだった。 彼は青年に訊…
《私は彼に触れなかった。近づきもしなかった。彼は氷のように冷たく、板のように硬くなっているにちがいない。 黒い蝋燭の炎が開いたドアからのすきま風で揺らめいた。融けた蝋の黒い滴がその脇にゆっくり垂れていた。部屋の空気はひどく不快で非現実的だっ…
四肢麻痺の車椅子探偵が活躍する、リンカーン・ライム・シリーズの最新作。ライムの弟子で同じく車椅子生活を送る若い女性ジュリエットも新しく仲間に加わる。視点人物がころころと目まぐるしく交替するが、その中には「僕」と名のる殺人者も登場する。犯人…
『種の起源』の発表から数年後のヴィクトリア朝英国が舞台。人のつく嘘を養分にして育つ「嘘の木」という植物が実際に登場するので、やはりファンタジーということになるのだろうが、なぜかミステリ業界で評判になっている。今年の第一位という評さえあるく…
《ラヴァーン・テラスのユーカリの木の高い枝の間に霧の暈を被った半月が輝いていた。丘の下の家で鳴らすラジオの音が大きく聞こえた。青年はガイガーの家の玄関にある箱形の生垣の方に車を回してエンジンを切り、両手をハンドルの上に置いたまま坐ってまっ…
『寒い国から帰ってきたスパイ』と『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』の二作を読んでから読むことを勧める書評があった。訳者あとがきにも、同様のことが書かれているが、それはネタバレを恐れての注意。二作品を読んでいなくてもこれ一作で、十…
《私はひと飛びに部屋を横切り、ドアが開くように死体を転がし、身をよじって外に出た。ほぼ真向かいに開いたドアから一人の女がじっと見ていた。彼女の顔は恐怖に覆われ、鉤爪のようになった手が廊下の向こうを指さした。 私は廊下を走り抜けた。タイルの階…
アイルランドを舞台にした「ツルゲーネフを読む声」と、イタリアを舞台にした「ウンブリアのわたしの家」という中篇小説が二篇収められている。どちらも主人公が女性。『ふたつの人生』という書名は、この二人の人生を意味している。作者のウィリアム・トレ…
《ブロンドのアグネスは低い声で獣のようなうなり声をあげ、ダヴェンポートの端にあるクッションに頭をうずめた。私は突っ立ったまま、彼女のすらりと長い腿に見とれていた。 ブロディは唇を舐めながらゆっくり話した。「座ってくれ。もう少し話すことがある…