marginalia

読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

2020-01-01から1年間の記事一覧

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第39章(2)

<squeeze out of>は「(情報・自白)などを(人から)強引に引き出す」 【訳文】 彼は横ざまにテーブルの方に動いて銃を置くとオーバーコートを引き剥がすように脱いで一番上等の安楽椅子に腰を下ろした。椅子は軋んだが、どうにか持ちこたえた。ゆっくりと…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第39章(1)

<primed for ~>は「~の準備ができて(いる)」 【訳文】 ベイ・シティのグレイル家に電話を入れたのは十時頃だった。彼女を捕まえるには遅すぎるかと思ったが、そうでもなかった。メイドや執事相手に悪戦苦闘したあげく、やっと彼女の声を聞けた。快活な…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第38章(4)

<The things I do>は「俺もずいぶん忙しい人間らしい」だろうか? 【訳文】 彼はしばらくじっと坐っていた。それから身を乗り出して机越しに銃を私の方に押してよこした。「俺がやっているのは」彼はまるでその場に独りでいるみたいに物思いにふけった。「…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第38章(3)

<desk>が<table>に化けるわけ 【訳文】 ドアが開いて、もう一人が帰ってきた。メス・ジャケット姿のギャングっぽい口をきくあの男が一緒だった。私の顔を一目見たとたん、男の顔は牡蠣のように白くなった。「こいつは通していません」彼は唇の端を捲りあ…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第38章(2)

<director's chair>をわざわざ「重役用の椅子」と訳すのは変だ。 【訳文】 我々は一列縦隊で甲板を横切った。頑丈な滑りやすい階段を降りた。降りたところに厚いドアがあった。彼はドアを開け、錠を調べた。彼は微笑し、頷いて、私を通すためにドアを支え…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第38章(1)

<chew out>は「厳しく叱りつける」という意味 【訳文】 冷たい空気が換気口から勢いよく流れ込んできた。天辺までは遠いようだった。一時間にも思える三分間が過ぎ、喇叭のように開いた口からおそるおそる頭を突き出した。近くの帆布を張った救命ボートが…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第37章(2)

<Sometimes a guy has to>は「男はつらいよ」 【訳文】 彼は奇妙な表情を浮かべながら目を背けたが、そこの光では読み取れなかった。私は彼の後について、箱や樽の間を抜け、ドアについた高い鉄の敷居を乗り越え、船の臭いのする長く薄暗い通路へと入って…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第37章(1)

<to make a splash>は「水しぶきを上げる」ではなく「大評判をとる」 【訳文】 回転するサーチライトは 霧を纏った青白い指で、船の百フィートかそこら先の波をかろうじて掠めていた。体裁だけのことだろう。とりわけ宵の口のこの時刻とあっては。賭博船の…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第36章(2)

<get done with>は「(仕事などを)片付ける」という意味。 【訳文】 「連中の思惑は分かる」レッドは言った。「警官の問題は、頭が足りないとか、腐りきってるとか、荒っぽいとか、そんなことじゃない。警官になれば今まで手にしたことがない何かが手に入…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第36章(1)

波に、親しい波と「よそよそしい波」があるものだろうか? 【訳文】 街灯の列が遠ざかり、小さな遊覧車の立てる音や警笛が遠くなり、揚げ油とポップコーンの匂いが消え、子どもの甲高い声と覗きショーの呼び声も聞こえなくなると、その先には海の匂い、突然…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第35章(3)

<One way?>と尋ねたのは、レッドか、マーロウか? 【訳文】 微かな微笑みは顔に留まっていた。立て続けに三回ビンゴが出た。この店のサクラは仕事が速かった。男は背が高く、鷲鼻で土気色の頬はこけ、皺の寄ったスーツを着ていた。私たちのそばに歩み寄り、…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第35章(2)

<I wouldn't be surprised>が「楽しそうだ」になるのが村上流。 【訳文】 いかつい赤毛の大男が、凭れていた手すりから身を起こし、無雑作に体をぶつけてきた。汚れたスニーカーに、タールまみれのズボン、破れた青い船員用ジャージの残骸に身を包み、頬に…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第35章(1)

<gangster mouth>だが、「やくざっぽい口元」とはどういうものか? 【訳文】 《二十五セントにしては長い航海だった。古いランチを塗り直し、全長の四分の三にガラスを張った水上タクシーは、碇を下ろしたヨットの間を通り抜け、防波堤の端に広く積み上げた…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第34章(2)

<Play the hunch>は「直感で行動する」の意味だ。さてどう訳す? 【訳文】 《私がその男を見つけたのは白いバーベキュー・スタンドだった。長いフォークでウィンナーを突っついていた。まだ春先だというのに彼の商売は繁盛しているようだ。彼の手が空くま…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第34章(1)

<disappear into~>は「~の中に紛れ込む」。姿を消すことだ。 【訳文】 《海沿いのホテルのベッドに仰向けに寝ころび、暗くなるのを待った。海に面した小さな部屋でベッドは硬く、マットレスはそれを覆っている木綿の毛布より少しだけ厚かった。スプリン…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第33章(3)

<out on the water>が「海に浮かんだ」? 船が海に浮いていないでどうする 【訳文】 《「あいつはマリファナ煙草をさばいてるとばっかり思ってた」彼は忌々しそうに言った。「それなりの後ろ盾を得てな。しかしあんなのは三下の小遣い稼ぎだ。何程にもなら…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第33章(2)

<I was just telling you>は「だから言ったじゃないか」 【訳文】 《ヘミングウェイはハンドルから手を放し、窓から唾を吐いた。「なかなか素敵な通りだと思わないか? 快適な家、きれいな庭、住みよい気候。あんたも悪徳警官についていろんなことを聞いて…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第33章(1)

<chew ~ over>は「~についてじっくり考える」 【訳文】 《車はひっそりとした住宅街に沿って静かに走っていった。両側からアーチ状に枝を伸ばした胡椒木が頭上で出会い、緑のトンネルを作っていた。高い枝と細く薄い葉を透いて陽の光がきらきら光った。…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第32章(3)

<drink to ~>は「互いに見つめ合う」のではなく「~に乾杯する」 【訳文】 《彼は酒を飲みながら思い煩っているように見えた。ぐずぐずと、何やら考え深げにカルダモンの鞘を割った。我々はたがいの青い瞳に乾杯した。残念なことに、署長はボトルとグラス…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第32章(2)

<pay my own way>は「自活する」という意味 【訳文】 《ワックス署長は机の上でとても静かに手を叩いた。眼はほとんど閉じていたが、完全に閉じてはいなかった。厚いまぶたの間から、冷たい眼光が私を見据えて輝きを放っていた。彼は身じろぎもせずじっと…