marginalia

読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

『愛書家の死』ジョン・ダニング

新聞の片隅に紹介されていた『死の蔵書』という題名に惹かれ、同じ作者の新作を手にとった。柳の下の二匹目の泥鰌をねらったのか、前作とよく似た邦題になっている。原題は“The Bookwoman's Last Fling”「fling」は、「向こう見ずな挙動、浮気、憤激」を表す単語である。

前作は未読だが、本作は、富豪の死により、その夫人が蒐集していた児童書のコレクションをめぐる遺産相続に纏わる殺人事件を描いたミステリ。舞台は、その富豪の所有する牧場と競馬場の厩舎である。探偵役をつとめるのは、クリフ・ジェーンウェイ。元警官で今は古書店を経営している。古書の鑑定家としての腕は一流である。

競馬の厩務員をしていたこともあるダニングは、作家を休業中、古書稀覯本の書店を経営していたこともあるという経歴の持ち主である。古書と競馬をテーマとした本作の書き手として申し分がない。

期待していた古書の蘊蓄はそれほどでもなくて、少しがっかりだが、競馬の方はしっかり書き込まれている。特に厩務員の仕事や、その日常生活のスケッチは詩情に溢れ、読み手をして朝早くや、夜遅くの競馬場の中にいるような錯覚を起こさせる。

登場する馬たちの描写もいい。特に傷ついた馬に声をかけ、手で撫でさすり、癒してゆくヒロインのシャロンの姿に感動を覚える。映画『シー・ビスケット』にも出てきたサンタ・アニタの競馬場も舞台になっている。競馬好き、馬好きの人ならぜひ一読をお薦めする。

犯人探しという点では、競馬場にもぐりこんだクリフが、馬の世話をする間に周囲の人物に聞き込みをするばかりで、はかばかしい展開を見せない。巻き込まれ型のヒーローらしく、自身も命をねらわれながら犯人に迫っていくタイプである。怪しい人物はいろいろ登場するが、最後はあっという人物が真犯人ということになるのはミステリの常道通り。

注意深い読者なら、途中で真犯人は分かるだろう。文学に詳しい読者なら手がかりはちゃんと用意されている。犯人はあてることができたが、その手がかりに気づかなかったことが悔やまれてならない。


愛書家の死 (ハヤカワ・ミステリ文庫 タ 2-10)