一九一七年十二月、バルセロナの新聞社で雑用係をしていた十七歳のダヴィッドは短編小説を書く機会を得た。作品は好評でシリーズ化され、一年後ダヴィッドは新興出版社と専属契約を結び独立。それを機に以前から気になっていた市中に異容を誇る「塔の館」に移り住み、執筆に励む。
新シリーズも好評だったが、契約に縛られ読者受けをねらった作品ばかり書き続けるダヴィッドに失望した恋人は別の男と結婚してしまう。失意のダヴィッドに謎の編集者からオファーがある。高額の報酬と望むものを与えるかわりに彼のために本を書けというのだ。
専属契約を理由に一度は断るダヴィッドだったが、契約を結んでいた出版社が放火され契約は無効に。事件を疑う刑事に追われる身になったダヴィッドは、「忘れられた本の墓場」で手に入れた『不滅の光』の著者にして「塔の館」の前の住人、ディエゴ・マルラスカについて調査を始める。ところが、彼の行く先々で人びとは謎の死を遂げるのだった。
『風の影』で世界的大ヒットを飛ばしたカルロス・ルイス・サフォンの「忘れられた本の墓場」シリーズ四部作の第二部。主人公が「呪われた都」と呼ぶバルセロナを舞台に、前半のゴシック・ロマン風幻想小説のタッチから後半のハードボイルド探偵小説ばりのアクションまで無理なく運ぶ筆の冴えは前作を軽々と越えたといっても過言ではない。
ゲーテの『ファウスト』や、ディケンズの『大いなる遺産』といった先行するテクストを下敷きに、この作家ならではのジャンルを横断した「読ませる小説」をめざす試みは見事に達成されている。周到に準備された伏線、夢の記述の多用、主人公である話者の昏倒や泥酔による語りの中断といった叙述上の工夫が凝らされ、作品の完成度を上げている。
戦争被害者であった父親の虐待を受けて育ち、その殺害現場に立ち会うといった主人公の生い立ちや、安心して住まう場所を持ち得なかった境遇から、ダヴィッドが精神的に追い詰められていく状況を的確に診断すれば、一見幻想小説風仕立てに見える筋立ての中に謎解きミステリとしても読める手がかりが残され、フェアな叙述になっている。エピローグは、伏線を生かしたファンタジー小説風の結末であるが、崩壊の危機にあった主人公の人格が十五年という歳月をかけて回復を果たしたことを示すものを読めば、その解釈はまた変わってくる。
クリスティの『誰がアクロイドを殺したか』以来、一人称の語り手の証言は一度括弧に入れて読まねばならなくなってしまったが、まずは、カタルーニャ・モデルニスモの奇矯な建築で彩られた異郷バルセロナを舞台にしたゴシック・ロマンの風味を堪能し、しかる後再読、三読して謎解きミステリの醍醐味を味わうのがお勧めだ。
前作『風の影』未読でも本作を堪能するに何の支障もないが、すでに『風の影』を読んだ読者には、エピローグは何よりのプレゼントになっている。そういう意味では、『風の影』を読んでから本作を読むほうが意外性が増すということだけ伝えておきたい。