marginalia

読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

『岸辺なき流れ上』ハンス・へニー・ヤーン

岸辺なき流れ 上
国書刊行会の宣伝文句が凄い。

ジョイスの『ユリシーズ』やプルーストの『失われた時を求めて』と並び称される二十世紀文学の大金字塔が、半世紀の歳月をかけて遂に翻訳なる!!カフカムージルブロッホと並ぶドイツが生んだ巨匠ヤーンの最大の問題作。船、棺、地下室、箱、馬、分身、同性愛、時間、音楽------ひとりの作曲家を主人公に、人間と宇宙の謎と深淵、生存と死の深奥の根拠に迫る一大大河小説。」

不勉強で、この宣伝文を読むまでは全く知らなかった。でも、そんな凄い小説なら是非読まなくてはと手にとり、読み始めてしばらくして思ったのは、ジョイスプルーストの有名な小説と並び称されるのは、その「読まれなさ」の方ではないのか、ということだ。どちらの作品も、読むべき小説として喧伝されていながら、実のところ、大学で文学を講じる教授ですら、最後まで読み通した人が少ない、という曰くつきの代物なのだ。

上・下巻とも約七百ページ二段組。なかなかはかが行かない。難解というのではない。冗長ともちがう。ただただ、分量が多いのだ。しかも、作家や小説についてほとんど何も知らない。それが、読み辛さを倍化させる。実はこの大長編小説、もともと第一部「木造船」だけが独立して出版された。その後、時経て第二部「四十九歳になったグスタフ・アニアス・ホルンの手記」が書かれ、第三部「エピローグ」は未完のまま終わった。今回の邦訳でも第三部は概要紹介にとどまっている。そのせいもあって、第一部と、第二部では、若干一つの小説として読むには違和感がある。

第一部「木造船」は、「ライス」号という三本マストの美麗な帆船に積み込まれた、棺によく似た積荷に不審を抱いた乗組員たちと「上乗人」と呼ばれる事実上の荷物の責任者との反目を中心に描いている。船には船長とその娘エレナが乗っていた。エレナの婚約者であるグスタフは見送りのために乗船したが、船室の鍵は外から開き、会話は筒抜けという秘密の多いつくりに疑問を抱き、密航を決める。案の定、エレナは失踪。その捜索の過程で船は重大な損傷を受け沈没、グスタフほか何人かの船乗りは救助される、というのがあらすじだ。

ヒロインと思われたエレナのあっけない死の理由や、船の構造上の秘密、船上で語られる不死の男の挿話などのいくつもの謎が解明されないまま幕を閉じる「木造船」は、到底そのままで一冊の小説としては成立しがたい。そういう評もあったのだろう。作家は、その解決篇とも言える第二部を書くことにする。第二部は、時移り、唯一の友人とも死別した孤独な老人の手記という体裁をとる。思わぬ遺産を手にしたグスタフは、故郷に帰ることをやめ、同年輩の船員トゥータインを連れ、利子生活者として南アメリカ、アフリカ各地を転々とし、最後は北欧の地に至る。

第二部「四十九歳になったグスタフ・アニアス・ホルンの手記」は、今は死んだトゥータインとの若き頃の放埓の日々や、ともに何者かになろうと努力する日々を描く。やがてグスタフは音楽家に、博労の親方にその才を認められたトゥータインは馬の仲買業に就くことになる。作家の筆が冴えるのは、フィヨルドの町、ウルランに居を定めてから。ノルウェイの厳しさの中にも季節ごとに姿を変える自然のうつろい、限られた資源にしがみつくように自分たちの暮らしを送る土地の人々の人生を、決してそのなかに交じろうとしない冷徹な観察者として異邦人の目で見やるグスタフの心象風景である。

上巻の最後には、ミステリなら謎解きに当たる「ライス」号の秘密を説き明かす一章が用意され、この長大な小説の構造の一部が明らかになるが、今や有名な音楽家となったグスタフのその後の人生はどのように展開してゆくことになるのだろうか。冒頭「ライス」号の船倉に登場したものの、その後姿を隠したままの船主との対決はどうなるのか、まだまだ、先の読めない小説は続く。