marginalia

読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

『大いなる眠り』第4章(2)

<背後でドアが静かにしまり、私は床一面に敷きつめられた厚く青い絨毯の上を歩いていった。青い革の安楽椅子の脇には灰皿スタンドが添えられていた。箔押しされた革装本が数冊、磨き上げられた狭いテーブルの上にブックエンドに挟まれて並んでいた。壁のガラスケースの中にはもっと多くの箔押しされた革装本が並んでいた。なかなかに見た目のいい商品だ。金持ちが一ヤードいくらで買っては、人をして自分の蔵書票を貼らせようとする類いの。後ろの方には木目が浮き出た板で仕切った区画があり、中央にドアがついていた。閉まっていた。仕切りと壁が作る角に一人の女が坐っていた。小さな机の上に彫刻を施した木製のランタンが載っていた。>

ガイガーの店の内部の描写である。青い絨毯といい、安楽椅子といい、じっくり本を物色できる落ち着いた店内の様子。箔押しの革装本というのは、あちらでは気に入った本を自分好みの装丁で揃えるのが普通のやり方だから。

Nice-looking merchandise, the kind a rich promoter would buy by the yard and have somebody paste his boookplate in.

「見てくれのいい商品だ。金持が一ヤードいくらでごっそり買い、それに合わせて本だなをつくるにぐあいのいい種類の本だ」(双葉)
「なかなか見栄えのする商品だ。金持ちがヤード単位で購入し、誰かに蔵書票を貼り付けさせるような類の本だ」(村上)

ここは双葉氏の誤訳。“boookplate”を「本棚」に貼り付ける「何某蔵書」とかのプレートと思い込んでしまったのかもしれない。「蔵書票」という文化が今ほど知られていない時代の訳だからだろうか。それに続く“At th back”を二人とも、「店の奥には」と訳している。直訳すれば「背後には」だろう。ここのところ、冒頭に続いてマーロウの一人称視点によるガイガーの店の外部から内部への視点移動である。映画のキャメラが部屋をなめるように見ていくところだ。マーロウの眼は、まず足下から椅子、そしてテーブル、その上の本、そして壁のガラスケースと次第に上がっていっている。今見ているのがガラスケースなら、当然ガラスにはマーロウの背後が映り込んでいるはずで、そう考えると“At th back”は「背後には」と訳したくなるが、先に一度使っているので「後ろの方には」と訳してみた。

In the corner made by the partition and one wall a woman sat behind a small desk with a carved wooden lantern on it.

「仕切りと壁が交わる隅の小さな机に一人の女がひかえていた。机の上には彫刻した木製のランプがあった」(双葉)
「その仕切り壁と部屋の壁が作る角に小さなデスクがあり、女が一人そこに座っていた。デスクの上には彫り物の施された木製の卓上灯がひとつ載っている」(村上)

原文では壁と壁が作り出すコーナーに座る女の姿が浮かびあがり、やがてその前の小机、そして机上のランタンという順番になっている。双葉訳は、隅、机、女、ランプの順。村上訳では、角、デスク、女、卓上灯の順だ。意味的には「その上に木彫が施されたランタンが載った小机の背後に一人の女が座っていた」となるが、こんな順番で紹介されたら読むほうがこんがらがってしまう。拙訳ではあえて"behind”を訳さないことで、英単語の登場順に登場させることを可能にした。双葉、村上両氏も特に訳出していない。机の前に座ろうはずもないではないか。蛇足ながら、"lantern”を双葉氏はランプ、村上氏は卓上灯と、訳されているが、中国の衝立、東洋風のがらくた、という部屋の設えからみて、この木彫を施された灯りは「ランタン」でいいのではないかと考える。