marginalia

読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

『日本近現代史入門』 広瀬 隆

日本近現代史入門 黒い人脈と金脈
2017年、年が改まって早々、坂本龍馬が暗殺される五日前に書いた手紙が発見された。福井藩重臣に宛てた手紙で、謹慎中の三岡八郎(後の由利公正)を「新国家」の財政担当者として出仕させることをせかす内容である。竜馬が明治政府を「新国家」と評していることが新発見なのだが、その財政担当を薩長の武士ではなく、福井藩士にさせようとしているところが興味深い。由利は後にその任に当たり、新紙幣発行に関わることになるが、これにはどんな子細があるのだろうか。

話は簡単だ。維新の志士たちは、みな下級の貧乏侍で、その鬱憤晴らしに幕府相手に戦争を仕掛けたわけで、長崎のグラバーら武器商人によって新式の銃砲を手に入れたことにより、鳥羽・伏見の戦いに勝った。しかし、新政府の顔ぶれを見渡しても貧乏公家やら侍ばかりで財務の要職にあった人間は一人もいない。頼みとする幕府側の有能な勘定奉行であった小栗上野介はすでに亡い。そこで、松平春嶽が家臣の由利公正に資金調達を命じた。これを請けたのが三井であり、ここから財閥と明治政府との深い関係がはじまるのである。

と書いてくるとなんだか、近現代日本史にずいぶん詳しいようだが、これは全部広瀬隆著『日本近現代史入門―黒い人脈と血脈』の受け売りである。広瀬隆といえば、原発が本当に安全なら、なぜ東京に作らないのか、と突きつけた『東京に原発を!』や、ジョン・ウェインスティーヴ・マックィーンといった西部劇役者の相次ぐガン死は、当時の西部劇の撮影地が核実験場に近接していたことによる、と見抜いた『ジョン・ウェインはなぜ死んだか』で知られる。原発事故の恐ろしさを訴えた『危険な話』は話題になり、「朝まで生テレビ」にも出演した。

芦浜原発反対を唱えるグループが氏を講師に呼んだ集会で直接話を聞いたことがある。そのときの話では、これからはコジェネレーションの時代。もう原発の時代ではないだろう、というものだった。幸いなことに芦浜は作られることがなかったが、福島第一原発の事故が、氏の危機感の正当性を裏打ちしたのは皮肉なことであった。その後、ロスチャイルド家門閥についてメスを入れた『赤い楯』などを書いていたが、ここに来て、現在の政治状況に危うさを感じ、この本を書いた。一つは危機感からであり、今一つは若い人が反政府行動に立ち上がったことに力を得たためでもあるようだ。

題名は歴史の入門書のようだが、内容は副題の「黒い人脈と金脈」の方が当を得ている。私たち日本人が学校で教えられてきた近現代史は、いわば建前の歴史で、本音の歴史の方は表立って語られることがなかった。それはそうだろう。いくらなんでも、この本に書かれているように財閥が政治家を動かし、政治家は資産家や皇族、華族と婚姻関係を繰り返して、複雑にして密な閨閥を作り上げる。当初軍とは距離を置いていた財閥も、財政危機で国民が窮乏し、テロが横行し始めると、今度は軍人との間に閥を作り上げ、保身を図るとともに軍閥を利用して戦争を起こし、兵器産業でぼろもうけを図る、などということを、関係者があからさまにするわけがない。

政治家に限らず、世評を操る者たちは、ヒストリー(歴史)ではなくストーリー(物語)をつくりあげることに血道をあげる。小説や映画が歴史を作るのだ。広瀬隆司馬遼太郎の『坂の上の雲』をはじめとする「日清、日露戦までの日本人は良かった」という所謂司馬史観が特に気に入らないようだ。これを読めば分かることだが、そこに断絶はない。戦争によって金を儲け、儲けた金をまた軍備につぎ込むという動きは、むしろ連綿と続いている。財閥と軍閥によるこの動きが朝鮮の植民地化や満州国建設、大東亜戦争へとレールを敷いたのは誰の目にもはっきりしている。

少し前、明治維新についての映画を政府主導で作るというニュースが飛び込んできたが、これなどもその一つ。政府によるプロパガンダ映画製作という発表に思わずナチスを思い浮かべてしまったが、現政権ほど露骨に自分たちが戦後日本の継承者ではなく、明治維新を成し遂げた長州閥の系譜にあることを表明する政権は過去になかった。彼らにとっては、(審らかではない)ポツダム宣言も、東京裁判も、日本国憲法も、一時の気の迷いのようなものなのだろう。

なぜ財閥がここまで力を持つに至ったかといえば、下級武士が名を連ねた明治政府には財政能力にたけた人間がいなかった、というバカみたいに単純な答えが待っていた。NHK大河ドラマの『花燃ゆ』を思い出した。なるほど、松下村塾に集った連中よりは、同じNHKの『龍馬伝』における岩崎弥太郎三菱財閥創始者)の方が、よほど金については詳しかろうと思わされる。

その松下村塾で塾生を指導した吉田松陰イデオロギーが朝鮮や満州への侵略の道筋をつけたというのが広瀬の論旨だが、そういわれてみれば、なぜ産業遺産でもない松下村塾が安倍政権下で「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の名で世界遺産入りを果たしたのかという訳もわかってくる。もっとも、その多くが明治ではなく、江戸時代にできているのが皮肉だが。

身も蓋もない話の連続で、正直開いた口が塞がらないが、これはこれで一つの歴史なのだろう。視点を変えるだけで、これだけのことが見えてくる。資料に当たって論を組み立てるのが持ち味の広瀬隆の本には図表がつきものなのだが、松方正義福沢諭吉をはじめ全財閥の閨閥のリストだけでも参照する価値がある。なかでも、「長州のアジア侵略者が明治維新以来組み上げた閨閥」がすごい。もちろん最後に来るのが安倍晋三であることは言うまでもない。

「入門」とあるように、誰でも読める読み物になっている。特に、幕末から明治にかけてのところが面白い。福沢諭吉渋沢栄一がどのようにして財閥を作り上げていったかが活写されている。朝鮮・満州・アジア侵略の歴史も教科書では教えてくれない事実が記されていて貴重だ。日本国憲法アメリカの押しつけであったかどうかも、丁寧に解説されている。ただ、時代が現代に近づいてくると公害問題など、既知の事実との差が小さくなるのは仕方のないところか。歴史上の人物の実態暴露が読ませる。吉田茂はもちろんだが、GHQに物申した男として持ち上げられることの多い白州次郎も、広瀬の手にかかると滅多切りである。

一般大衆の側に視点を置いて見れば、日本の近現代史はこう見える、というのが本書の意図するところだろう。一読後はレファレンス資料として、お茶の間(死語か?)の一角に常備されるとよい。ドラマなどに登場する有名人は、必ずどこかの閨閥に引っかかっている。それを眺めながらドラマを見るのも一興。学校図書館にも是非推薦したい。歴史好きの子には、教科書で教えられる歴史の格好の解毒剤になることだろう。