marginalia

読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

『スティール・キス』ジェフリー・ディーヴァー

スティール・キス
四肢麻痺の車椅子探偵が活躍する、リンカーン・ライム・シリーズの最新作。ライムの弟子で同じく車椅子生活を送る若い女性ジュリエットも新しく仲間に加わる。視点人物がころころと目まぐるしく交替するが、その中には「僕」と名のる殺人者も登場する。犯人が自分のしていることを自分で語ってしまっているので、映画ならともかく、謎解き興味で引っ張ってゆくミステリ小説にはどうかと思ったが、やっぱり最後にはお得意のどんでん返しをくらってしまった。しかも、ライムと助手の二人の車椅子に乗る人物しかいないところを犯人が急襲するという、絶体絶命の危機まで用意されている。

犯人は冒頭から姿を見せる。身長は高いが痩せていて、特徴的な体つきが目撃者の印象に強く残るからだ。スターバックスでサンドイッチを食べているところを挟み撃ちにしようとしたところで、思いがけない邪魔が入る。エスカレーターの最上階にある乗降板がなぜか開き、男性がそのピットに落ちてしまったのだ。モーターの回転が止まらず歯車が男の腹を巻き込んでいくのが止められない。犯人を見張っていたアメリア・サックスは、救出のためにピットに入るが、出血多量で男は死亡、そのすきに犯人は逃亡する。

アメリアは被害者家族のために裁判に持ち込んで保証を勝ち取ろうとライムに協力を依頼する。早速エスカレーターの実物大模型をタウンハウスに持ち込み、誰に責任を追及すべきか機械を詳しく分析するライムとそのために休暇を取らされた市警の鑑識官メル。しかし、その間にも連続殺人犯、未詳40号は、次々と犯行を重ねる。いつもなら、ライムのタウンハウスでディスカッションしながら犯人を追えるのだが、ライムは無実の男を結果的に死なせた件で市警を辞職した身だ。アメリアは、ライムの協力なしに犯人を追わねばならない。

はじめは別々の事件を追っていたライムとアメリアだが、二つの事件に接点ができる。未詳40号が捕まりそうになった時、突然エスカレーターの事故が起きたのではなく、犯人は事故の仔細を見るためにその場にいる必要があったのだ。ライムたちの調査でエスカレーターに使われていたコンピュータ製品がハッキングされていたことが分かる。最初に頭がい骨を丸頭ハンマーで砕かれていた被害者が、それをハッキングしていた男で、未詳40号は、その技術を盗むために近づき、まんまと手に入れると殺してしまったのだ。

「僕」は、学校時代からその外見のせいで仲間にいじめられ、反社会的な考えを持っている。すぐにかっとなる性格でバックパックにはいつもハンマーを持ち歩いている。しかし、手先は器用で、ミニチュアの家具を作りネットで販売もしている。「僕」は、執拗に自分に迫るアメリアを憎悪し、手をひかせるためにアメリアの母を襲う計画まで立てる。それはジュリエットの機転で何とか回避されるが、事件にはまだまだ隠された真実があった。

コンピュータの汎用部品がどの電気機器に使われているかをネットに侵入して調べ、それをハッキングする。例えば自動車が勝手に暴走を起こして止められなくなる。今の時代ならいつ起きても不思議でないような犯罪である。電子機器を使った一つや二つの家電は誰でも持っている。それが悪意を持つ者の手に渡ったら、という恐怖は、残虐な犯罪を行うシリアル・キラーよりも、もっと身近なところにある恐怖だ。

本筋の事件が次第に暴かれていくその合間に、アメリアのかつての恋人で服役していた元刑事のニックとの再会がある。強盗の真犯人は弟で、弟を護るために罪をかぶったと言われるとアメリアの心は揺れる。今はライムとつきあっているアメリアとしてはニックのことをライムには相談できない。二人の間にわだかまりが広がっていく。それだけではない。ライムがルーキーと呼ぶ巡査のロナルドは許可も得ず勝手な潜入捜査を始める。理由はライムが市警を辞めることになった事件の再捜査だ。死者が罪を犯していたことを知れば、ライムが考えを変えるのではと考えたのだ。

こうして同時多発的にいろいろな場でアメリアやライムを巻き込む事件が発生し、それらが絡み合いながら最終局面に向かって進んでゆく。この辺の展開はさすがに堂に入ったもので、あれよあれよと思って見ているうちにとんでもない事実が判明する。一見無関係と思われた連続殺人事件の被害者を結ぶ線があった。なるほど、この方向へ持って行くための伏線だったか、とうならされた。あっと驚くどんでん返しは、それまでサイコパスにしか見えなかった未詳40号の印象さえすっかり変えてしまう。

シリーズ物は毎回登場する顔なじみに出会う愉しみがある。今回はそれに、また有力なメンバーが新加入した。「動」のアメリアに対する「静」のジュリエット。ライム相手に一歩も引かず、堂々と自分の意見を述べるジュリエットはこれからますます力を発揮するにちがいない。アメリアとライムはどうやら結婚も間近のようだし、このシリーズ、何かと目が離せない。