舞台はアメリカ西海岸、主人公の名はアルマ・べラスコ。慈善事業に熱心なべラスコ財団の代表である。自身のブランドを所有するデザイナーでもあるが、何を思ったか家を出て民主党支持者やヒッピーの生き残りやアーティストが入居待ちリストに名を連ねるラーク・ハウスという老人ホームに入居を決めてしまう。そのアルマのもとに時々、クチナシの花と手紙が届く。二重の封筒に収められた手紙の送り主は誰か、ハウスでアルマの世話を任されているイリーナにもアルマの孫のセツにも分からない。
ずっと運転手付きのメルセデスに乗っていたアルマは、最近免許を更新してスマートに乗り始めた。それだけではない。突然思い立っては数日家を空け、どこかに旅に出る。いくら健康に見えても高齢者で、パーキンソン病の持病もある。孫は祖母がどこへ出かけていくのかを探ろうと、愛するイリーナに協力を求める。イリーナはアルマには恋人がいるのではないか、それは部屋にある写真立ての中にいる日本人、イチメイ・フクダではないか、と話す。
アルマはポーランド出身のユダヤ系女性。ナチスの擡頭で欧州情勢が緊迫していることを心配した叔父イサク・べラスコは妻の妹の家族をアメリカに移住させようと試みるが、アルマの父は頑固でその好意に応じず、娘一人を船に乗せる。サンフランシスコの港でアルマを出迎えたべラスコ家の中には後に結婚することになる従兄のナタニエルがいた。孤独なアルマは実の兄の代わりにナタニエルを慕った。
太平洋とサンフランシスコ湾に挟まれた敷地シークリフに邸宅を建設中のイサクには信頼して庭造りを任せられるタカオ・フクダという庭師がいた。イチメイはその末っ子でアルマとすぐ仲良くなる。しかし、日米開戦により、日本人は敵国人として財産没収の上収容所送りになり、二人は会えなくなる。
幼い頃に出会ってすぐに惹かれあった男女が戦争によって引き裂かれてしまう。戦後再会した二人は愛し合うが、戦勝国の富裕層の女と敗戦国の庭師の男とでは人種と身分に差がありすぎ、結婚に踏みきれない。しかし、別れることのできない二人は周囲に関係をかくして密会を重ねる。ゴキブリの出る汚いモーテルで人目を忍んで愛し合う二人。限られた時間しか会うことのかなわない恋愛はいっそう二人を燃え立たせる。その結果、アルマは妊娠する。
イリーナの視点で描かれるラーク・ハウスで遠くない死を待つ老人たちの日常。その間に挿まれるアルマの過去の回想で、第二次世界大戦から現在までのユダヤ人、日本人、アメリカ人、それにイリーナの故郷モルドバ、と国の歴史に翻弄される人々の暮らしが語られる。アメリカ在住の裕福なユダヤ人は別として、ヨーロッパのユダヤ人の悲惨なことはいうまでもない。独立後のモルドバも苦しい。人々の暮らしは国家の歴史と切り離すことができない。
結局アルマは妊娠したことをイチメイに告白せず別れる。ナタニエルが父親役を引き受け、二人は結婚。日本に帰ったイチメイも日系二世と結婚する。それぞれ幸せな家庭を営む二人だったが、運命の悪戯が二人を再び出会わせる。ミステリ仕立てなので詳述は避けるが、そこには一筋縄ではいかない試練が待ち受けていた。
一方、イリーナはセツの求愛を受け留められずにいた。ハウスの住人から愛され、人から距離を置くアルマにも信用されるイリーナには他人に言えない秘密があったのだ。イリーナの母は娘を自分の両親に預け、早くに国を出た。いい稼ぎ口があると騙され、行き着いた先はイスタンブールの売春宿だった。イリーナが十二歳の時、母から手紙が届き、アメリカに呼び寄せられる。しかし、そこに待っていたのは思いもつかない事態だった。
ラーク・ハウスという場が心の中に孤独を呑みこんだ二人の女を結びつけた。信頼できる人との出会いによって、やがて心と心が響きあい、秘し隠していた過去にほころびが生じる。人は一人で生きることも一人で死ぬことも出来るかもしれないが、幸せとは言い難い。できるものなら、他者に心を開き、他者の思いも受け止め、ともに生きて老いたい。そして、最後は誰かに看取られて死んでいきたいものだと思う。
一日本人読者として、イチメイの造形が少々気になる。その指で触れると植物が芽吹くという「緑の指」の持ち主で、空手と柔道をあわせた格闘術に秀で、乞食行で百寺巡礼を果たし、画才もあるというから、まるで求道者。興味深いのは、父のタカオがオオモトの信者とされているところ。高橋和巳の『邪宗門』のモデルとなった大本教のことだ。収容所行きが決まったとき、白装束を着てオオモトの儀式に則って先祖伝来の刀を地中に埋めるところなど、外国から見た日本人のステレオタイプそのもの。
現代のアメリカ西海岸と、第二次世界大戦下のアメリカを主な舞台に、祖母の世代と孫の世代のふたつの恋愛事情を、老女の秘められた過去の謎解きをからめたミステリ仕立ての一大ロマンス小説。ミステリではないから、謎が解けても問題が解決されるわけではない。ただ、ゲイやエイズ、尊厳死、ユダヤ人差別、小児虐待と深刻な主題をいくつも扱いながら、登場人物が善良で心優しい人々であることが幸いして、愛と友情に満ちた物語になっている。人によっては、そこがもの足りないかもしれないが、読み終えた後味はさわやかだ。