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読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

『湖中の女』を訳す 第九章(1)

<politician>は「政治家」ではなく、自らの利に敏い「政治屋」のこと

【訳文】

インディアンヘッド・ホテルは新しくできたダンスホールの向かいにある、通りの角の褐色の建物だ。​その前に車を停め、トイレで顔と手を洗い、髪にからんだ松葉を櫛で梳きとってから、ロビーの隣にあるダイニング・バーに入った。くだけたジャケットを着た酒臭い息の男と、甲高い笑い声をあげる、節くれだった指の爪を牡牛の血の色に塗った女で、どこもかしこも溢れかえっていた。支配人はB級映画のタフガイめいて、シャツ姿で葉巻を噛みしだき、部屋をぶらつきながら目を光らせていた。レジでは淡色の髪の男が、水っぽいマッシュポテトみたいに雑音がたっぷり混じった小型ラジオで、戦況ニュースを聞こうと苦労していた。部屋の奥の片隅では、体に合わない白いジャケットと紫のシャツを着た、五人編成のヒルビリー・オーケストラが、バーの喧騒を越えて自分たちの音をとどけようと、紫煙の霧と酔いどれのくぐもり声の霞の中で、虚ろな微笑みを浮かべていた。ピューマ・ポイント最高のシーズン、夏は今や宴たけなわだ。
 定番ディナーと称するものをがつがつ掻き込み、落ち着いて胃のなかに鎮めておくためにブランデーを飲んでから、メイン・ストリートに繰り出した。まだ真っ昼間だったが、すでにネオンサインがいくつか灯り、宵のさざめきが始まっていた。車の警笛がけたたましく鳴り響き、子どもたちは金切り声をあげ、ボウリングのボールがごろごろ転がり、スキーボールがぶつかり、射的場では二十二口径の銃声がパンパンと景気よく音を響かせ、ジュークボックスが狂ったようにがなり立てる、そのすべての音の背後に、どこへ行くというあてもなく、湖に繰り出し、命を懸けたレースの真似事をする、スピードボートの吠えたてる音が聞こえていた。
 私のクライスラーのなかに、黒っぽいスラックスを穿いた痩せて真面目そうな顔をした茶髪の娘が座りこんで煙草をふかしながら、ランニングボードに腰かけた観光牧場のカウボーイと話していた。私は車の周りを回って乗り込んだ。カウボーイはジーンズをぐいと引き上げて、ぶらぶら歩き去った。娘は動かなかった。
「私はバーディ・ケッペル」彼女は陽気に言った。「ここで昼間は美容師、夜はピューマ・ポイント・バナーで働いてる。あなたの車に乗り込んでごめんなさい」
「かまわないさ」私は言った。「ただ座っていたいだけなのか、それともどこかに送ってほしいのか?」
「もう少し行った先に静かに話せるところがある。ミスタ・マーロウ。もし私に話を聞かせてくれる親切心があるなら」
「この辺りじゃ噂の伝わるのが早いようだ」私はそう言って、車を出した。
 郵便局を通り過ぎて、通りの角まで行った。「電話」と書かれた青と白の矢印が、湖に向かう細い道を指している。そこを曲がって、電話局の前を通り過ぎた。前に小さな柵のある芝生つきの丸太小屋だ。もう一つ、小さな小屋を通り過ぎ、大きなオークの木の前に車を停めた。伸び放題の枝がはるばる道路を横切って、たっぷり五十フィート先まで広がっていた。
「ここでどうかな、ミス・ケッペル?」
「ミセスです。でも、バーディと呼んで。みんなそう呼ぶから。ここで結構。初めましてミスタ・マーロウ。あなたはハリウッドからいらしたのよね。あの罪深い街から」
 彼女は引き締まった褐色の手を差し出し、私はその手を握った。豊かな金髪に指したヘアピンは氷屋のトングのようで、彼女の理解力の手堅さを印象づけていた。
「ドク・ホリスと話したの」彼女は言った。「哀れなミュリエル・チェスのことよ。あなたからもう少し詳しい話が聞けそう。死体を見つけたのよね」
「本当はビル・チェスが見つけたんだ。私はただ傍にいただけでね。ジム・パットンとは話したんだろう?」 
「まだなの。彼は山を下りた。どっちにせよ、ジム・パットンから多くの話は聞きだせない」
「彼は再選を目指している」私は言った。「そして、君は新聞記者だ」
「ジムは政治屋じゃありません、ミスタ・マーロウ。それに、私は新聞記者とは言えないわ。ここで私たちが発行している小さな新聞は、素人がやってるようなものよ」
「それで、何が知りたいんだ?」私は煙草を勧めて火をつけてやった。
「あなたが話してくれるかもしれないことかな」
「私が招待状持参でここに来たのは、ドレイス・キングズリーの土地を見るためだ。ビル・チェスが一帯を案内してくれて、いろいろ話をした。奥さんが出て行ったことなんかをね。そのときの書き置きも見せてもらった。ぶら下げてきた酒はほとんど飲まれてしまった。よほど気が塞いでいたんだな。酒で気が緩んだこともあるが、寂しくて誰かに悩みを打ち明けたかったのだろう。そういうことがあったんだ。彼とは初対面だった。湖の端まで帰ってきて、桟橋まで来た時、ビルが水の中の板張りの下で揺れている手を見つけた。それはミュリエル・チェスの遺骸であることが判明した。これで全部かな」
「ドク・ホリスから聞いてる。長い間水の中にいたので、かなり腐敗が進んでるみたいね」
「そうだ。おそらく、まる一月ずっと亭主は思い込んでいたんだ。女房は家を出て行ったと。他に考えようがない。書き置きは遺書だ」
「そこに何か疑わしいところはないの? ミスタ・マーロウ」

【解説】

「節くれだった指の爪を牡牛の血の色に塗った」は<oxblood fingernails and dirty knuckles>。清水訳は「爪を牛の血のように染め、よごれた膝(ひざ)っこをむき(傍点二字)出しにしている」と<knuckle>を「膝小僧」と解釈している。稀に四足獣の「ひざ肉」を意味することもあるが、ふつうは「指の関節」のことである。村上訳は「爪を雄牛の血の色に塗り、汚い拳を見せている」だが、<knuckle>を「拳」にすると「爪」が隠れてしまう気がする。また複数形に注目すると両の拳でなければならず、おそらく片手にグラスや煙草を手にしているだろう、バーの場面としては無理があるのでは。

田中訳は「牡牛の血のように爪をそめ、そのくせ指の関節のあたりはきたない」だが、どう汚いというのだろうか。爪を染めているのなら、手にだって気を使っているはず。いくら気を使っていても年齢とともに皮膚には張りと艶がなくなってくる。指の関節が汚く感じられるとしたら、皮下脂肪が落ちることによるごつごつとした骨ばった感じの表面化ではないだろうか。<oxblood>は濃赤色、もしくは赤褐色を表す色の名前で「誘惑」を象徴しているという説がある。

「支配人はB級映画のタフガイめいて」は<The manager of the joint, a low budget tough guy>。清水訳は「ここのマネージャーは(シャツ姿で葉巻をくわえている)目つき(傍点二字)の鋭い男で」。田中訳は「ここのマネージャーは、背がひくい、いかにもタフそうながっしりした男で」。両氏とも意訳している。<low budget>は「低予算」の意味。後に<movie>をつければ「低予算映画」つまりB級映画のことになる。村上訳は「支配人は安物映画に出てくるタフガイそのままに」。

紫煙の霧と酔いどれのくぐもり声の霞の中で、虚ろな微笑みを浮かべていた」は<smiling glassily into the fog of cigarette smoke and the blur of alcoholic voices>。清水訳は「タバコの煙の靄とろれつ(傍点三字)のまわらぬアルコール混(ま)じりの声にうつろな微笑を投げかけていた」。田中訳は「タバコの煙でできた霧と、酔っぱらいのどなり声にむかって、ばかみたいにほほえんでいる」。村上訳は「彼らのガラスのような目は微笑みを浮かべながら、煙草の紫煙がつくった霧と、混濁した酔声に向けられていた」。

「彼らのガラスのような目は」は文法的にまちがっている。この文の主語は<a hillbilly orchestra of five pieces>だ。村上氏は副詞の<glassily>を形容詞の<glassy>と読みまちがえたのだろう。<glassily>は<smiling>にかかっていて「どんよりして、生気のない状態で」という意味だ。自分たちの音楽を聴いてもいない酔客相手の演奏に倦みつかれているバンド・メンバーのうんざりした気持ちを表しているところだ。< the fog of >と<the blur of>を並べた、相変わらずの対句表現である。名詞<blur>は<fog>に合わせて、「霞」としたいところ。「煙草の紫煙」は重言というものだ。紫煙は煙草の煙に決まっている。

「カウボーイはジーンズをぐいと引き上げて、ぶらぶら歩き去った」は<The cowboy strolled away hitching his jeans up>。清水訳は「カウボーイはジーンズをたくし上げて、立ち去った」。「たくし上げる」は裾や袖をまくることで意味がちがう。村上訳は「カウボーイはジーンズの膝をあげて、車からゆっくり離れていった」だ。<hitch up>は「(ズボンを)グイと引き上げる」の意。村上氏は何を思って「膝」を持ち出してきたのだろう。田中訳は「カウボーイは、ブルージーンのズボンをひっぱりあげながら、ゆっくりあるいていった」。自分は落ち着いていることを示すための殊更なポーズだろう。

「この辺りじゃ噂の伝わるのが早いようだ」は<Pretty good grapevine you've got up here>。<grapevine>は「葡萄の蔓」のことだが、話し言葉では「人づての情報、噂」を意味する。清水訳は「この町は情報網がだいぶ発達しているらしいですね」。村上訳は「この町では噂が伝わるのがずいぶん早いらしい」。田中訳は「このあたりは、すばらしい美人がとれるようだな」と珍しく的を外している。

「大きなオークの木の前に車を停めた」は<pulled up in front of a huge oak tree>。三氏とも<oak tree>を「樫(かし)の木」と訳している。何度も書くようだが、<oak>はブナ科コナラ属の植物の総称で、落葉樹の「楢(なら)」の総称である。明治時代の翻訳家が誤って「樫」と訳したのが今に至っている。「楢」と訳して済ませたいところだが、かつて英国の湖水地方を旅した時、大きなオークの古木を目にして、その存在感に圧倒されて以来、「オーク」はわざわざ「楢」にしなくとも「オーク」のままでいいのではないかと思うようになり、そのままカナ書きにしている。

「伸び放題の枝がはるばる道路を横切って、たっぷり五十フィート先まで広がっていた」は<flung its branches all the way across the road and a good fifty feet beyond it>。清水訳は「枝を道路から五十フィートもはみ(傍点二字)出してひろげている」。村上訳は「その木は通りを越えて、優に十五メートルくらい向こうまで大きく枝を広げていた」。田中訳は「樫の枝は道を横ぎり、それから五十ヤードものびていた」。一ヤードは三フィートなので、田中訳では百五十フィートになってしまう。四十五メートルも枝を広げた大木は、ちょっとお目にかかれない。

「豊かな金髪に指したヘアピンは氷屋のトングのようで、彼女の理解力の手堅さを印象づけていた」は<Clamping bobbie pins into fat blondes had given her a grip like a pair of iceman's tongs>。清水訳は「ヘアピンで髪をしめつけているのがしっかりした感じを与え、氷屋の氷ばさみ(傍点三字)を思わせた」。村上訳は「豊かな金髪をヘアピンで留めていたが、それは氷配達人が使う氷挟み並みに頑丈そうに見えた」。まあ、ここまでは許容範囲だろう。田中氏は「美容師というから、デブの金髪(ブロンド)にでも、いつもヘヤピンをさしこんでいるのだろう、まるで、氷屋がもつているはさむものでつかまれたみたいだった」と、ひどい誤訳をやらかしている。<a grip>はこの場合「把握する力」つまり「理解力」と解するべきだ。清水訳には、その<a grip>を感じることができる。

「ジムは政治屋じゃありません」は<Jim's no politician>。清水訳は「ジムは政治屋じゃないんです」。田中訳は「ジムは、選挙で大騒ぎするような人とは違うわ」。アメリカでは保安官の選挙で何度も再選されると議員への道が開けることも多い。「選挙での大騒ぎ」はそれを指している。村上訳は「ジムは政治家じゃないの」だが、<politician>は同様に政治家を意味する<statesman>(公正で立派な政治家)とは異なり、現在の日本の政治家のように、自分の利益のために政治を利用する「政治屋」を指す言葉。村上訳の「政治家」は、その意味で言葉足らずだろう。

「おそらく、まる一月ずっと亭主は思い込んでいたんだ。女房は家を出て行ったと。他に考えようがない」は<Probably the whole month he thought she had been gone. There's no reason to think otherwise>。清水訳は「おそらくまる一月(ひとつき)ぐらいになるだろうといってました。ほかに考えようがありません」。田中訳は「ミュリエル・チェスがいなくなってから、まるひと月たつそうだが、そのあいだ、ずっと湖のなかにいたんじゃないかな。ほかに考えようはない」。村上訳は「彼女は一カ月前に出て行ったきりだとビル・チェスは考えていた。それ以外に考えようはなかった」。

<the whole month>の「まるひと月」が何にかかるかで、訳しようが変わってくる。清水、田中両氏は死体が水中にいた時間と解しているようだ。そのため「ほかに考えようがない」と考える主体が話者であるかのように読める。村上訳は、彼女が出て行った期日と考えている。そうじゃない。まるひと月の間、夫は妻の自殺の可能性に思い及ばず、どこかで生きていると思っていた。夫としては、それより「ほかに考えようがない」からだ。ここはそういう意味ではないのだろうか。

『湖中の女』を訳す 第八章(2)

いったいビル・チェスはいつの間に腰を下ろしたのだろう?

【訳文】

「お巡りらしい言い草だ」ビル・チェスは吐き捨てるように言い、ズボンを穿き、また腰を下ろして靴を履き、シャツを羽織った。身支度を終えると、立ち上がって瓶に手を伸ばしてたっぷり飲んで、桟橋の厚板の上にそっと瓶を置いた。そして、毛むくじゃらの両手首をパットンの前に突き出した。
「それがあんたらの遣り口だ。手錠をかけてけりをつけろよ 」彼は声を荒げて言った。
 パットンはそれには耳を貸さず、手すりのところに行って、湖面を見下ろした。
「死体が見つかるにしちゃ、おかしな場所だ」彼は言った。「ここには流れといえるようなものはない。もしあるとしたら、ダムに向かって流れているはずだ」
 ビル・チェスは両手を下ろし、静かに言った。「あれが自分でやったんだ。ぼんくら。ミュリエルは泳ぎが上手だった。飛び込んで船着場の下まで泳いで行って水を飲んだんだ。そうするしかなかった。他に道はなかった」
「そうとばかりは言えないな、ビル」パットンは穏やかに答えた。その眼は新しい皿みたいで何も浮かんでいなかった。
 アンディはかぶりを振った。パットンは薄笑いしてそちらを見た。
「また、あら探しかい? アンディ」
「九日前だ。本当だ。逆算してみたんだ」ライオン狩りの帽子の男はむっつり言った。
 医師は両手を上に放り上げ、片手を頭にあてて歩き去った。一度ならずハンカチの中に咳込み、熱心にハンカチをのぞきこんだ。
 パットンは私に目配せし、手すり越しに唾を吐いた。「こっちに取りかかろうや、アンディ」
「大のおとなを六フィートの水の底に引きずり込こもうとしたことはあるかい?」
「いや。今まで試したことはないよ、アンディ。ロープを使ったとは考えられないのか?」
 アンディは肩をすくめた。「ロープを使えば、死体に痕が残る。すぐばれることになるのに、ごまかす手間をかけるか?」
「時間が問題なのさ」パットンは言った。「誰にだって段取りというものがある」
 ビル・チェスは唸り声をあげ、ウィスキーに手を伸ばした。山の男たちの勿体ぶった顔を見ていると、連中が腹の中で何を考えているのか、分からなくなってきた。
 パットンが思い出したように言った。「書き置きの件があったな」
 ビル・チェスは財布の中をひっかきまわして、折りたたんだ罫線のある紙を取り出した。パットンはそれを受け取り、じっくり目を通した。
「日付がないようだ」
 ビル・チェスは重たげに首を振った。「ない。あれが出て行ったのはひと月前の六月十二日だ」
「前にも一度出て行ったことがあったろう?」
「ああ」ビル・チェスはじっと彼を見つめた。「酔っぱらって女のところにしけこんだときに。ちょうど去年の十二月の初雪が降る少し前だ。あれは一週間ばかり留守にして、すっかりめかしこんで帰ってきた。しばらくここを離れる必要があって、L.A.で一緒に働いていた子のところで世話になっていた、と言ってた」
「その女の名前は何というんだ?」パットンが訊いた。
「言わなかったし、こちらも聞かなかった。ミュリエルのすることは、俺にとっちゃ絹みたいにとらえどころがなかった」
「そうらしいな。その時は書き置きはなかったのか? ビル」パットンは如才なく訊いた。
「なかった」
「この書き置きはかなり古びてるようだが」パットンは書き置きを持ち上げて言った。
「ひと月というもの持ち歩いてたからな」ビル・チェスは不平がましく言った。「誰に聞いたんだ? あれが前にも家を出て行ったことがあると」
「忘れたよ」パットンは言った。「知ってるだろう、ここがどんなところか。気づかない連中の方が少ないくらいさ。よそ者でにぎわう夏の間は別だがな」
 しばらくの間、誰も何も言わなかった。やがて、パットンが何気なく切り出した。「出て行ったのは六月十二日だと言ったな? いや、出て行ったとあんたが思ったのがだったか。あんた、そのとき向こう岸の小屋に人がいたって言ったか?」
 ビル・チェスは私の方を見た。顔がまた暗くなった。「この詮索好きな男に訊くがいい――まだ、あんたにすべてをぶちまけてないなら」
 パットンは私の方を見もしなかった。湖のはるか向こうの山並みを眺めていた。彼は穏やかに言った。「ミスタ・マーロウは何も話しちゃおらんよ、ビル。どんなふうに死体が水の中から上がって、それが誰だったか以外は。ミュリエルは出て行った、あんたが考えたように。あんたが彼に見せた書き置きを残してな。何か問題でもあるかい?」
 またひとしきり沈黙が下りた。ビル・チェスは数フィート先の毛布で覆われた遺体を見下ろしていた。両手を固く握りしめ、大粒の涙が頬を伝った。
「ミセス・キングズリーがここにいたんだ」彼は言った。「あれがいなくなったのと同じ日に山を下りた。他の小屋には誰もいなかった。ペリー家もファークァー家も今年は山にきていない」
 パットンは肯いて黙っていた。ある種の空虚感が空気中に漂っていた。まるで、言われていないことが誰にも明白で、言う必要もないように。
 それからビル・チェスは荒々しく言った。「とっとと連れて行けよ。くそったれ。俺がやったんだ。俺が溺れさせた。あいつは俺の女で、俺はあいつを愛してた。俺はろくでなしだ。いつでもろくでなしだったし、これからもろくでなしのままだろう。それでもあいつを愛していたんだ。あんたらにゃわかるまい。構やしないさ。連れてってくれ、畜生め!」
 誰も何も言わなかった。
 ビル・チェスは自分の固く握った褐色の手を見下ろしていた。彼はそれを思いっきり振り上げて力を込めて自分の顔を殴った。
「このくそ野郎」彼は耳障りな声で囁くように言った。
 彼の鼻からたらたらと血が流れだした。彼は立っていて、血が唇の上を這い、脇を伝って口に入り、顎の端に達した。一滴がゆっくりとシャツに落ちた。
 パットンはそっと言った。「尋問のために山を下りてもらわなきゃならん。わかるな、ビル。あんたを告発するつもりはないんだが、下の連中は、あんたに話を聞く必要がある」
 ビル・チェスは苦しそうに言った。「服を着替えてもいいか?」
「もちろんだ。アンディ、ついて行ってくれ。それと、これをくるむものを何か探してきてくれ」
 彼らは湖畔の小径を歩いていった。医師は咳払いをして、湖面を見渡し、溜め息をついた。
「うちの救急車で死体を運ばせたいんだろう。ジム?」
 パットンは首を振った。「いや。郡には金がないんでね、ドク。あんたの救急車より安く運ぶ手だてがある」
 医師は憤懣やるかたないといった様子で歩き去り、肩ごしに言った。「葬儀の費用を払わせたいときは言ってくれ」
「その言い方はないだろう」パットンは溜め息まじりに言った。

【解説】

「それがあんたらの遣り口だ。手錠をかけてけりをつけろよ 」は<That's the way you guys feel about it, put the cuffs on and get it over>。清水訳は「お前さんたちが考えることはきまってる。手錠をはめるんならはめてくれ」。これは分かる。田中訳は「そんなふうに、みんなおもってるのか? だれかに手錠をかければ、それでなにもかもすんだと――」。どうして、こんな反語的な訳になるのだろうか。村上訳は「あんたらの魂胆はわかっている。おれに手錠をはめて、それで一件落着としたいんだろう」。<That's the way><get it over>といった常套句を連ねただけのシンプルな文だ。さらっと訳したらいい、と思う。

「そうするしかなかった。他に道はなかった」は<Had to. No other way>。清水訳は「そうにきまってる。そのほかに考えられない」。田中訳は「それにちがいない。ほかに考えようはないよ」と、考える主体をビル・チェスと解釈している。村上訳は「そうしなくちゃならなかった。他に道はなかったから」と、ミュリエルにしている。この違いは大きい。原文は五つのセンテンスで成り立ち、初めの三つは<she><Muriel><she>が主語になっている。残りの二つも<she>が略されたと考えるのが普通だ。

「また、あら探しかい?」は<Crabbin' again>。清水訳は「また難癖をつけるのか」。田中訳は「また、なにかピンときたのかい」。村上訳は「また何か異論があるのか」。<crab>は名詞では「かに」を指すが、動詞になると「~のあら探しをする、~をけなす、~を不機嫌にさせる」などの意味になる。

「ミュリエルのすることは、俺にとっちゃ絹みたいにとらえどころがなかった」は<What Muriel did was all silk with me>。清水訳は「俺はミュリエルがやってたことを何も知らないんだ」。田中訳は「女房のすることは、なんでもおれは信用してたからね」。村上訳は「どうこう言えるような立場にはなかったからな」。<silk>には「絹」の他に別の意味があるのだろうが、どうもよくわからない。当時はまだ絹は高級品で、山男のビル・チェスには、「高嶺の花」だったという意味くらいしか想像がつかない。 

「気づかない連中の方が少ないくらいさ」は<Not much folks don't notice>。ここを清水氏は「誰が何をしたかなんて、あんまり気にしない」とまるで反対の意味にとっている。田中訳は「住んでる者もすくないし、なにをしたって、すぐわかる」。村上訳は「隠し事なんぞ、とてもできるところじゃない」と嚙み砕いている。

「あんた、そのとき向こう岸の小屋に人がいたって言ったか?」は<Did you say the folks across the lake were up here then?>。清水訳は「そのとき、湖の向こうのキャビンの人間はいたのかね」。田中訳は「その時には、別荘のほうにもだれかいたのかい?」。この両氏の訳した聞き方くらいで、ビル・チェスがかっとなったりするだろうか? <Did you say>は日常的によく使われる表現で、相手が言ったことを確認するときに用いられる。つまり、パットンは既知の内容を確認しているように質問したので、ビルはてっきりマーロウが告げ口したと思ったのだ。村上訳は「そのとき湖の向こう岸に人が滞在していたと、あんたは言ったっけな?」。

「彼は立っていて、血が唇の上を這い」は<He stood and the blood ran down his lip>。清水訳は「彼が立ち上がり、血が唇をつたわって」。田中訳は「チェスが立ちあがると、血は唇をつたい」。村上訳は「彼は立ち上がった。血は唇をつたって」。ところで、いったいビル・チェスはいつ腰を下ろしたのだろう? それまでの記述でそのことについて触れた個所はどこにもない。

「それと、これをくるむものを何か探してきてくれ」は<And see what you can find to kind of wrap up what we got here>。清水訳は「それから、ここにあるこれをくるむ物を何か見つけてきてくれ」。「これ」というのは水死体のことだが、田中訳では「なにかからだにひっかける物があるかどうか、みてやれ」と、ビルの上着になっている。村上訳は「そしてここにあるもの(傍点七字)をうまくくるめるようなものが何かないか、見てきてくれないか」。

「その言い方はないだろう」は<That ain't no way to talk>。清水訳は「むき(傍点二字)になりなさんな」と軽くいなす感じ。田中訳は「そんな言いかたってないよ、ドクター」とちょっと情けない感じで。村上訳は「きついことを言うね」と少し非難がましく。章の終わりのきめ台詞である。訳者の腕の見せ所かもしれない。

『湖中の女』を訳す 第八章(1)

<a batch of mud pies>は「マッド・パイ一窯分」

【訳文】

彼は停車場から道路を隔てた向かい側の白い木造家屋の前で車を止めた。建物の中に入って、すぐ一人の男と出てきた。男は手斧とロープと一緒に後部座席に乗った。公用車が通りを戻って来たので、その後ろについた。スラックスやショートパンツ、セーラー服とバンダナ、節くれだった膝と緋色の唇の間を縫って本通りを通り抜けた。村を過ぎ、埃っぽい丘を上り、一軒の小屋の前で車を止めた。パットンが軽くサイレンを鳴らすと、色褪せたオーバーオールを着た男が小屋のドアを開けた。
「乗れよ、アンディ。仕事だ」
 青いオーバーオールの男はむっつりとうなずいてひょいと小屋の中に戻った。オイスター・グレイのライオン狩りの帽子をかぶって出てきて、パットンが横にずれている間に、ハンドルの下に滑り込んだ。三十前後、浅黒く、しなやかで、先住民のように薄汚れていて、少し栄養不足だった。
 マッド・パイが一窯分焼けるくらいの土埃を食らいながら、リトル・フォーン湖まで行った。五本の板を組んだゲートでパットンが車を降りて門を開け、我々は湖に下りた。パットンがまた車を下りて水際に行き、小さな桟橋の方を見た。ビル・チェスが裸で桟橋の床に座って頭を抱えていた。彼の隣の濡れた板の上に何かが横たえられていた。
「もう少し先まで行けそうだ」パットンが言った。
 二台の車は湖の端まで進み、四人揃ってぞろぞろとビル・チェスの背後から桟橋に下りた。医師は立ち止まってハンカチの中に激しく咳をし、考え込むようにそれを見た。骨ばった目の飛び出た男で悲しげな病人の顔をしていた。
 かつては女だったものが脇の下にロープを巻かれて俯せに横たわっていた。ビル・チェスの服が片側に置かれていた。膝に傷のある強張った足を平らに前に伸ばし、もう片方の足を曲げて額を当てていた。我々が後ろに下りてきても、身動きせず、顔を上げもしなかった。
 パットンが尻ポケットからマウント・ヴァーノンのパイント瓶を取り出し、蓋を開けて渡した。
「ぐっとやれよ、ビル」
 あたり一面にむかつくような臭気が漂っていた。ビル・チェスはそれに気づいていないようだった。パットンも医者も同じだった。アンディという名の男が車から薄汚れた毛布を取り出し、死体に抛った。それから無言で松の木の下に行って吐いた。
 ビル・チェスはぐいっと一息に酒を飲み、曲げた剥き出しの膝にボトルを当てて座っていた。そして、強張った感情のない声で話し始めた。誰の方も見ず、特に誰に向かって話すのでもなかった。喧嘩とその後のことを話したが、喧嘩の原因については話さなかった。ミセス・キングズリーについては一言も口にしなかった。私が出て行ったあとで、彼はロープを取ってきて裸になって水の中に入り、それを引き上げたと話した。浅瀬まで引きずっていき背中に背負って桟橋まで運んだのだ。どうしてそんなことをしたのかは知らない。それからもう一度水の中に入った。理由は聞くまでもなかった。 
 パットンは一切れの噛み煙草を口に入れ、静かに噛んだ。おだやかな眼には何も浮かんでいなかった。それから歯を食いしばり、屈みこんで死体の毛布を剥いだ。まるでばらばらになるのを気遣うように死体をそっと裏返した。遅い午後の日差しが、膨らんだ首に半ば埋め込まれた大きなグリーン・ストーンのネックレスに目配せした。粗雑な彫り方で、光沢がなく、ソープストーンか紛い物の翡翠のようだ。小さなダイヤ付きの鷲の留め具が金色の鎖の両端を繋いでいた。パットンは広い背中を伸ばし、タン色のハンカチで鼻をかんだ。
「見解を聞かせてくれ、ドク」
「何についてのだ?」目の飛び出た男はつっけんどんに聞き返した。
「死因と死亡時刻だ」
「馬鹿を言うなよ。ジム・パットン」
「何も分からないってのか、?」
「ちょっと見ただけでかい? なんとまあ」
 パットンはため息をついた。「見たところ水死のようだ」彼は認めた。「だが、そうとも限らない。ナイフで刺されたり、毒を盛られたりした被害者を、犯人が水に浸けて様子を変えるケースもある」
「この辺でそういうことはちょくちょく起こるのか?」医者は意地悪く聞き返した。
「この辺で起こった、正真正銘の殺人事件といえば」パットンは眼の端でビル・チェスをとらえながら言った。「北岸のミーチャム爺さんの件だけだ。爺さんはシーディー渓谷に小屋を持っていて、夏の間は、少しばかり砂金採りをやっていた。ヘルトップ近くの谷の奥にある古い砂鉱床の採掘権を持ってたんだ。秋も深まったというのに、爺さんが一向に姿を現さない。そこに大雪が降って小屋の屋根の片側がつぶれた。それで、我々はちょっと行って、つっかえ棒を当ててやろうとした。多分爺さんは誰にも言わずに冬が来る前に山を下りたんだろう。年寄りの砂金堀りのやりそうなことだってな。ところがどっこい、爺さんは山を下りてなどいなかった。ベッドに横になっていたんだ。頭の後ろに薪割り用の斧が深々と刺さっていた。とうとう誰がやったのかは分からず仕舞いだ。爺さんは、夏の間に集めた砂金の小袋をどこかに隠してる、と思ったやつがいたんだろう」
 彼は思案気にアンディの方を見た。ライオン狩りの帽子の男は口の中で歯をせせりながら言った。「誰の仕業かは分かってる。ガイ・ポープがやったんだ。ただ、ガイはミーチャム爺さんが見つかる九日前に肺炎で死んでいた」
「十一日前だ」パットンが言った。
「九日だ」ライオン狩りの帽子の男が言った。
「六年も前のことだ、アンディ。好きにすればいい。どうしてガイの仕業だと思うんだ?」
「ガイの小屋には砂金に混じって、三オンスばかりの金塊が見つかったんだ。ガイのところからは砂粒より大きいのが出ることはなかった。爺さんの方は何回もペニーウェイト級の金塊が出てる」
「まあ、そうしたもんだ」パットンはそう言って、私を見て、かすかにほほ笑んだ。「どれだけ気をつけていても誰でも何かを忘れるものだ」

【解説】

「停車場」は<stage depot>。清水訳は「バスの停留場」。田中訳は「バス停留所」。村上訳は「鉄道駅」。こんな山の中まで鉄道が敷かれているのだろうか。星形の銀のバッジをつけた保安官が一人で町を守る山間の土地だ。この<stage>は「駅馬車」のことだろう。昔は町のメインストリートに駅馬車が停まるところがあった。<depot>は「停車場、駅」の意味。

「スラックスやショートパンツ、セーラー服とバンダナ、節くれだった膝と緋色の唇」は<the slacks and shorts and French sailor jerseys and knotted bandannas and knobby knees and scarlet lips>。清水訳は「スラックスとショーツとフランスの水兵服と頸に結んだはで(傍点二字)なスカーフとむき(傍点二字)出しの膝がしら(傍点三字)と真紅の唇」。田中訳は「スラックスやショーツ、それにフランスの水兵が着てるようなジャージイのブラウスを着たり、毛のネッカチーフをかけ、骨っぽいすね(傍点二字)をだし、唇を真赤にぬつた女たち」。

「パンツ」や「ショーツ」は「ズボン」、「半ズボン」のことだが、下着にも使われるので紛らわしい。「バンダナ」を「スカーフ」や「ネッカチーフ」と訳すあたり、さすがに時代を感じる。村上訳は「スラックスやらショートパンツやら、フランス水夫風のジャージーやら、粋に結ばれたバンダナやら、屈強な膝やら、緋色の口紅やら」。「フランス水夫風のジャージー」は、「セーラー服」で通じるのではないだろうか。

「色褪せたオーバーオール」は<faded blue overalls>。清水訳は「色のあせたブルーの仕事着」。田中訳は「色があせたブルーの上下つなぎの作業服」と、これも時代を感じさせる訳になっている。村上訳は「色褪せたオーヴァーオール」。ブルーのデニム地で作られることが多いので、ブルーはカットした。上半身は胸当てと肩紐だけなので、厳密には「つなぎ」ではない。

「三十前後、浅黒く、しなやかで、先住民のように薄汚れていて、少し栄養不足だった」は<He was about thirty, dark, lithe, and had the slightly dirty and slightly underfed look of the native>。清水訳は「年のころはおよそ三十歳、顔が浅ぐろく、からだのしなやかな男で、この土地の人間らしく少々うすよごれていて、栄養がたりない感じだった」。田中訳は「三十ぐらいの男で、色が黒く、動作がしなやかで、ちょっぴり皮膚の色がにごり、栄養不良みたいに見えるのは、きっとインデヤンの血がまじつてるからだろう」。

村上訳は「三十前後で、髪は黒くほっそりとして、土地のものらしくどことなく薄汚れて、どことなく栄養状態が悪そうに見えた」。いくら山に住んでいても、「土地のものだから薄汚れて」いるというのは、言い過ぎというものだろう。この<native>は「先住民」を指すのではないだろうか。それなら、髪も黒いだろうが、顔も白人より黒いに違いない。村上訳のように髪に限定するのはどうだろう。

「マッド・パイが一窯分焼けるくらいの土埃を食らいながら」は<eating enough dust to make a batch of mud pies>。清水訳は「泥のパイをつくれるほどの埃りをまともにかぶった」。田中訳は「泥のパイがうんとつくれるくらい埃をかぶった」。村上訳は「泥饅頭(どろまんじゅう)をいくつもつくれそうなくらい埃をかぶることになった」。<a batch of ~>は「~を一窯分」という意味。また<mud pie>は「泥饅頭」のことだが、アイスクリームと一緒に食べる「マッド・パイ」というチョコレートケーキがある。<eat>を使っていることから考えると、それをかけているのだろう。

「小さなダイヤ付きの鷲の留め具が金色の鎖の両端を繋いでいた」は<A gilt chain with an eagle clasp set with small brilliants joined the ends>。清水訳は「金めっき(傍点三字)をした鎖(くさり)にワシの形の止め金がついていた」と<set with small brilliants>をトバしている。田中訳は「はしのほうにいくにしたがつて粒がちいさくなった緑石を、鷲のかたちをした留金がついた金メッキの鎖がつなぎあわしている」と<set with small brilliants>を「はしのほうにいくにしたがつて粒がちいさくなった緑石」と解しているようだ。村上訳はというと「鎖は金メッキがしてあり、その両端はきらきら光る小さな宝石がついた鷲の頭の留め金になっていた」と、なぜか<eagle>を「鷲の頭」と訳している。

「ライオン狩りの帽子の男は口の中で歯をせせりながら言った」は<The man in the lion hunter's hat was feeling a tooth in his mouth. He said>。清水訳は「狩猟棒をかぶった男は口に指をつっこんで、しきりに歯をいじっていた。彼は言った」。田中訳は「ばかでかいライオン狩りの帽子をかぶったアンディ君は、舌の先で歯をいじつている。アンディーはいつた」。村上訳は「ライオン狩猟用の帽子をかぶったその男は、口の中の歯をゆびでいじっていた。アンディーは言った」。<in his mouth>とある以上、口の中にある舌先で歯を感じていたと考えるのが普通だ。

『湖中の女』を訳す 第七章

「脂肪は、ほんのご愛嬌だ」は<The fat was just cheerfulness>

【訳文】

 板張りの小屋の窓越しに、片端に埃だらけのフォルダーが積まれたカウンターが見えた。ドアの上半分を占めるガラスに、黒い塗料で書かれた文字が剥げかけている。「警察署長。消防署長。町保安官。商工会議所」。下の隅には、USO(米国慰問協会)カードと赤十字のエンブレムがガラスに貼ってあった。
 私は中に入った。カウンターの向こうには片方の隅にだるまストーブ、反対側にロールトップ・デスクがあった。壁にこの地区の大きな青写真の地図が貼られ、その横の板には、四つあるフックの一つに擦り切れて繕い跡の目立つマッキノーがかかっている。カウンターの上の埃まみれのフォルダーの隣にはよくある備え付けのペンセット、使い古された吸取器とべとべとに汚れたインク壜があった。机の横の壁は、至るところ電話番号で埋め尽くされ、木が腐るまで持ちこたえそうに強い筆致ながら、子どもが書いたような字だ。
 一人の男が木製の肘掛椅子に座って机に向かっていた。両足の爪先から踵まで、スキーの最中のように床板をしっかり踏みつけている。右足にホースがひと巻き入りそうなくらい大きな痰壺が寄りかかっていた。汗染みの浮いたステットソンをあみだにかぶり、何年も前から擦り切れて薄くなったカーキパンツのウエストバンドの上、胃のあたりで毛のない大きな手を心地よさげに組んでいる。シャツはズボンによくマッチしていたが、もっと色あせていた。太い首の一番上までボタンを留め、タイはしていない。髪はくすんだ茶色で、こめかみのところは根雪のような色だ。左の尻に体重をかけて座っていた。というのも、右の尻ポケットにヒップ・ホルスターが突っ込まれ、四十五口径の銃が半フィートほど頭を擡げ頑丈な背中に食い込んでいるからだ。左胸の星の先が一つ折れ曲がっていた。
 大きな耳と人懐っこい眼をした男で、ゆっくり顎をむしゃむしゃ動かし、栗鼠とおなじくらい危険に見え、栗鼠ほど神経質そうではない。そのすべてが気に入った。私はカウンターにもたれて相手を見た。向こうもこちらを見てうなずき、半パイントはあろうかという噛み煙草を痰壺に吐いた。それは水の中にものが落ちる嫌な音を立てた。
 煙草に火をつけ、灰皿を探した。
「床に落とせばいい、若いの」人懐っこい大男が言った。
「パットン保安官ですか?」
「町保安官(コンスタブル)にして保安官代理(デピュティ・シェリフ)だ。この辺りで警察といえば、まず私だ。いずれにせよ近く選挙がある。生きのいいのが二人対抗馬に立ってて、今回ばかりは叩きのめされるかもしれん。月給八十ドルに小屋、薪、電気代がついてる。こんな小さな山の中じゃ結構な財産だよ」
「あなたにかなう相手など、どこにもいませんよ」私は言った。「名前を売ることになるでしょうから」
「そうかね?」彼は関心なさそうに訊いた。そして、また痰壺を汚した。
「もし、リトルフォーン湖があなたの管轄下にあるならですが」
「キングズリーのとこか? ああ、そうだ。あそこに何かあるのか、若いの?」
「湖に女の死体が浮かんでる」
 彼はしんから驚いたようだ。組んでいた手をほどいて片耳を搔いた。そして、椅子の腕木を握って立ち上がりざま、器用に椅子を後ろに蹴っ飛ばした。立ち上がると逞しい大男だった。脂肪は、ほんのご愛嬌だ。 
「私が知ってる誰かか?」彼は心配そうに尋ねた。
「ミュリエル・チェス。多分ご存じでしょう。ビル・チェスの奥さんです」
「ああ、ビル・チェスなら知ってる」声が少し硬化した。
「自殺のようだ。遠くへ行ってしまうかのようなメモを残している。だが、自殺の遺書とも考えられる。死体はとても見られたもんじゃない。長い間水に浸かってたんでね。状況から判断して、ひと月近くも」
 彼はもう一方の耳を掻いた。「どんな状況だったというんだ?」眼は今では私の顔をじろじろ見ていた。ゆっくりと落ち着いて、だが、探りを入れているのが分かる。すぐには腰を上げそうになかった。
「ひと月前に喧嘩してる。ビルは湖の北岸まで出かけて何時間も帰ってこなかった。帰ってきたときには女房はいなかった。それ以来、姿を見ていない」
「なるほど。ところで若いの、あんたは誰だ?」
「名前はマーロウ。土地を見るためにL.Aからやってきた。キングズリーからビル・チェス宛の紹介状を持っている。ビルは私を連れて湖を回り、映画の連中が建てた小さな桟橋に出た。手すりに凭れて水面を見下ろしたら、水中に沈んだ古い船着き場の床の下から腕のように見える何かが手を振るのが見えた。ビルが重い岩を落とすと、死体が上がってきた」
 パットンは筋肉ひとつ動かさずに私を見た。
「なあ、保安官、急いだほうがよくはないか? あの男はショックで半分気が狂ったようになってるし、現場に一人っきりだ」
「あそこに酒はどれくらい残ってる?」
「出てくるときはほんの僅かだった。パイント瓶を買ってきたが、話しながらほとんど飲んでしまった」
 彼はロールトップデスクに行って、抽斗の鍵を開け、瓶を三、四本取り出し、光に透かした。
「こいつはまだたっぷり入ってる」彼は一本を叩きながら言った。「マウント・ヴァーノン。これで何とかなるはずだ。郡は緊急用の酒を買う金を出してくれない。それで、あっちこっちで少しずつ押収しなきゃならん。自分では飲まん。こんなものに夢中になる連中の気持ちがさっぱりわからん」
 彼は左の尻ポケットに瓶を突っ込み、机に鍵をかけ、カウンターの天板をはね上げた。そして、ガラスドアの内側にカードを留めた。出て行きがけにカードを見ると、こうあった。「二十分で戻る――予定」
「ちょっと行って、ドク・ホリスを呼んでくる」彼は言った。「すぐに戻って来てあんたを拾う。あれはあんたの車か?」
「そうだ」
「戻ってきたら、ついて来てくれ」
 彼が乗り込んだ車には、サイレンが一個、赤いスポットライト二個、フォグランプ二灯、赤と白のファイアプレート一個、屋根に新しい防空ホーン一個、手斧三挺、太いロープのコイル二巻と後部座席に消火器一個、ランニングボードのフレームには予備のガソリンとオイルと水の缶が装備され、予備のタイヤがラックの上にロープでつながれていた。シートから詰め物がはみ出し、汚い塊になっていた。剥げかけた塗装の上には埃が半インチたまっていた。
 フロントガラスの右下隅の内側には、ブロック体の大文字で印刷された白いカードがあって、こう書かれていた。「有権者の皆さん。ジム・パットンに保安官を続けさせよう。仕事探しには年を食い過ぎてる」
 彼は車を回すと、白い土埃を巻き上げて、通りを走り去った。


【訳文】

「板張りの小屋の窓越しに」は<Behind the window of the board shack>。清水訳は「木造の小屋の窓をとおして」。無難な訳だ。田中訳は「板ばりの小屋の窓ごしに」。村上訳は「丸太でできた小屋の窓の向こうには」。<board>は「板」であって「丸太」ではない。<shack>は「掘っ立て小屋」のこと。今まで丸太小屋のことはずっと<cabin>で通してきている。どうしてわざわざ<board shack>と書いたのかといえば、キングズリー所有の小屋に比べ、一段とみすぼらしかったからに違いない。

「町保安官」と訳したところは<Town Constable>。清水訳は「町会長」になっている。田中訳では珍しくカットされている。村上訳は「町制執行官(タウン・コンスタブル)」とルビを振っている。<constable>はアメリカの場合、シェリフ、マーシャルに並ぶ「保安官」を意味する。おそらく、この地域は「町(town)」なのだろう。職名は植民地時代、英国の制度をまねて作られたが、次第に区分があいまいになった。コンスタブルは、一年任期・無給で地域住民から選ばれる法執行官を意味する。早い話が昔の名誉職の名残だ。

「マッキノー」は<mackinaw>。清水訳は「毛布」、田中訳は「厚い色格子のジャケット」、村上訳は「マッキノー・コート」。「マッキノー」は「けば立てられている重くて厚いウール生地で、通常明るい色の大きなチェック柄をしている。ハンター、漁師、きこりなどの防寒具として利用される」と辞書にある。村上氏は「マッキノー・コート」としているが、私の知っている「マッキノー」は、田中氏も書いている通り、ジャケットの方。

「使い古された吸取器」は<exhausted blotter>。チャンドラーは、この「ブロッター」がよほどお気に入りらしく、どの小説でもオフィスの机を描写するとこれが出てくる。今の人は知らないだろうけど、半月形をした厚手の板の丸くなった部分に吸い取り紙をはめる仕掛けになっていて、それで余計なインクを吸い取る仕組み。清水訳は「インクのしみ(傍点二字)だらけの吸い取り紙」。田中訳は「きたない吸取紙」。村上訳はいつものように「くたびれた下敷き」説。村上氏にはこだわりがあるようで、必ずと言っていいほどこの「下敷き」説を採用する。デスク・パッドのことだと思うのだが、この保安官事務所には、あまり似つかわしくない気がする。

「両足の爪先から踵まで、スキーのように床板をしっかり踏みつけている」は<legs were anchored to flat boards, fore and aft, like skis>。清水訳は「両足をスキーを穿いたように扁平の板に乗せて、しっかり踏んまえていた」。村上訳は「床板にべったりと両足を下ろしていた。まるでスキー板でも履いているみたいに、足の裏全面をべたりと床につけている」。<fore and aft>は「船首から船尾まで」の意味で、その前の<anchored>(投錨する)を受けているのだろう。田中訳は「まるでスキーみたいに、床の上に前とうしろに足を投げだしている」だが、前後に足を投げだすというのは難しすぎる。

「器用に椅子を後ろに蹴っ飛ばした」は<deftly kicking it back from under him>。清水訳は「けたたましい音を立てて椅子をうしろに蹴った」。田中訳は「ほうりなげるように椅子をうしろにひいた」。村上訳は「素早く足で蹴って後ろにやった」。<deftly>は「器用に、巧みに、手際よく」という意味だ。村上訳は分かるが、あとの二人の訳は、どうしてこうなるのかが分からない。

「脂肪は、ほんのご愛嬌だ」は<The fat was just cheerfulness>。清水訳は「ふとっているのでおだやかなムードがただよっていただけだった」。田中訳は「人相がわるくならない程度に、脂肪がついているだけだ」。村上訳は「脂肪は味付け程度についているだけだ」。たったの五語でピシっと決めている。この簡潔さを訳に生かしたい。<cheerfulness>は「陽気、快活」。これを「愛嬌」で受け、<just>を「ほんの」と訳してみた。

「カウンターの天板をはね上げた」は<lifted the flap in the counter>。カウンターの内側に入るため、端の方の天板は跳ね上げ式になっている。ところが、清水訳では「カウンターの上の大きなカードをとり上げて」になっている。次のドアにはめたカードと取り違えたのだ。田中訳は「カウンターの仕切りをあけた」。村上訳は「カウンターのフラップを持ち上げた」。

「剥げかけた塗装の上には埃が半インチたまっていた」は<half an inch of dust over what was left of the paint>。清水訳は「剥げ上がったペンキの上に埃が半インチたまっていた」。田中訳は「ボディのはげちょろけのペンキの上には、半インチもほこりがたまっている」。村上訳は「まだ残っているペイントの上には一センチ以上の埃がたまっていた」。車の塗装を、普通はペンキとは呼ばないのではないだろうか。

有権者の皆さん。ジム・パットンに保安官を続けさせよう。仕事探しには年を食い過ぎてる」は<VOTERS, ATTENTION! KEEP JIM PATTON CONSTABLE. HE IS TOO OLD TO GO TO WORK>。清水訳は「有権者諸君に告ぐ! ジム・パットンを警官職にとどめよ。他の仕事を見つけるには年をとりすぎてる」。田中訳は「有権者の皆さん! ジム・パットンに副保安官をつづけさせてください。ほかの仕事をするのには、もう年をとりすぎているから……」。村上訳は「有権者の皆さん! ジム・パットンを執行官に再任してください。彼は新しく仕事を探すには歳を取りすぎています」。微妙に感じが違うのがおかしい。

『湖中の女を訳す』第六章(3)

<green stone>はただの「緑色の石」ではなく、「翡翠」の一種


【訳文】

 すぐ横で激しい動きがあり、ビル・チェスが言った。「あれを見ろ!」山で聞く雷鳴のようなうなり声だ。
 硬い指が腹が立つほど私の腕に食い込んだ。彼は手すりから大きく身を乗り出し、呆けたように下を見つめていた。日に灼けた顔が真っ青になっていた。私も一緒に水中の足場の端を見下ろした。
 心なしか、水没した緑色の割板の端あたりで、暗闇に何かがゆらゆら揺らめくようで、それは一度は動きを止めたものの、また揺れながら床の下に戻っていった。
 その何かは、人間の腕に似過ぎていた。
 ビル・チェスは体を硬直させた。音も立てずに振り返り、重い足取りで桟橋を戻っていった。そして、ばらばらに積まれた石の山の上に屈み込んだ。息を喘がせるのが聞こえた。大きな石を胸のところまで持ち上げ、桟橋まで戻り始めた。百ポンドはありそうだ。ぴんと張った褐色の皮膚の下で、首の筋肉が帆布の下のロープのように浮き出た。固く食いしばった歯の間からシューシュー息が洩れた。
 桟橋の端までくると足場を固め、高々と石を持ち上げた。しばらくの間じっと掲げたまま、下を目測していた。何やら苦し気な声を上げ、体を前に傾け、激しく体をぶつけて手すりを揺らし、重い石は水面を打ち割って中に沈んだ。
 水しぶきが二人の頭上を越えて飛んだ。岩はまっすぐに落ちて、水没した板張りの端に命中した。何かが揺れて出入りするのを見たのと同じところだ。
 しばらくの間、水は混乱して沸き立ち、やがて波紋は遠くに広がっていき、真ん中の泡立ちもだんだん小さくなった。水中で木が折れるような鈍い音がした。それは、聞こえるはずの音が、ずっと後になって届いたような音だった。年古りて腐った厚板が突然水面に浮かび上がり、ぎざぎざになった端が一フィートばかり水上に突き出て、ぴしゃりと水面を打って倒れ、どこかへ流れていった。
 また底の方が見通せるようになった。何かが動いたが、板ではなかった。それは、たいそうくたびれて、もうどうにでもしてくれと言いたげに、ゆっくりと浮かび上がってきた。長く黒くねじれた何かが、しどけなく回転しながら水の中を浮かび上がってくる。それは、何気なく、そっと、特に急ぐふうもなく水面に浮び上った。水浸しで黝ずんだウール、インクよりも黒い革の胴着、スラックスだった。靴とスラックスの裾の間に醜く膨れ上がった何かが見えた。ダークブロンドの髪が水の中で真っ直ぐに広がり、効果を狙いすますかのように少しの間静止し、やがて再び絡み合うように渦巻くのを見た。
 それは、もう一回転して、片腕がわずかに水の上に出た。腕の先は奇形の手のように膨らんでいた。それから顔が見えた。どろどろに膨れ上がった灰白色の塊は造作を欠いていた。眼も口もない。灰色のパン生地のしみ、人の髪の毛のついた悪夢だ。
 重そうな翡翠のネックレスがかつて首だったところに半ば埋もれ、きらきら光る何かが大きな粗い緑の石を繋いでいた。
 手すりを握るビル・チェスの拳は血の気が失せ、磨かれた骨のようだった。
「ミュリエル!」彼はしゃがれ声を出した。「なんてことだ。ミュリエルだ」
 声は、遥か彼方、丘の上、木々の生い茂る静かな茂みから聞こえてくるようだった。

【解説】

「硬い指が腹が立つほど私の腕に食い込んだ」は<His hard fingers dug into the flesh of my arm until I started to get mad>。清水訳は「彼のこわばった指が私の腕を痛くなるほどつかんだ」。村上訳は「硬い指が私の腕に、いいようのない強さでぐい(傍点二字)と食い込んだ」。田中訳は「そして、そのがつちりした指が、おれの腕の肉にくいこんだ。あまりはげしくつかむので、おれは気分をこわしたほどだ」と、最も原文に忠実だ。

「心なしか、水没した緑色の割板の端あたりで、暗闇に何かがゆらゆら揺らめくようで、それは一度は動きを止めたものの、また揺れながら床の下に戻っていった」は<Languidly at the edge of this green and sunken shelf of wood something waved out from the darkness, hesitated, waved back again out of sight under the flooring>。清水訳は「その水中の緑色の床(ゆか)の端に暗い水の底からゆるやかに浮かび上がり、また床の下に消えていっているものがあった」。

田中訳は「うすぐらい水中の、みどりがかつたセットの水中の部分のふちから、なにかが、ゆらゆら、ただよいでて、また板のうしろにひっこんでいる」。村上訳は「ぼんやりとではあるが、水底に沈んだその緑色の板材の端のところで、暗闇の中から何かが突き出され、揺れているのが見えた。それは戸惑い、手招きするように揺れながら、床板の下にまた引っ込んで見えなくなった」。

<wave>には「手を振る」という意味があり、それを使えばよく分かるのだが、その次にある<The something had looked far too much like a human arm>を先取りすることになるので、訳者はやむを得ず、こういうあいまいな言い方を採用しているのだ。<hasitate>には「一時的に動作を止める」という意味がある。「戸惑い」と訳してしまうと「何か」が擬人化されることになり、せっかくぼかして置いた効果が消えてしまう。村上氏は「手招き」も使っているので、承知の上で使ったのだろう。

「腕の先は奇形の手のように膨らんでいた」は<the arm ended in a bloated hand that was the hand of a freak>。清水訳は「その腕の先の手は醜くふくれ上がって、怪物の手だった」。田中訳は「水でふやけた指さきがあらわれた。なにか、いたずらつぽい手だ」。村上訳は「腕の先は膨張した手になっていた。まるで作り損ないの手のようだ」。<freak>は「(動植物の)奇形、変種」のことだが、辞書には「造化のいたずら」といった表現もあるので、田中、村上両氏のような訳になるのだろう。「奇形」という表現は直截過ぎると思われるのだろうか。

「灰色のパン生地のしみ、人の髪の毛のついた悪夢だ」は<A blotch of gray dough, a nightmare with human hair on it>。清水訳は「ただ灰色のかたまりであった。灰色の粘土をかためて、人間の髪の毛を植えたのとおなじであった」。田中訳は「灰色がかった白い肉塊だ。できものがつぶれたようなグレイのかたまり。悪夢にあらわれる、髪だけあるノッペラボーの顔……」。村上訳は「灰色のぐにゃぐにゃしたこねもの(傍点四字)、人の髪がついた悪夢だ」。

< blotch>には「しみ、できもの」の二つの意味がある。<without eyes, without mouth>と、直前にあるから、この< blotch>は、両眼と口の痕跡を意味しているものと思われる。<dough>は「こね粉、パン生地」のこと。家庭でパンを焼くようになった今とは違って、当時は焼かれる前のパン生地を目にする機会がなかったので、清水、田中両氏のように訳に工夫が要ったのだろう。

「重そうな翡翠のネックレスがかつて首だったところに半ば埋もれ」は<A heavy necklace of green stone showed on what had been a neck, half imbedded>。清水訳は「大きな緑色の宝石の頸飾りが頸であったところになかば埋もれて見えていた」までで、その後はカットしている。田中訳は「もとは首だつたらしいところに、グリーンのいやにごついネックレースがぶらさがっている。みどり色の、大きな、ラフな感じの石は、半分首にはめこんだようになつていて」。村上訳は「かつては首であったところに、緑色の石がついた重そうなネックレスが、半ば食い込むようにかかっていた」。

<green stone>は「緑色岩、グリーンストーン」のことで、翡翠の一種。翡翠にはネフライト(軟玉)とジェダイト(硬玉)の二種類があって、ニュージーランド産のはネフライトマオリの人々が護符として用いているのをヨーロッパから来た開拓者が目に留め、それがジェイド(翡翠)だと気づかず「グリーンストーン」と呼んだのが初めといわれている。

『湖中の女を訳す』第六章(2)

flat angle>は「鈍角」でも「浅い角度」でもない

【訳文】

 

 我々はまた、小犬のように仲よく並んで歩き出した。少なくとも五十ヤードくらいの間。かろうじて車が通れるほどの道幅の道路が、湖面に迫り出すようにして、高い岩の間を抜けていた。最遠端から半分ほどのところに、別の小さな小屋が岩の基礎の上に建っていた。三つ目の小屋は湖畔からかなり離れた平地のようなところに建っていた。両方とも閉じられていて、ずっと空き家のようだった。
 一、二分後、ビル・チェスが言った。「あの尻軽女が逃げ出したというのは本当か?」
「そのようだ」
「あんたは本物の刑事なのか、それともただの探偵か?」
「ただの探偵さ」
「あの女には誰か連れがいたのか?」
「私はそうだと睨んでいる」
「そうにちがいない。キングズリーも察しがつくはずだ。友だちが大勢いたからな」
「ここにやってきたのか?」
 彼は答えなかった。
「そのうちの一人はレイヴァリーと言わなかったか?」
「知らないな」彼は言った。
「隠すようなことじゃない」私は言った。
「彼女はメキシコから電報を打っている。レイヴァリーとエルパソに行くと」私はポケットから電報を取り出して彼に渡した。彼は手探りでシャツのポケットから眼鏡を取り出し、立ちどまってそれを読んだ。彼は電報を返し、眼鏡をしまって、青い湖を眺めた。
「あんたは隠し事を漏らしてくれた。これはこちらの内輪話さ」
「レイヴァリーはここに来たことがある」彼はゆっくり言った。
「あいつは二か月前彼女に会ったことを認めてる。多分ここだ。それからは会っていないと言っている。その言い分を信じるべきかどうかは分からない。信じるべき理由も、信じるべきでない理由もない」
「今はそいつと一緒じゃないんだな?」
「そう言っている」
「結婚のような細かなことで大騒ぎするような女じゃない」彼は真面目くさって言った。「フロリダへのハネムーンの方が性に合ってるだろう」
「けど、あんたははっきりしたことは聞いていない。どこに行くとか、確かなことは何も聞かなかったというんだな?」
「そうだ」彼は言った。「もし知ってても、俺が漏らすかどうか疑わしいな。俺は腐っちゃいるが、そこまで腐っちゃいない」
「おつきあいに感謝する」
「あんたに借りはない」彼は言った。「あんたも他の詮索好きも勝手にすりゃいいんだ」
「また、はじめる気か」私は言った。
 湖の端まで来ていた。私は彼をそこに残し、小さな桟橋に向かった。桟橋の端にある木の手すりにもたれた。バンド用のパビリオンのように見えたものは、ダムに正対するように立つ二枚の壁でしかなかった。壁の上に二フィートほどの庇が笠木のように突き出していた。ビル・チェスが後ろにやってきて、並んで手すりに凭れた。
「とはいえ、酒の礼を忘れているわけじゃない」彼は言った。
「ああ。湖に魚はいるのか?」
「こすっからい古手の鱒がいる。新入りはいない。俺はあまり釣りが好きじゃない。魚なんてどうでもいいのさ。またきつくあたって悪かった」
 私はにやりと笑って、手すりごしに深く淀んだ水を見下ろした。覗き込むと緑色をしていた。下で渦巻きのような動きがあり、水の中で緑がかったものが素早く動いた。
「あれが爺様だ」ビル・チェスは言った。「あの大きさを見てみろよ。あんなに太っちまって、ちっとは恥ってものを知るべきだ」.
 水の下に水中の床のようなものがあった。その意味が分からないので聞いてみた。
「ダムができる前の船着き場さ。今では水位が上がって、古い船着き場は六フィートの水の底だ」
 平底船がすり切れたロープで桟橋の杭に繋がれていた。船はほとんど動くことなく水の上に身を横たえていたが、微かに揺れていた。空気は静かで穏やかで陽光に溢れ、街なかでは味わえない静謐さに充ちていた。ドレイス・キングズリーと彼の妻、そのボーイフレンドのことなんか忘れて何時間でもそこにいることができただろう。

【解説】

「あんたは隠し事を漏らしてくれた。これはこちらの内輪話さ」は<That's a little confidence for you to hold against some of what you gave me>。マーロウは自分も内部情報を漏らすことで、相手との間に信頼関係を築こうとしたんだろう。清水氏はここをカットしている。田中訳は「きみからきいたことはだまってるから、これも、ひとには言わんでくれ」。村上訳は「そちらが秘密を打ち明けてくれたからこそ、わたしもこうやって信頼して内輪話をしているんだ」。

「あんたも他の詮索好きも勝手にすりゃいいんだ」は<The hell with you and every other God damn snooper>。<The hell with you>はビル・チェスの口癖のようだ。清水訳は「あんただろうが誰だろうが、探偵(いぬ)のつら(傍点二字)は見たくないんだ」。田中訳は「あんたなんかどうなろうと、おれはしっちゃいないよ。ひとのことに鼻をつっこんで飯をくつてるやつなんかはね」。村上訳は「私立探偵なんて、どいつもこいつもまったく反吐(へど)が出るぜ」。

「バンド用のパビリオンのように見えたものは、ダムに正対するように立つ二枚の壁でしかなかった」は<had looked like a band pavilion was nothing but two pieces of propped up wall meeting at a flat angle towards the dam>。<a flat angle>をどう訳しているかだが、清水訳は「音楽堂のように見えたのは二つの壁がダムに水平の角度でできていただけだった」。「水平の角度」というのがよく分からない。

田中訳は「遠くからながめるとバンドのステージに見えないこともなかったが、近よってしらべると、ただ、水面にでた二つの板壁が、ダムの方にむかって鈍角にうちつけてあるだけで」。村上訳は「バンド用ステージのように見えるものを眺めた。それは二枚の大道具の壁面を、ダムに向けて浅い角度で合わせたものに過ぎなかった」。両氏とも「鈍角」、「浅い角度」と訳しているが、<flat angle>は「平角(180度)」であって、二直角より小さい角度を表しはしない。

『湖中の女を訳す』第六章(1)

<brighten up>は「~を明るくする」から「機嫌を直す、元気づける」

【訳文】

我々は湖岸へと続く斜面を下り、狭い堰堤の上に出た。ビル・チェスは、鉄の支柱に取り付けられた手すりのロープをつかみながら、強張った足を振るようにして私の前を歩いた。ひとところで水がゆっくり渦を巻いてコンクリートの上を越えていた。
「朝になったら、水車から少し水を落とすことにしよう」彼は肩越しに言った。「あれはそれくらいの役にしか立たない。どこかの映画の撮影班が三年前に建てて、ここで映画を撮ったんだ。反対側の端にあるあの小さな桟橋も連中の仕事の一部だよ。ほとんど壊して持ち去ったんだが、あの桟橋と水車はキングズリーが残させた。風景に色を添えるとかで」
 私は彼の後についてキングズリーの小屋のポーチに通じる、がっしりした木の階段を上がった。彼がドアの鍵を開け、我々はしんとして暖かな室内に入った。閉め切った部屋は暑いくらいだ。ブラインドの羽板を洩れる光が床に狭い横縞を描いていた。居間は細長く、居心地がよさそうで、インディアン風の敷物が敷かれていた。詰め物を入れ、継ぎ目を金具で留めた山小屋風の椅子、更紗のカーテン、堅木張りの白木の床、たくさんのランプ、部屋の一隅に円いストゥールを並べた小さな作りつけのバーがある。部屋はこざっぱりしていて、住人が急に出て行ったようには見えなかった。
 我々は寝室に入った。二つある寝室のうち、ひとつはトゥィン・ベッド、もうひとつはダブル・ベッドで、クリーム色の掛布には暗紫色の毛糸で模様が縫いつけてあった。これが主寝室だ、とビル・チェスが言った。ニスを塗った木のドレッサーの上には、翡翠色の琺瑯細工とステンレス・スティール製の化粧道具と付属品、化粧品の雑多な取り合わせがひと揃え置かれていた。一組のコールド・クリームの瓶にはギラ―レン社の波打つ黄金のブランドが冠されていた。部屋の片側全面がスライディング・ドアのついたクローゼットになっていた。私はドアを開け、中を覗いた。中はリゾート向きの婦人服でいっぱいのようだった。ビル・チェスは、私がそれらを詮索している間、苦々しげに私を見ていた。私はドアを閉め、下の奥行きのある靴用の抽斗を開けた。新品同様の靴が少なくとも半ダースは揃っている。私は抽斗を閉めて、立ち上がった。
 ビル・チェスが、顎を突き出し、固く握った両の拳を腰にあてて私の前に立ちはだかった。「何のために、夫人の服が見たかったのかね?」彼は怒気を孕んだ声で尋ねた。
「理由はいくつもある」私は言った。「たとえば、ミセス・キングズリーはここを出た切り家に帰っていない。夫はそれから彼女に会っていない。居所さえ分からないんだ」
 彼は両拳を下ろし、脇でゆっくり捻った。「探偵なんだな」彼はうなった。「いつだって第一印象が正しいんだ。俺は自分でそう言ってたのに。膝を抱えて泣く女みたいに、何もかもあんたに打ち明けちまった。やれやれ、俺は何てとんまな男なんだ」
「信用を大事にすることにかけては、私は誰にも負けない」私は言った。そして彼の横を通ってキッチンに入った。
 緑と白の大きなコンビネーション・レンジ、ラッカーを塗った松材のシンク、サービス・ポーチには自動給湯器があった。キッチンの反対側は気持ちのいい朝食室に通じていて、多くの窓と高価なプラスチックの朝食セットがあった。棚には色とりどりの皿やグラス、白目の盛り皿のセットが賑やかに並んでいた。
 すべてが整然としていた。流し台に汚れたカップや皿はなく、使った痕跡のあるグラスや酒の空き瓶も転がっていなかった。蟻も蠅もいない。どんなにふしだらな暮らしぶりだったにせよ、ミセス・ ドレイス・キングズリーはいつものグリニッチ・ビレッジめいた汚れを残すことなくなんとかやってのけていた。
 居間に戻り、また正面のポーチに出てビル・チェスが鍵をかけるのを待った。鍵をかけ終え、しかめっ面をして私を見たときこう言った。
「私はあんたに、思いのたけを吐き出してくれと頼みはしなかった。しかし、あんたがそうするのを止めようともしなかった。夫人があんたに言い寄ったことを キングズリーは知らなくていい。これ以上に裏に何かあるのでなければね」
「勝手にしろ」彼は言った。まだしかめっ面はそのままだった。
「ああ、勝手にするさ。奥さんとキングズリーの奥さんが一緒に出て行った可能性はないのか?」
「それはない」彼は言った。
「あんたが憂さ晴らしに出かけた後、二人が喧嘩し、それから仲直りして互いの首にかじりついて涙を流したってことはないだろうか。それから、ミセス・キングズリーが奥さんを連れて山を下りた。何かに乗らなきゃ山を下れないだろう?」
 馬鹿げた話だが、彼は真剣に受けとめた。
「いや。ミュリエルは人にすがって泣いたりしない。ミュリエルに涙はそぐわない。万が一泣きたくなったとしても、あの尻軽女の肩を借りたりはしないだろう。乗り物なら、あいつには自分のフォードがあった。俺のは曲がらない足で運転できるように改造してあって、運転が難しいんだ」
「ちょっと思いついたまでさ」私は言った。
「また似たようなことを思いついても、そのままにしておくことだ」彼は言った。
「赤の他人の前で、何でも吐き出してしまう男にしちゃ、やけに神経質だな」私は言った。
 彼は私の方に一歩踏み出した。「喧嘩を売ろうってのか?」
「なあ」私は言った。「あんたは、根はいい男だと思おうとしているんだ。ちょっとはそっちも手を貸してくれないか?」
 彼は少しの間、息を荒げていたが、救いようがないとでも言いたげに、両手を下ろして広げてみせた。
「機嫌を直すには遅すぎるかもしれんが」彼は溜め息をついた。「湖を回って帰る気はあるか?」
「いいね、あんたの足に負担がかからないなら」
「今まで何度もやってきていることさ」

【解説】

「強張った足を振るようにして私の前を歩いた」は<swung his stiff leg in front of me>。清水訳は「固くなった脚を私の目の前で振り動かした」。田中訳は「わるい足をまわすようにして、おれの前をすすんでゆく」。村上訳だけが「義足を振るようにして私の前を歩いた」と<stiff leg>を「義足」と訳している。<stiff>は「曲がらない、硬い」の意味。「義足」と決めつけるのはどうだろうか。

「朝になったら、水車から少し水を落とすことにしよう」は<I'll let some out through the wheel in the morning>。清水訳は「朝になるといつも水車に水を流してやるんです」。村上訳は「朝のうちに水車のところから、少し水を落としておこう」。その前の水が堰堤を越えて溢れていたことについての言及だ。田中訳は「明日の朝は、どうしてもあのボロ水車をぶっこわしてやろう」と物騒なことを言っている。自在な訳が小実昌訳の特徴だが、さすがにこれはやり過ぎだ。雇い主が気に入っているものを使用人が壊すことなどできはしない。

「ニスを塗った木のドレッサー」は<a dresser of varnished wood>。清水訳は「ワニスをかけた木製の化粧テーブル」。田中訳は「ニスでみがいた木のタンス」。ところが、村上訳だけが「艶消し木材でできたドレッサー」となっている。<varnish>は「ワニス(ニス)」。動詞の場合は「ワニスを塗る、磨く、艶を出す」の意味で、「艶消し」では逆の意味になってしまう。勘違いしたのだろうか。

翡翠色の琺瑯細工とステンレス・スティール製の化粧道具と付属品、化粧品の雑多な取り合わせがひと揃え置かれていた」は<there were toilet articles and accessories in jade green enamel and stainless steel, and an assortment of cosmetic oddments>。前半部分の解釈が訳者によって異なっている。<oddments>とは「残り物、半端物」の意。<assortment of ~>は「~の取り合わせ、盛り合わせ」。

清水訳は「琥珀(こはく)グリーンのエナメルとステンレス・スチールの洗面道具のかずかず(傍点四字)とさまざまの化粧品がおかれてあった」。清水氏はこの<in>を「(道具、材料、表現様式を表す)~で作った」の意味と解している。そのうえで<accessories>を「付属品」と読んで「(洗面道具)のかずかず」と訳したのだろう。

田中訳は「グリーンがかった硬玉色のエナメルをぬった容器やステンレスのケースにはいった洗面道具、そのほかこまごましたものがあり、また、化粧道具もみえた」。氏は「(場所を表す)~の中に」と解して、「容器や(ステンレスの)ケース」を訳の中につけ加えたのだろう。<accessories>は、やはり「そのほかこまごましたもの」の中に含まれていると考えられる。

村上訳は「化粧道具やアクセサリーが置かれていた。アクセサリーは翡翠色(ひすいいろ)のエナメルとステンレス・スティールでできていた。そして様々な化粧品が並んでいた」と両氏とは異なり、<accessories>を文字通り「アクセサリー(装身具)」と解釈したうえで「アクセサリーは翡翠色(ひすいいろ)のエナメルとステンレス・スティールでできていた」と<in jade green enamel and stainless steel>を「アクセサリー」だけにかかるものという解釈だ。

ただ、社長夫人のアクセサリーが「エナメルとステンレス・スティールでできてい」るというのは、いささか突飛過ぎないか。村上氏は、いったいどんなアクセサリーを想像していたのだろう。まさかネックレスにステンレス・スティールを使うはずもないし、イヤリングだと考えるとモダンすぎる。これが化粧道具なら、ステンレス・スティール製の物もありそうだし、エナメル加工された物もあるだろう。また、田中氏のように容器と考えるなら、琺瑯引きやステンレスのトレイはいかにもありそうだ。しかし、容器に入っていたなら、マーロウなら、そのことを一言添えるはずだ。

「膝を抱えて泣く女みたいに、何もかもあんたに打ち明けちまった」は<Boy, did I open up to you. Nellie with her hair in her lap>。<Nellie>の再登場だ。清水訳は「うっかり何もかもしゃべっちまった。へまなことをやったもんだ」と、二つ目の文は作文している。田中訳も「おれは、ペラペラ、くだらないことまでしゃべって――。なにもかも、こっちからもうしあげてしまった。ウィスキーをくれて、話をきいてくれるご親切なお方だとおもったら、こんなことだ」。これは、それだけでは意味が分からない文を解きほぐしているのだろう。村上訳は「なのにおれは秘密をそっくり打ち明けちまった」と後半はカットしている。

「ラッカーを塗った松材のシンク」は<a sink of lacquered yellow pine>。清水訳は「黄いろいラッカーを塗った松材の流し台」。田中訳は「松色のラッカーをぬった流し」。村上訳は「シンクはラッカーを塗られた黄色松材でできていた」。<yellow pine>は、「北米産の松の総称」。堅く黄色がかった木質なのでそう呼ばれる。黄色いラッカーを塗ってしまったら、松かどうかなんて分からないだろうに。「松色」というのもかなり怪しい。「イエローパイン」材はソフトな色調からカントリー調の家具に用いられることが多い。ここで塗られているのはもちろん透明なクリアラッカーである。

「勝手にしろ」は<The hell with you>。「勝手にするさ」は<the hell with me>。清水訳は「何をいいやがる」。「べつに何もいっていない」。田中訳は「あんたなんかに用はない」。「おれに用はないかもしれん」。村上訳は「糞野郎め」。「私はたしかに糞野郎だ」。<The hell with ~>は「どうなっても構わない、まっぴらだ、うんざりだ」という気持ちを表すイディオムだ。「これ以上~と一緒にい(し)たくない」という意味で、単なる罵り言葉ではない。

「機嫌を直すには遅すぎるかもしれんが」は<Boy, can I brighten up anybody's afternoon>。清水訳は「俺が誰かの役に立つなんてことがあるのかね」。田中訳は「なんだって、おれは、ひとにくってかかってばかりいるんだろう」。村上訳は「まったくもう、おれのやることなすことすべてとんちんかん(傍点六字)だな」。<brighten up>は「~を明るくする」から「機嫌を直す、元気づける」という意味になる。<brighten up someone's day>は「(人の)一日を明るくする」という意味で使われるイディオムだ。マーロウがやってきたのが午後だったから、<day>のところを<afternoon>と洒落たのだろう。