2018-04-01から1ヶ月間の記事一覧
《我々はラス・オリンダスを離れ、潮騒が聞こえる砂上の掘っ立て小屋みたいな家や、それより大きな家々が背後にある斜面を背に建ち並ぶ、湿っぽい海沿いの小さな町を走り抜けた。ところどころに黄色く光る窓が見えたが、大半の家は灯が消えていた。海からや…
老人施設の調査研究を仕事にするフランチェスカ、とその息子で今はカナリア諸島に滞在中のクリストファーという二人の人物を軸にして、二人をめぐる家族、友人、知人が多彩に出入り、交錯する。短い章ごとに視点人物が入れ替わり、それぞれの視点で語られる…
《彼女は私の腕につかまって震えはじめた。車に着くまでずっとしがみついていた。車に着くころには彼女の震えはとまっていた。私は建物の裏側の樹間を抜けるカーブの続く道を運転した。道はドゥ・カザン大通りに面していた。ラス・オリンダスの中心街だ。パ…
ジョン・フォード監督に『シャイアン』という映画がある。いつもの白人の視点ではなく、不毛な居留地に閉じ込められたインディアン側に寄り添った一味違う西部劇だ。約束を守らない白人に業を煮やしたシャイアンの部族全員が故郷に帰る決断をする。苦労を重…
一九二四年のマザリング・サンデー、三月三十日は六月のような陽気だった。マザリング・サンデー(母を訪う日曜)は、日本でいう藪入り。この日、住み込みの奉公人は実家に帰ることを許される。そのために雇い主の家では昼食をどこかでとることが必要となる…
《「お見事な手並みね、マーロウ。今は私のボディガードなの?」彼女の声にはとげとげしい響きがあった。 「そのようだ。ほら、バッグだ」 彼女は受け取った。私は言った。「車はあるのかな?」 彼女は笑った。「男と一緒に来たの。あなたはここで何をしてた…
《軽やかな足音、女の足音が見えない小径をやってくると、私の前にいた男が霧によりかかるように前に出た。女は見えなかったが、やがてぼんやりと見えてきた。尊大に構えた頭に見覚えがあった。男が素早く行動に出た。二つの影が霧の中で混ぜ合わされ、霧の…
《エディ・マーズはかすかに微笑み、それから頷いて胸の内ポケットに手を伸ばした。隅を金で飾った仔海豹の鞣革製の大きな財布を抜き出し、無造作にクルピエのテーブルに投げた。「かっきり千ドル単位で賭けを受けろ」彼は言った。「ご異存がなければ、今回…
武田泰淳の『貴族と階段』、松本清張の『点と線』を足して二で割ったような小説。二・二六事件前夜の緊迫した政治的状況を背景に、伯爵家の令嬢が友人の死の謎を解く、ミステリ仕立ての一篇である。特筆すべき点は、元ネタとして、上に記した二作品をフルに…
《人ごみが二つに分かれ、夜会服を着た二人の男がそれを押し分けたので、彼女のうなじと剥き出しの肩が見えた。鈍いグリーンのヴェルベット地のローカット・ドレスはこういう場にはドレッシー過ぎるように見えた。人込みが再び閉じ、黒い頭しか見えなくなっ…
愛煙家必読の書。今どきこれだけ煙草を吸うシーンが描かれる小説は世界中どこを探してもないだろう。出てくる男も女もひっきりなしに煙草を吸っている。禁煙になっていてもだ。まあ、自分は吸わないが、最近の煙草に対する世間の冷たさには首をかしげたくな…