marginalia

読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

2012-01-01から1年間の記事一覧

『哲学の起源』柄谷行人

社会構成体の歴史を見るとき、マルクスの所謂「生産様式」から見ていく見方では理解することが難しかった近代以前の社会や宗教、ネーションといった上部構造とのつながりが、同じく経済的土台である「交換様式」という観点から見ればよく分かるのではないか…

『火山のふもとで』 松家仁之

これがデビュー作というから畏れ入る。編集者という経歴のなせるわざか、よく彫琢された上質の文章で綴られたきわめて完成度の高い長編小説である。 1982年、大学卒業を目前にした「ぼく」は、村井建築設計事務所に入所がきまる。所長の村井俊輔は戦前フラン…

『2666』ロベルト・ポラーニョ

A5版二段組855ページというボリュームを持つ超巨編。かなり無理して要約すれば、ベンノ・フォン・アルティンボルディという小説家をめぐる物語といえよう。作家は亡くなる前に全五章に及ぶ長編の一章を一巻とした全五巻の形で刊行するよう家族に言い残したと…

紅葉

日課になっている散歩の途中、博物館に向かうゆるやかな傾斜を見せるアプローチの右手に。

『はまむぎ』レーモン・クノー

『はまむぎ』は奇妙な小説である。書いたのはレーモン・クノー。バスの中で見かけた男についての些細な出来事を書いたメモ風の文章を99種の文体で書き換えて見せるという軽業めいた『文体練習』という作品の作者である。そのクノーの、これが処女作というの…

芭蕉の湯

寒い日だった。布団の中でシャッターが風にあおられて立てる音に耳を澄ましていた。こんな日には温かい温泉に首まで浸かっていたい。これだけ寒くなると、紅葉もきっと見頃だろうと思い、伊賀への道を走ることにした。行き先は芭蕉の湯。ホテルに隣接して建…

『コルヴォーを探して』

『ハドリアヌス七世』というあまり世に知られることのない、しかし才気溢れる小説の著者であるコルヴォー男爵ことフレデリック・ウィリアム・ロルフという作家についての評伝である。 話は一九二五年の夏に始まる。シモンズは文学好きで稀覯書専門の本屋でも…

公孫樹並木

退職して、運動不足が気になりだしたので、夏の間は日没前、秋からは昼食前に一時間ほど、ほぼ毎日決まったコースを歩いている。そうなると定点観測のようなもので、近頃では紅葉の色づき具合が観察対象になっている。 家の前の旧街道は、バス一台がやっとと…

霧生温泉 香楽の湯

霧生温泉という温泉があることは新聞社がくれた全国地図で見て知っていた。調べてみると近郊にあるリゾート地として知られる、メナード青山ホテル内にある温泉施設のようで、少々敷居が高そうに思え、今まで訪れたことはなかった。 ところが、先月はパスした…

ヘッドランプ・ウォッシャー始末

何日たっても、駐車場に落ちた水の流れた跡が消えない。いちばん先頭は水の表面張力で盛り上がって見えている。やはり、これは水漏れだろうと考えた。 先日ウィンドウ・ウォッシャーを動かしたが、液が出ずワイパーだけが空で動いた。気になってボンネットを…

ヘッドランプ・ウォッシャー

車検から帰ってきて一日たった。駐車場に油染みた汚れが三ヶ所広がっているのに気づいた。左前輪前とバンパーの前、そしてそのやや左後方。 ホースで水をかけると気泡が消えず、やはりオイル系の染みだと分かる。 車検をしてくれた工場に電話すると、一度見…

『横しぐれ』丸谷才一

「わたし」は、中世和歌や連歌を専門とする国文学研究室の助手。父の通夜の席で、父の友人であった国文学の黒川先生に思い出話を聞く。実は、戦争が激しくなるちょっと前、黒川先生は父と連れ立って郷里の松山を訪れたことがある。そのとき、道後温泉近くの…

『笹まくら』丸谷才一

プロ野球の監督が選手にくらわすビンタに旧軍の悪弊を見て嫌悪の情をもらす骨がらみの軍隊嫌いである丸谷の根っこがあらわに出た代表作の一つ。 「オリンピック道路」という言葉が文中にあるから舞台は1964年ごろの東京。「文学部の全学生に神道概論が必須科…

『女ざかり』丸谷才一

丸谷才一が亡くなった。ジェイムズ・ジョイスの訳者として、博識を洒落のめしたスタイルで軽妙に綴った数々のエッセイの書き手として、また日本における書評文化の担い手として、そして何より、『女ざかり』その他の長編小説の作者として八面六臂の活躍ぶり…

『螺旋』サンティアーゴ・パハーレス

マドリッドにある出版社の編集者ダヴィッドは、社長から一つの依頼を受ける。それは、ある人気作家を探し当て次回作の原稿をとってくることだった。ただ、そこには問題があった。その作家トマス・マウドは、原稿を郵便で送りつけてくるだけで、誰も顔を見た…

図書館から歩いて帰る

昼食は、富山の名物、「ますのすし」。近所のスーパーで駅弁のセールがある、と新聞の折り込みチラシにあった。「ますのすし」は人気商品なので、すぐに売り切れる。昼前にいったが、最後の二つだった。酢飯の上に鱒を敷き並べ、笹の葉でくるんだものを木桶…

本屋

実家に用があって出かける妻の車に乗せてもらい河崎まで送ってもらった。 用事が終わり、河崎の町をぶらぶらと歩いて帰る。 古本屋があるのだが、あいにく店は閉まっていた。そのまま古い町並みの中を通り抜け近鉄の駅裏に出た。 駅裏の商店街に一軒の本屋が…

カーポート完成

台風17号が接近する中、NTTの下請け工事を請け負っている業者がやってきた。「台風大丈夫ですか?」と、心配する施主の意向など知ったことかというように「大丈夫ですよ。」と、にこにこ顔の現場主任。カーポートの左前方にあって、車の出し入れに支障をきたし…

『天使のゲーム』 カルロス・ルイス・サフォン

一九一七年十二月、バルセロナの新聞社で雑用係をしていた十七歳のダヴィッドは短編小説を書く機会を得た。作品は好評でシリーズ化され、一年後ダヴィッドは新興出版社と専属契約を結び独立。それを機に以前から気になっていた市中に異容を誇る「塔の館」に…

『洋食屋から歩いて5分』 片岡義男

いきつけの喫茶店に入って、いつもの席につきコーヒーを飲む。日常の何気ない、けれどそれがきまりになっているらしい律儀さで、ほぼ毎日のルーティン・ワークになっている。そんな店で飲むいつものコーヒーのような味わいの一冊である。エッセイ集と呼ぶの…

『小犬を連れた男』 ジョルジュ・シムノン

「《ぼく、フエリックス・アラールは四十八歳で、パリ三区、アルクビュジィエ通り三番地に住んでいる……》他の人々の遺書でのように、こうつけ加えるべきか、《心身ともに健康》?」冒頭から不穏な事態がほのめかされている。「遺書」?それでは、出す相手の…

『都会と犬ども』マリオ・バルガス=リョサ

解説から先に読まないこと。よく分かる解説だが、せっかくの作家の工夫がだいなしになってしまう。リョサの多くの作品がそうであるように、この小説でも複数の話者が脈絡もなく代わる代わる登場しては、てんでに自分の生い立ちや家族関係、友人関係などを語…

御城番屋敷

松阪市にある御城番屋敷にはいつか行こうと思いながら、なかなか行く機会を見つけられず、ついつい今日まで来た。明日からは、カーポートの工事が始まり、おちおち家も空けていられないので、今日は松阪にある松燈庵という料亭でランチをとることにした。 松…

御城番屋敷

松阪市にある御城番屋敷にはいつか行こうと思いながら、なかなか行く機会を見つけられず、ついつい今日まで来た。明日からは、カーポートの工事が始まり、おちおち家も空けていられないので、今日は松阪にある松燈庵という料亭でランチをとることにした。 松…

『許されざる者』 辻原登

日露戦争前夜の明治三十六年(1903)三月、紀伊半島の南に位置する森宮の港にひとりの男が帰ってくる。男の名前は槇隆光。元森宮藩藩医の四男でアメリカで学位を取得後カナダで診療経験を積み、帰朝後森宮で開業していた。貧しい者からは金を取らず、金持ち…

カーポート

母が亡くなり、住人のいない母屋はさすがに傷みが激しくなっていた。旧街道に面して「鰻の寝床」と揶揄される細長い敷地の表通りに建つ母屋を解体することにした。跡地は駐車場にというのが母の考えであった。ちょうど我が家を建てた住宅メーカーがリフォー…

『父、断章』 辻原登

自伝的な素材を生かした短編をそろえた短編集。作家自身に限りなく近い「私」が登場し、主な舞台は郷里の新宮である。それでは作品が事実に基づいているかといえば、首を傾げねばならない。辻原登は、そんなに簡単に素の自分を語るようなタイプの作家ではな…

第21章

いくらハードボイルド探偵小説といえども、毎回毎回が緊張した事件の連続では、つきあっている読者のほうが疲れてしまう。アントレの後にデザートがくるように、緊張の後には弛緩がほしい。第21章は、一仕事やり終えた次の日、マーロウのどうってことない一…

『ブルックリン』コルム・トビーン

時は1951年から2年。舞台はアイルランドの田舎町エニスコーシーとニューヨークのブルックリン。主人公は、エニスコーシーで母と姉と三人で暮らすアイリーシュ・レイシー。英国からの参戦要請を拒否し、第二次世界大戦に参戦しなかったアイルランドは、戦勝国…

『言葉を生きる』片岡義男

ちょっと変わったエッセイ集である。表題に『言葉を生きる』とあるように、自分と言葉のかかわりについて誕生から現在までを四つに区切り、通時的にまとめられている。自伝風エッセイと呼んでいいかもしれない。自伝風といっても、そこは片岡義男である。主…