marginalia

読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

2011-01-01から1年間の記事一覧

『小澤征爾さんと、音楽について話をする』小澤征爾×村上春樹

考えてみれば、この二人の対談は誰かが思いついてもいいはずであった。村上も自分で書いているが、二人には確かに共通する部分があるからだ。何点かの共通点は、実際に村上の文章で読んでもらうことにして、一つ思い出したのは、どちらも日本で権威があると…

『アメリカ・ハードボイルド紀行』小鷹信光

ハードボイルド小説もそれほど読んでいるわけではない。レイモンド・チャンドラーが好きなので、関連すると思われる書物には一応目を通しておきたいという気がある。小鷹氏の著作もその一つで、氏の著作としては二冊目である。チャンドラーのマーロウ物TV…

『ヴァインランド』 トマス・ピンチョン

同じ訳者による改訳で河出書房新社の『世界文学全集』に収録された作品に大幅改訂を施した、どうやらこれが決定版となる模様だ。最初の新潮社版で読んだのがはじめてのピンチョン体験だった。当時、傑作だと思った記憶があるが、再読してみてその思いを強く…

『まぼろしの王都』 エミーリ・ロサーレス

表紙カバーの絵に誘われて手を出したのだが、巻末の著者紹介を読んで、これはどうかな、と思った。というのも、以前読んだ『風の影』という本の編集者と書かれていたからだ。『風の影』は一般的には評判も高かったのだが、読んでみるとそれほどでもなかった…

『昭和の読書』 荒川洋治

詩人荒川洋治は、評論もエッセイも書くが、それ以上に無類の本好きでもある。なにしろ同じ作家の同じ本を何冊も持っているのだ。同じ本といっても、出版年がちがったり、版がちがうと表紙の色が微妙に変わっていたり、グラシン紙のかけ方がちがうといった程…

『誰がパロミノ・モレーロを殺したか』 マリオ・バルガス=リョサ

「若い男がイナゴマメの老木に吊るされ、同時に串刺しにされていた。」 書き出しからハードボイルドタッチである。主人公というか、探偵の助手でワトソン役をつとめる警官の名が、リトゥーマ。代表作の一つ『緑の家』にも登場するピウラ出身の若者なのだ。つ…

『ラ・カテドラルでの対話』 マリオ・バルガス=リョサ

リョサ初期の長篇ながらすでにただならぬ挫折感が漂う。ペルーという国とその国民性について。何をしたいのか、どうなりたいのか分からないままに常に状況に身を任せてしまう自分について。身を滅ぼすと知りながら、やめられない酒や煙草、女そして男。つい…

伊賀路迷走

MIHOミュージアムで開催中の「神仏います近江」展に出かけた。滋賀県にある三つの美術館、博物館が連携して近江に残る仏像、仏画、神像等の名品を展示する美味しい企画である。全部一度に行くのは大変なので、今回はMIHOミュージアム『天台仏教への…

『紙の民』 サルバドール・プラセンシア

段ボールの脚とセロファンの肝臓、ティッシュペーパを撚って作られた血管でできた「紙の女」メルセド・デ・ペパル。バチカンが封鎖した人間を作る工場で、折り紙で人工臓器を作ることのできるアントニオの手によって生み出された女。彼女の中に入ろうとする…

経年劣化

自分のことではない。少し前まで痛かった右肘も、いつの間にか痛みは感じなくなっていた。ただの使い痛みだったらしい。その痛みがとれるのに時間がかかるあたりが経年劣化だと言われれば、その通りなのだが。走行中窓を開けようとしてパワーウィンドウのス…

ニケ

三連休の中日は昨日とちがって上天気。 南から陽の入ってくる二階階段ホールに寝そべって、ニケは上機嫌。 いくら何でも無防備すぎないか、その姿勢は? 昨日、今日と書斎に籠もって本ばかり読んでいる僕に、つかずはなれず。 「どうして、どこにも出かけな…

八ヶ岳鉢巻道路

昨年、一昨年とヴィーナスライン経由で麦草峠、白駒池が続いたので、今年は八ヶ岳南麓の通称「鉢巻道路」を走ることにした。中央高速を小淵沢で下り、道の駅小淵沢に隣接するホテルのレストランで昼食をとった。夏ばてなのか、年のせいか、SAや道の駅の食堂…

CD復活

前からCDを選び、気に入らないCDだとNODISCのメッセージを送ってくるCDプレイヤーだった。しかたがないので、そういう時はコンピュータを通して聞いたりしていたのだが、なにかと面倒に思っていた。ところが、せんだって長男から「液晶モニタがあるんだけど…

60000km

駐車場に車を停めたら、走行距離計がちょうど60000kmを示していた。めったにないことなので、カメラを取り出して撮影。その記録です。

近江八幡

近江八幡猛暑続きの今年の夏はどこに出かける気もしなくて、休みの日でもほとんど家から出なかった。この数日来暑さも峠を越したようでやっと外出する気になった。とはいえ、天候は不順で一日一度は雷つきの大雨に見舞われる。この日も天気予報はすぐれなか…

『韃靼の馬』

「韃靼」と書いて「タタール」と読む。モンゴルから東ヨーロッパにまたがる広い範囲をさす。「韃靼の馬」とは、有名な武帝の故事にある、一日千里を走り、血の汗を流すという大苑(フェルガーナ)の天馬「汗血馬」のことである。『遊動亭円木』で初めて出会…

ウォーターヒヤシンス

北原白秋の詩の中に出てくるウォーターヒヤシンスという花が、ホテイアオイのそれだと知ったのは何でだったか、疾うに忘れてしまった。 今年の夏もメダカの瓶に三株ほど浮かせたのだが、すぐに水面を覆いつくすほどにふえた。メダカに餌をやる水面が塞がれた…

『木曜日を左に曲がる』 片岡義男

木曜日を左に曲がる片岡 義男左右社発売日:2011-07-04ブクログでレビューを見る»洒落たタイトルである。時間と空間とがねじれた格好でくっついている。いつもながら片岡義男のスタイリストぶりは変わらない。タネを明かせば集中の一篇の題名で、「木曜日」…

『密林の語り部』 M・バルガス=リョサ

題名から、密林(セルバ)を舞台にした作品かと想像したが、ちょっとちがった。『緑の家』にも登場するインディオの酋長フムや、密林の奧にハーレムを作り上げた日本人の悪漢トゥシーア(フシーア)といった人物もちらっと名は出るのだが、『緑の家』のよう…

京都に行ってきました。

駅までは徒歩だったため、麻のシャツの背中に汗が浮いてきていた。 京都行き特急券二枚を買って、ホームに上がると待合室は節電のため開放中であった。この夏は至るところで錦の御旗のように「節電」の二文字がまかり通る。「欲しがりません。勝つまでは」を…

『緑の家』 マリオ・バルガス=リョサ

どう書けばいいというのだろうか、こんな入り組んだ小説のあらすじを。どれだけピースの多いジグソウパズルでも、完成してしまえば明瞭な図柄が現れるように、読み終わってさえしまえば、それほど難しい話ではない。ガルシア=マルケスとはちがい、フローベ…

『ナボコフ 訳すのは「私」』 秋草俊一郎

外国語で書かれた小説が好きだから、翻訳という仕事にはふだんから世話になっている。もし、翻訳家という人たちがいなかったら、文学の世界は語学に堪能な一部の人をのぞき、ずいぶん狭いものになっていたにちがいない。しかし、その一方で、他国語に翻訳さ…

『ロード・ジム』 ジョゼフ・コンラッド

一度汚してしまった自分の名を、生涯をかけて償うことで取り戻すことができるのか、というきわめてシンプルな主題を持つ小説である。二年の養成期間を経て、晴れて憧れの船乗りになったジムは、航海中倒れてきた円柱の下敷きになり怪我をし、とある東の港に…

『V.』 トマス・ピンチョン

ピンチョン=難解というイメージが先行しているようだけれど、そんなことはない。一つ一つの章で区切りをつけて読みすすんでいけば特に理解し難いところはない。登場人物の多さと錯綜する二つの時間軸の存在が単に理解を妨げているだけだ。一度読んだだけで…

『ローラのオリジナル』ウラジーミル・ナボコフ

ナボコフの未発表の遺作と聞けば、ファンでなくとも色めき立つ。あの『ロリータ』が作家自ら火中に投じられようとしていたのを妻が気づいてとめたことによって世間に知られることになったのは有名な話だが、『ローラのオリジナル』も未完成であるが故に作家…

『クーデタ』ジョン・アップダイク

ラテン・アメリカ文学には独裁者小説というジャンルがあると訳者である池澤夏樹が月報に書いている。ガルシア=マルケスの『族長の秋』、バルガス=リョサの『チボの狂宴』と、既読のものでも指が折れるくらいだから、多分ジャンルとして成立するのだろう。…

湯川温泉

年度初めから公私ともに多忙で、日ごろ極楽とんぼをきめこんでいる身としては、からだがいくつあっても足りないという感じ。した方がいいだろうけども、しなくてもかまわない仕事は一時おあずけにして、久しぶりにまだ訪れたことのない温泉の探索に出かける…

『楽園への道』 マリオ・バルガス=リョサ

章が替わるたび、二つの物語が交互に語られる。主人公の一人は画家ポール・ゴーギャン。もう一人は、その祖母にあたるフローラ・トリスタン。ポスト印象派の画家ゴーギャンについてなら、ある程度は知っていた。だが、フローラ・トリスタンという女性については…

『ジョゼフ・コーネル−箱の中のユートピア』 デボラ・ソロモン

ジョゼフ・コーネルはアメリカ人。ニューヨーク市近郊クィーンズのユートピア・パークウェイという名前だけは素敵な町の小さな木造家屋に住み、口うるさい母親と障碍を持つ弟と暮らしていた。昼間は毛織物などのセールスをし、家族が寝静まった夜、地下室で…

『ポータブル文学小史』 エンリーケ・ビラ = マタス

2000年に出版された『バートルビーと仲間たち』で、わが国でも知られるようになったエンリーケ・ビラ=マタス。彼がヨーロッパで人気を得るきっかけを作ったのが、『ポータブル文学小史』である。1924年、マルセル・デュシャンを中心にヴァルター・ベ…