marginalia

読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

2018-10-01から1ヶ月間の記事一覧

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第四章(1)

4 《<フロリアンズ>は当然、閉まっていた。一眼で私服刑事と分かる男が、店の前に駐めた車の中で、片眼で新聞を読んでいた。私には警察がどうしてそんな手間をかけるのが分からなかった。ムース・マロイのことを知る者はこの辺には誰もいない。用心棒もバ…

A3で行こう!

あまりに天気が良かったので、どこかでお昼を食べようと車で出かけることに。紅葉には少し早いから、まだ人も混んでいないだろう室生寺の前にある橋本屋で、ということに話が決まって二人で出かけた。妻の車はなくなったので、私の運転である。今のところ、…

Days of Copen final

今日、コペンが陸送で次の持ち主の待つディーラーに運ばれていった。思えば、二〇〇四年に我が家に来てから十四年。ずいぶん長いつき合いだった。コペンは妻の車である。前のローバー114が壊れ、次に同じ車を中古で買ったが今一つ調子が悪く、四日市にあ…

『インヴィジブル』ポール・オースター

詩人を目指す大学二年生の「私」はパーティの席上でフランス人男女と知り合う。次に会ったとき、そのボルンというコロンビア大学の客員教授は「私」に雑誌編集の話を持ちかける。新雑誌の内容から運営まですべてを任し、資金は援助するという嘘みたいな話で…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第三章

3 《事件を担当したのはナルティという、尖った顎をした気難しい男で、私と話している間ずっと長い黄色い手を膝頭のところで組んでいた。七十七丁目警察署に所属する警部補で、我々が話をしたのは向い合った壁に面して小さな机が二つ置かれた殺風景な部屋だ…

『ジャック・オブ・スペード』ジョイス・キャロル・オーツ

人は自分の見たいものだけを見て、見たくないものは見ないで生きているのかもしれない。ごくごく平凡な人生を生きている自分のことを、たいていの人間は悪人だとは思っていないだろう。でも、それは本当の自分の姿なのだろうか。もしかしたら、知らないうち…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第二章(3)

《「どこへ行ったんだ?」ムース・マロイが訊ねた。 バーテンダーは思案の挙句、やっとのことで用心棒がよろめきながら通り抜けたドアに視線を向けた。「あ、あっちは、モンゴメリさんのオフィスでさあ。ここのボスで。あの奥がオフィスになってます」「そい…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第二章(2)

《我々はバーに行った。客たちは一人で、あるいは三々五々、静かな影となり、音もなくフロアを横切り、音もなく階段へと通じるドアから出て行った。芝生の上に落ちる影のようにひっそりと。スイング・ドアを揺らすことさえしなかった。 我々はバー・カウンタ…

『監禁面接』ピエール・ルメートル

原題は「黒い管理職」という肝心の中身をバラしかねない題だ。邦題の方は、まさにピエール・ルメートルといったタイトル。しかし、カミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズの持つ嗜虐趣味と謎解きの妙味はない。仕事にあぶれた中年男が持てる力を振り絞って、…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第二章(1)

2 《階段を上りきると、また両開きのスイング・ドアが奥との間を仕切っていた。大男は親指で軽くドアを押し開け、我々は中に入った。細長い部屋で、あまり清潔とはいえず、特に明るくもなく、別に愉快なところでもなかった。部屋の隅にある円錐形の灯りが照…