marginalia

読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

2017-09-01から1ヶ月間の記事一覧

『湖畔荘』上・下 ケイト・モートン

<上下巻併せての評です>とにかく再読すること。一度目は語り手の語るまま素直に読めばいい。二度目は、事件の真相を知った上で、語り手がいかにフェアに叙述していたかに驚嘆しつつ読む。ある意味で詐術的な書き方ではあるのだが、両義性を帯びた書き方で…

『緑のヴェール』ジェフリー・フォード

堂々たるファンタジーである。第一部『白い果実』における理想形態都市(ウェルビルトシティ)、第二部『記憶の書』におけるドラクトン・ビロウの脳内空間、と閉じられた世界をさまようことを義務づけられていた主人公クレイがようやくにして究極のファンタ…

『白い果実』ジェフリー・フォード

バベルの塔をモチーフにした、カバー装画がいい。街ひとつをそっくり呑み込んだ建築物という絵柄が、この三部作に共通するであろう主題を象徴している。ファンタジーなのだが、ディストピア小説めいた趣きもあり、寓意を多用した思弁的小説の装いも凝らして…

『大いなる眠り』註解 第十三章(3)

《「厄日かもしれないな。知ってるんだよ、あんたのこと、ミスター・マーズ。ラス・オリンダスのサイプレス・クラブ。華麗なる人々のための華麗なる賭博場。地方警察はあんたの意のままだし、ロサンジェルスのその筋にもたんまりと握らせている。言い変えれ…

『記憶の書』ジェフリー・フォード

表題に惹かれて手に取ったら表紙の絵がまた魅力的だった。それで読みはじめたのだが、冒頭に何の説明もなく書きつけられた「理想形態都市(ウェルヴィルトシティ)」という言葉につまづいた。どうやら、かつてあった都市で、今は廃墟と化しているらしいのだ…

『イングランド・イングランド』ジュリアン・バーンズ

大金持ちが島を買って、金にあかせて島を好き勝手に作り変えてしまうという話が主題の一つになっている。ポオの『アルンハイムの地所』や『ランダーの別荘』に想を得たと思われる江戸川乱歩の『パノラマ島奇談』を思い出させる趣向である。しかし、中身はま…

『大いなる眠り』註解 第十三章(2)

《カーメンは声を上げて私の横を通り、ドアから駆けだした。坂を下る彼女の足音が急速に消えていった。車は見なかった。多分下の方に停めたのだろう。私は言いかけた。「一体全体どうなってるんだ――」 「放っておけよ」エディ・マーズはため息をついた。「こ…

『街への鍵』ルース・レンデル

便利になったものだ。机上のモニターにグーグル・マップでリージェンツ・パーク界隈を開いておいて、作中に現れる場所を打ち込んでいくと、人物たちの移動ルートが手に取るように分かる。特に主人公が住んでいるパーク・ヴィレッジ・ウェストなどの高級住宅…

『大いなる眠り』註解 第十三章(1)

《彼は灰色の男だった。全身灰色。よく磨かれた黒い靴と灰色のサテンのタイに留めたルーレットテーブル・レイアウトのそれを思わせる二つの緋色のダイヤモンドを除いて。シャツは灰色で、柔らかなフランネルのダブル・ブレストのスーツは美しい仕立てだった…

『神秘大通り』上・下 ジョン・アーヴィング

<上下巻併せての評です>誰にでも人生の転機となった日というものがある。フワン・ディエゴにとって、それは十四歳のとき、父親代わりのリベラが運転していたトラックに過って足を轢かれた日だ。後輪に挟まっていた鶏の羽をとろうとしたところへ、サイドブ…