marginalia

読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

2019-01-01から1ヶ月間の記事一覧

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第十章(1)

10 《「四分」声が言った。「五分か、六分かも知れない。連中は機敏に音も立てずに動いたにちがいない。あいつは叫び声さえ上げなかった」私は目を開け、凍えた星をぼんやりと見た。私は仰向けに倒れていた。気分が悪かった。 声は言った。「もう少し長かっ…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第九章(2)

《我々は渓谷の内奥の窪地に下り、それから高台に上がった。しばらくしてから、もう一度下り、そして、また上った。マリオットの緊張した声が私の耳に入った。「次の通りを右だ。四角い小塔のついた屋敷だ。その脇を回るんだ」「あんたが連中にこの場所を選…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第九章(1)

9 《家の中は静まり返っていた。遠くに聞こえる音は、岸打つ波の音か、音立ててハイウェイを駆け抜ける車の音、あるいは松の梢を揺らす風の音かも知れなかった。当然のことに海の音だった。遥か崖下で砕け散る波の音だ。私はそこに座って耳を澄ませながら長…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第八章(4)

《男は笑った。かなり子どもっぽい笑いだったが、年端も行かない子の笑いではない。「ああ、正直に言うと、電話帳を開いてたまたま見つけたのが君の名前なんだ。元々、誰も連れていかないつもりだった。それが今日の午後、連れがいるのも悪くないと思いつい…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第八章(3)

《「そいう苦情はよく受けます」私は言った。「が、態度を変えてもうまくいくとも思えない。この仕事について少し考えてみましょう。あなたはボディガードがほしい。しかし、銃は携行させたくない。あなたは助けがほしい。しかし、どう助ければいいか教えも…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第八章(2)

《男の前を通り過ぎると、香水の匂いがした。男はドアを閉めた。エントランスは低いバルコニーに通じていた。大きなワンフロアの居間の三面に金属製の手すりが巡らされ、残る一面に大きな暖炉と二枚のドアがあった。暖炉には薪のはぜる音がしていた。バルコ…

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第八章(1)

8 《モンテマー・ヴィスタに着いた時、光は翳りかけていたが、水面にはまだ輝くような煌きがあり、波は遥か沖合で長い滑らかな曲線を描いて砕けていた。ペリカンの群れが爆撃機のように編隊を組んで泡立つ波頭の真下を飛んでいた。一艘のヨットがベイ・シテ…