marginalia

読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

2018-03-01から1ヶ月間の記事一覧

『大いなる眠り』註解 第二十二章(1)

《黄色い飾帯を巻いた小編成のメキシコ人楽団が、誰も踊らない当世風なルンバを控えめに演奏するのに飽きたのが十時半ごろだった。シェケレ奏者はさも痛そうに指先をこすり合わせると、ほとんど同じ動きで煙草を口に運んだ。他の四人は申し合わせたように屈…

『日本人の恋びと』イサベル・アジェンデ

舞台はアメリカ西海岸、主人公の名はアルマ・べラスコ。慈善事業に熱心なべラスコ財団の代表である。自身のブランドを所有するデザイナーでもあるが、何を思ったか家を出て民主党支持者やヒッピーの生き残りやアーティストが入居待ちリストに名を連ねるラー…

『大いなる眠り』註解 第二十一章(4)

《彼はグラス越しに火を眺め、机の端に置くと、薄手の綿ローンのハンカチで唇を拭った。 「口はたいそう達者なようだ」彼は言った。「が、たぶん腕の方はそれほどでもない。リーガンに特に興味はないんだろう?」 「仕事の上では。それを頼まれてはいない。…

『大いなる眠り』註解 第二十一章(3)

《私がそこに着いたのは九時ごろだった。高目の速球のように決まるはずの十月の月は海辺の霧の最上層で惚けていた。サイプレス・クラブは町外れにあった。だだっ広い木造の大邸宅でドゥ・カザンという名の金持ちが夏の別荘として建てたものだが、後にホテル…

『大いなる眠り』註解 第二十一章(2)

《私は指を折って数えあげた。ラスティ・リーガンは大金と美人の妻から逃げて、エディ・マーズという名前のギャングと事実上結婚していた正体の知れない金髪女とさまよい歩いている。彼が別れの挨拶も告げずに突然消えたのにはいろいろ訳があったのかもしれ…

『マイタの物語』マリオ・バルガス・ジョサ

訳者は一般に流布する「リョサ」ではなく、原語の発音に近い「ジョサ」と記すが、著者はあのノーベル賞作家である。実際にあった事件に基づいて書かれた小説である。新聞に載った数行程度の記事から小説を書くのは、スタンダールに限らず、多くの小説家がや…

『大いなる眠り』註解 第二十一章(1)

《私はスターンウッド家には近寄らなかった。オフィスに引き返して回転椅子に座り、脚をぶらぶらさせる運動の遅れを取り戻そうとした。突然風が窓に吹きつけ、隣のホテルのオイル・バーナーから出る煤が部屋の中に吹き下ろされて、空き地を転々とするタンブ…

『大いなる眠り』註解 第二十章(3)

《グレゴリー警部は頭を振った。「もし彼が稼業でやっているくらい切れるなら、この件も手際よく処理するさ。君の考えは分かるよ。警察は彼がそんな馬鹿なまねをするわけがないと考えるからわざと馬鹿なまねをしてみせるというんだろう。警察の見方からすれ…