marginalia

読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

2016-01-01から1年間の記事一覧

『古書奇譚』 チャーリー・ラヴェット

解説では本書をビブリオ・ミステリとして紹介しているが、「ビブリオ」については問題はないが、これを「ミステリ」と呼ぶのはどうだろうか。もっとも、解説の中でも触れられているように、ビブリオ・ミステリには定義があるらしく、それによると、本に関す…

『地図と領土』 ミシェル・ウエルベック

『素粒子』を引っさげて颯爽と登場してきたとき、評判につられて読んでみたが、セックスを前面に出した作風になじめないものを感じ、本作が邦訳されたのは知ってはいたが読まずにすませた。ところが、先ごろの『服従』の評判を聞きつけ手にとってみると、そ…

『道化と王』 ローズ・トレメイン

クロムウェルの死によって清教徒革命が潰え、1660年にはチャールズ二世による王政復古が始まる。ピューリタンの清貧と禁欲に倦んだ宮廷の人々は、豪奢な衣装や宝飾品を身に纏い、頭には鬘、その上に髪粉をふりかけ、男も薄化粧してハイヒールを履き、着飾っ…

『アーサーとジョージ』 ジュリアン・バーンズ

シンプルなタイトルが示しているとおり、英国小説ならではの評伝を踏まえたもの。丸谷才一氏に寄れば、何故か英国人という人種は、伝記の類を読むことを好むらしい。アーサーとジョージという二人の人物の少年時代からアーサーの死までを伝記風に追ったもの…

『ホワイト・ティース』(上・下) ゼイディー・スミス

「おれたちの子供はおれたちの行動から生まれる。おれたちの偶然が子供の運命になるんだ(十八字分傍点)。そうさ、行動はあとに残る。つまりは、ここだってときに何をするかだよ。最後のときに。壁が崩れ落ち、空が暗くなり、大地が鳴動するときに。そうい…

『夜、僕らは輪になって歩く』 ダニエル・アラルコン

小説が突然そこで断ち切られたように終わると、二十歳過ぎの青年の若さゆえの思いこみが招きよせた片恋の、そのあまりにも過酷に過ぎる結末に、それまで行間に漂っていたはずのやるせなさのようなものが、ざらりとした荒い手応えを感じさせるものに一瞬にし…

『その姿の消し方』 堀江敏幸

久し振りの長篇小説と思って楽しみに読みはじめたが、十三章のそれぞれには表題が付されていて、それぞれが独立した短篇としても読めるようなつくりである。いかにもこの作者の書きそうな独特の気配がしている。給費留学生として渡仏していたおりに見聞きし…

『ひとり居の記』 川本三郎

表題はメイ・サートン『独り居の日記』から。川本三郎は自作のタイトルのつけ方が上手い。アッバス・キアロスタミ監督の映画タイトルをちゃっかりいただいた『そして、人生はつづく』の続篇が、この『ひとり居の記』。どちらも、漢字を仮名にしたり、読点を…

『つかこうへい正伝(1968-1982)』 長谷川康夫

演劇界において、今も「つか以前」、「つか以後」という言葉が残るほど、不世出の演劇人つかこうへいの「正伝」である。つかこうへい率いる劇団の役者、スタッフの一人として、そのあまりにも伝説的な芝居がどうやって作られていったのかを間近に体験した者…

『つつましい英雄』 マリオ・バルガス=リョサ

ノーベル賞受賞後に初めて書かれた小説だという。なんとなくのほほんとした気分が漂うのは、そのせいか。かつてのバルガス=リョサらしい緊張感が影をひそめ、よくできた小説世界のなかにおさまっている。同時進行する、場所も人物も異なる二つの物語が、章…

『悲しみのイレーヌ』 ピエール・ルメートル

『天国でまた会おう』のときにも、そう感じたのだけれど、ルメートルという作家は気質的に残酷な話が好きなのかな、と思ってしまう。何人かのレビューに、『その女アレックス』より先に、こちらを読むべき、とあったので、その言に従ったのだが、タイトルが…

『奇跡なす者たち』 ジャック・ヴァンス

SFの持つ面白さにもいろいろあるが、一つには時空間や次元を超えた世界や文明を持ち出すことによって、今ある世界や文明に対する批判が容易にできることがある。しかし、想像力にも限界があって、批評する側が当然視してしまっている文化のようなものは案…

『はるかな星』 ロベルト・ボラーニョ

前書きにもあるように、これはボラーニョの初期の作品『アメリカ大陸のナチ文学』の最終章に出てくる、ラミレス=ホフマン中尉の話を大幅に改稿し、一篇の小説としたものである。その話を「僕」に教えてくれたのは、アルトゥーロ・B。ボラーニョの他の作品…

『未成年』 イアン・マキューアン

「公私混同」という言葉がある。公の仕事に、私的な事情を持ち込むことを指す。ふつうは望ましくないことと考えられている。ふりかえって今の我が国の政治家の言動をみていると、私的心情や私利を隠しもせずに前に立てていっこうに恥じるところもないようだ…

『美について』 ゼイディー・スミス

階級や家風のちがう二つの家が結婚問題をきっかけとして交際が始まることによって起こる騒動の顛末を描く、E・M・フォースター作『ハワーズ・エンド』を下敷きに、現代アメリカを舞台に描いた喜劇風味の風俗小説である。フォースターの代表作をいじるなど…