marginalia

読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

2016-01-01から1年間の記事一覧

『ビッグ・ノーウェア』上・下 ジェイムズ・エルロイ

1950年を迎えた深夜、ウェスト・ハリウッド出張所に勤務する若い保安官補ダニー・アップショーは、男の死体発見の報を受け現場に駆けつける。被害者は全裸で両眼を抉り取られ、腹部には咬み跡が残り、背中には無数の切り傷があった。ダニーは独自に犯罪学を…

『ブラック・ダリア』 ジェイムズ・エルロイ

第二次世界大戦が終わって間もないころ、元ボクサーのバッキー・ブライチャートは、同じく元ボクサーでロス市警セントラル署巡査部長リー・ブランチャードのパートナーとして、ミラード警部補の下で捜査にあたっていた。バッキーと、リーは警察内部のボクシ…

「煉瓦を運ぶ」 アレクサンダー・マクラウド

同じシリーズだし、マクラウドという名前だし、もしやと思って手に取ったら、帯にちゃんと書いてあった。あのアリステア・マクラウドの息子である。アリステア・マクラウドは、好きな作家の中でも特別な位置にいて、同シリーズから刊行されている三作はどれ…

『人形つくり』 サーバン

まず文章がいい。翻訳でこれだけの味が出せるのだから、もとの英文もきっと雅趣あふれる文章に違いない。1951年刊「リングストーンズ」、53年刊の「人形つくり」の中篇二作が収められている。どちらも、幻想文学の本道を行く格調高い作風で、この種のものを…

『背信の都』上・下 ジェイムズ・エルロイ

1941年12月6日。いうまでもなく日米開戦前夜のアメリカ、ロサンジェルス。日系二世の市警鑑識官アシダは、自作の写真撮影装置を取り付けたばかりのドラッグストアで強盗事件に遭遇する。現場で捜査能力の高さを見込まれたアシダはその後に起きた日本人家族四…

『テラ・ノストラ』 カルロス・フェンテス

[rakuten:neowing-r:11892333:image] 冒頭の老婆の突然の出産に象徴される現代パリでの出来事が異様すぎ、これはSFなのか、それとも何かの寓話なのだろうか、と混乱をきたしそうなので、小説に限らず映画でも絶対はじめから順に見ていくのだ、という強いこだ…

『裏切りの晩餐』 オレン・スタインハウアー

これぞエスピオナージュと呼ぶにふさわしい一作である。作者はジョン・ル・カレの後継者と呼ばれているというから、その評価のされ方がどれくらいのものかが分かる。読後の印象をいえば、ル・カレから英国人臭さと、独特の文章のあやを取り去ったらこんな感…

『アックスマンのジャズ』 レイ・セレスティン

ハリケーンが迫りくるニューオーリンズの街を舞台に、連続殺人鬼を追う三組の探偵役の活躍を描く長篇ミステリ。時は1918年、ジャズ発祥の地であるニューオーリンズでは、アックスマンと名のる斧を使った殺人犯による連続殺人が起き、市民は恐怖に震えていた…

『黄金の少年、エメラルドの少女』 イーユン・リー

結局は人間なのだろう、どんな面白い小説を読んだとしても、読後に残る充たされたという感じをあたえてくれるのは。イーユン・リーの小説が他の作家のそれと特別に変わっているわけではない。強い影響を受けたとされるウィリアム・トレヴァーの作品や、エリ…

『私の名は紅』 オルハン・パムク

『わたしの名は紅』って題名に「ゴレンジャーかい」とつっこみたくなった。章が変わるたびに、話者が交代し、話者の一人称視点で物語が語り継がれてゆく。表題の「紅」というのは、色の赤のことである。主題を担っている細密画に使われる塗料の色であること…

『過ぎ去りし世界』 デニス・ルヘイン

ジョー・コグリンは、タンパ、その他で複数の会社を経営する実業家として知られている。慈善家としても知られ、第二次世界大戦下にあるアメリカを支援する募金集めのパーティーを開いたばかり。しかし、その実態はイタリア系のディオンをボスと仰ぐマフィア…

『千年の祈り』 イーユン・リー

イーユン・リーのデビュー短篇集。第一回フランク・オコナー国際短篇賞を受賞した、その完成度の高さに驚く。どれも読ませるが、読んでいて楽しいと感じられる作品が多いわけではない。むしろ苛酷な人生に目をそむけたくなることのほうが多いのだが、読み終…

『さまよう者たち』 イーユン・リー

原題は"The Vagrants”で、『さすらう者たち』は、ほぼ直訳である。ところで、その「さすらう者たち」は、いったい誰を指しているのだろう。というのも、どれも一筋縄ではいかない人物たちの中で、唯一好人物といっていい、ゴミ拾いや掃除を仕事としている華…

『無垢の博物館』上・下 オルハン・パムク

主人公のケマルは三十歳。父親から譲り受けた輸入会社の社長である。引退した大使の娘で美人で気立てのいい婚約者スィベルとの結婚も間近だ。そんなある日、買い物に寄った店で昔なじみと久しぶりに再会する。フュスンは遠縁にあたる娘で十八歳になったばか…

『ベスト・ストーリーズⅡ蛇の靴』 若島 正篇

若島正氏編による、新『ニューヨーカー短篇集』、『ベスト・ストーリーズ』全三巻の第二巻。時代的には1960年から1989年までの三十年間をカバーしている。二代目編集長ウィリアム・ショーンが辣腕を振るった『ニュ−ヨーカー』がどんな雑誌だったかというと、…

『エセー 7』 モンテーニュ

『エセー』の最終巻。晩年のモンテーニュが、肉体的にも精神的にも、意気盛んであったことがよく分かる。国は宗教戦争のさなかにあり、自身もそれにかかわりながら、塔屋の書斎にこもって『エセー』を書いている時は、いつものモンテーニュであり、それは最…

『独りでいるより優しくて』 イーユン・リー

物語は小艾(シャオアイ)の葬儀のシーンからはじまる。この章の視点人物は三十七歳の泊陽(ボーヤン)で、彼は小艾の母の代わりに火葬場に来ている。小艾は伯陽より六歳上だったが、誤って或は故意に毒物を飲んだせいで、二十一年間というもの病いの床にあ…

『64』上・下 横山秀夫

三上義信はD県警察本部警務部秘書課調査官<広報官>。肩書きは警視。去年までは捜査二課、つまりは刑事部に所属していた根っからの刑事である。強面と刑事部出身という本籍効果を買われて警務畑に来たが、本心は二年で刑事部に戻ると決めていた。捜査一課、…

『黒い本』 オルハン・パムク

弁護士のガーリップは突然家を出た妻リュヤーの行方を捜してイスタンブールの街をさまよう。妻の行きそうな場所に電話をかけるがどこにもいない。前夫の家にまで押しかけるも相手はすでに再婚していた。別件で妻の義理の兄であり、自分にとって従兄にあたる…

『直筆商の哀しみ』 ゼイディー・スミス

アレックスは二十七歳。職業は直筆商。直筆商という言葉は訳者による造語で、原題は“The Autograph Man”。日本でいうサインは英語ではオートグラフ。飴売りのことをキャンディー・マンというように、オートグラフを売買する人をオートグラフ・マンという。有…

『アイルランド・ストーリーズ』 ウィリアム・トレヴァー

他国を移動する人々について書かれた作品を集めたのが近刊の『異国の出来事』。同じ訳者による『アイルランド・ストーリーズ』は、アイルランドに根を生やした人々の姿を描いた作品を集めたものだ。路傍の聖母像の話に始まり奇跡の話で締める。昔のLPレコー…

『僕の違和感』上・下 オルハン・パムク

東西文明の十字路イスタンブルを舞台に、ある行商人の半生を描きながらトルコの現代史を点綴する、ノーベル賞作家オルハン・パムクの最新長篇小説。出だしこそ主題をはっきりさせるため、物語の中盤あたりから書き出されているが、主人公の人生を決定する駆…

『異国の出来事』 ウィリアム・トレヴァー

トレヴァーといえばアイルランドという固定観念の裏を行く、異国を旅する話ばかりを扱った異色の短篇集。これには意表をつかれた。「アイルランドの片田舎で過ごした少年時代に最も影響を受けたのが映画や探偵小説だった」と告白しているトレヴァー。誰もが…

『ジャック・リッチーのあの手この手』 ジャック・リッチー

ハードボイルド探偵小説の翻訳やミステリ評論で知られ、先頃亡くなった小鷹信光氏の編訳によるジャック・リッチーの短篇集。多方面の雑誌読者に合わせて、ミステリはもちろん、ラブロマンス、SF、怪奇小説、西部劇小説とジャンルを超えた作家であったジャ…

『ロスト・シティ・レディオ』 ダニエル・アラルコン

舞台はペルーの首都リマを思わせる架空の都市。反政府勢力との戦争が終ってから十年、首都は再建下にある。たった一つ残ったラジオ局のアナウンサー、ノーマは、政府による検閲済みのニュースを読むほかに日曜深夜の人気番組のパーソナリティーをつとめてい…

『ジャック・リッチーのびっくりパレード』 ジャック・リッチー

1950年代、雑誌『マンハント』や『ヒッチコックマガジン』で活躍したジャック・リッチーの短篇を、60年、70年、80年代と年代別に四部に分けて収録した短篇集。全二十五篇が本邦初訳というのだが、えっ、これが今まで訳されてなかったの、といいたいほどの完…

『世界文学論集』 J・M・クッツェー

題名に引かれて読んでみたのだが、特に「世界文学」を論じた本ではない。ノーベル賞作家J・M・クッツェーの文学評論を集めたもの。作家になる前はベケット論で博士号を取得した研究者であり、大学教授でもあった。それだけに評論とはいうものの、冒頭に置か…

『B面昭和史1926-1945』 半藤一利

一昔前のドーナツ盤レコードでは、裏表に一曲ずつ録音されるのだが、力を入れて売りたい曲の入った面をA面といった。それに対して、あまり売ることを期待していない方をB面といった。もっとも、予想に反してB面扱いされた曲の方が人気が出るということもあっ…

『コーヒーにドーナツ盤、黒いニットのタイ。』 片岡義男

洒落た本だ。各章のタイトルが色刷りで、文中に登場している音楽のLPやドーナツ盤のジャケット写真がフルカラーで紹介されている。表紙は濃いピンクの地に、モノクロームでタイトルにある、コーヒーにドーナツ盤、黒いニットのタイが俯瞰の視点で描かれてい…

『プラハの墓地』 ウンベルト・エーコ

つい先ごろ亡くなったウンベルト・エーコの最新長篇小説。その素材となっているのは、反ユダヤ主義のために書かれた偽書として悪名の高い『シオン賢者の議定書』である。その成立過程が明らかにされてからもユダヤ陰謀説を裏付けるものとして、反ユダヤ主義…