マドリッドにある出版社の編集者ダヴィッドは、社長から一つの依頼を受ける。それは、ある人気作家を探し当て次回作の原稿をとってくることだった。ただ、そこには問題があった。その作家トマス・マウドは、原稿を郵便で送りつけてくるだけで、誰も顔を見たことがない覆面作家だったのだ。
調査の結果、郵便の発送元はピレネー山麓にある人口六百人ほどの僻村であること、さらに原稿についていた指紋からその男には右手の指が六本あることが分かった。いつも留守がちで妻との間に波風が立ちかけているダヴィッドは、仕事の件を秘密にして妻を誘い、休暇旅行という名目で村に向かうのだったが。
探偵役が妻同伴というあたりからどうやら普通のミステリではなさそうだなと気づく。たしかに謎があり、最後にその謎は解かれるのだから、ミステリと呼んでもまちがいではないが、六本指を持つ謎の男探しというテーマに見合ったサスペンスは一向に登場しない。主筋ではドジでマヌケな素人探偵のドタバタ劇が展開されるばかり。そればかりか、秘密がばれ、怒った妻はマドリッドに帰ってしまう。一方マドリッドを舞台にしたサイド・ストーリーでは麻薬中毒から抜け出そうとする若者のシリアスなドラマが進行中で、何組かのグループが織り成すドラマが平行して物語は展開されてゆく。ジグソウパズルの最後のピースがあるべき場所にはめ込まれるように物語の最後で、それらはぴったり結ばれる。そのパズルの絵柄こそ作中の『螺旋』という小説なのだ。
ミステリは好きだが、知性も洞察力もありそうな犯人が、どうして割に合わない殺人を犯すのか、それも連続して何人もの人々を、という疑問がある。どれだけ上手に書かれても、殺人という行為はにはよくない後味のようなものが残る。
この小説のいちばんいいところは、後味のよさというものではないだろうか。作家の個性でもあろうが、人間というものに対する肯定感のようなものが読んでいるあいだずっとただよっている。エキセントリックな村人も多数登場するのだが、その書きぶりに好感度が高い。一口に言えば誰もが善人なのだ。善人ばかりを登場させて面白いミステリを書いてみせるという困難に挑戦したという点で、この小説の点は高い。
探している覆面作家は大体この人だろうという見当はつくのだが、作家は簡単に正解には導いてはくれない。ちゃんとどんでん返しが待っている。サイド・ストーリーがメイン・ストーリーと出会う設定はハリウッド製のロマンティック・コメディ顔負けのご都合主義的解決ではあるが、それまでに登場人物に対して思い入れがあるので許してしまう。弱冠二十五歳でこれだけの小説を物にしてしまう作家の才能にあらためて驚く。次の作品が早く読みたいと思うのは評者だけではないだろう。