いい日和が続く。風は少々あるが、気温はかなり高くなるという予報。オープン・カーとはいうものの、買ってしばらくは真冬でも屋根を開けて走ったが、夏の暑さと冬の寒さは厳しく、近頃では屋根を閉めて走ることが多くなっていた。GW前に妻が包丁で指を切ってからコペンを運転する機会がふえた。そこに、この上天気続きだ。オープンの虫が騒ぎ出して止まらない。
しばらく走っていない奈良方面はどうだろうか。この季節なら室生寺か長谷寺。室生寺には春行ったばかりなので、長谷寺に決めた。この間訪ねた多気の近長谷寺をはじめ全国にある長谷寺系寺院の総本山で花の寺としても知られている。
駐車場でナビに入力すると右に矢印が出た。普通は左に出て市内を抜けるはずだが、と思いながら車を走らせていると、どうやら高速道路を使う気らしい。ルート変更して一般道優先にするとR23で久居経由165号、約百キロ、三時間の計算。三時間か、とため息まじりで走り出した。
国道は屋根を閉めたままで走り、久居市街を抜けて田舎道に入ったところで屋根を開けた。風が強いので、サイドウィンドウはガラスを上げたままだ。こうしておくと風は入ってこない。
室生寺なら橋本屋、奈良市街なら天平倶楽部で決まりだが、長谷寺近くにはお気に入りの食事どころがない。名張にある伊賀牛の金谷で昼食をとることに決めた。GWの混雑も終わり、道路はすいていた。昼過ぎに名張に到着。ランチに間に合った。スープからデザート後のコーヒーまでついたコースでメインは伊賀牛を使ったハンバーグ。本店はすき焼きがメインだが、名張のレストランはドゥミグラスソースを使った昔懐かしいフレンチを供する。落ち着いた店内には年配の客が多いようだ。左の人差し指を怪我した妻はフォークが使いにくそうだ。箸の使える店にするべきだったと反省した。
長谷寺近くまで来ると、「ぼたん祭り開催中につき道路混雑」という標示が目に入った。GWも終わったからと安心していたが、「ぼたん祭り」とは。長谷の牡丹は有名で、これを目当ての観光客は多い。矢印に誘われるように入った道がとんだ山の中。ダム湖を回って、いつもと反対方面から長谷寺に着いた。駐車場に空きがあるのでひとまずは安心した。料金は五百円。
名残りの牡丹か、となかば覚悟しながら境内に入ると、けっこう花は咲いていた。本尊十一面観音特別拝観中とかで、別料金が設定されていた。受付の人に「観音様は普段から拝観できますよね?」と たずねると「特別拝観中は、すぐ足元まで入れるのです」と教えてくれた。お顔は拝めるというので、入山料大人五百円の方にした。長い階段の登り廊がずっと上まで続いている。屋根があるのはありがたい。両側には牡丹が文字通り花を添えている。白壁に紅の牡丹がよく映えて見事であった。定家と、その父の俊成の塚と碑があるというので、寄り道をした。文字はすっかり摩滅して定かではない。歌人にゆかりの寺らしく、紀貫之の「人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける」の歌に詠まれた「故里の梅」という古木まであった。ほんとうだろうか。
十メートル近くもある本尊十一面観音はいつ見ても重厚で、なかなか頼もしい。信仰心などなくても素直に願い事などしたくなる。空中にせり出した舞台からの眺めは、いつにもまして絶景。新緑の木々がまぶしいほどであった。拝観路をぶらぶら歩いていると、時折り吹く風が汗ばんだ肌に心地よく、いい季節に来たことを実感するのだった。牡丹だけでなく、小手鞠を大きくしたようなその名も大手鞠や、真っ白な小花が穂先を埋めるようにして群生する姫空木など、花の寺の名に恥じない季節の花々を堪能することができた。
門前町を歩いて、以前に車を停めた駐車場を確認した。やはり反対側から進入したらしい。細い道を通ることなく、寺に間近いという点ではダム湖周りのほうが有利かもしれない。しかし、初めて来るなら、手前に車をとめ、時代がかった門前町の店構えなどを冷やかしながらそぞろ歩いて、寺の前に至るのが一番だろう。
帰りは、歩く人の後ろについて門前町を抜け、往きと反対側から165号線に出た。こちらのほうが断然速い。
帰りに名張駅前に寄り道をした。先日できたばかりの江戸川乱歩像を拝むためである。郷土の生んだ文士として銅像が建つというのだから大したものだ。江戸川乱歩は名張生まれで、鳥羽にも住んでいたことがあり、代表作『パノラマ島奇談』は鳥羽市洋上に浮かぶ坂手島がモデルである。幼い頃から少年探偵団シリーズで『怪人二十面相』に夢中になったかつての少年であり、長じて『押し絵と旅する男』などの傑作に改めて感激したものとして、乱歩像は必見であった。
ナビに案内された名張駅前に、それはあった。駅前というのだが、バス・ロータリーが高い位置にあるため、路上からは折角の全身像が上半身だけしか拝めなかった。そこで、近くに車を停め、階段を下りて、像の前に立った。台の下には女子高生が二人座り込んで話し込んでいた。下校時間なのか、電車待ちの高校生がたむろしていたが、誰も乱歩像には無関心なようだった。写真をもとに作られた本人そっくりの顔が、折からの夕日を浴びて、なんだかちょっぴり寂しげに見えた。