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読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第四章(1)


《<フロリアンズ>は当然、閉まっていた。一眼で私服刑事と分かる男が、店の前に駐めた車の中で、片眼で新聞を読んでいた。私には警察がどうしてそんな手間をかけるのが分からなかった。ムース・マロイのことを知る者はこの辺には誰もいない。用心棒もバーテンダーもまだ見つかっていない。この界隈に何か話せるほど彼らを知る者はいないのだ。私は前をゆっくり通り過ぎ、角を曲がったところに車を停め、<フロリアンズ>のあるブロックの筋向い、一番近くの交差点の向こうに建つ、黒人専用ホテルを眺めた。名前は<ホテル・サンスーシ>。私は車を降りて引き返し、交差点を渡って中に入った。硬い空っぽの椅子が二列、細長い褐色の繊維カーペットをはさんで向い合っていた。暗がりの奥に机があり、その向こうで禿げ頭の男が眼を閉じ、柔らかな褐色の両手を机の上で安らかに組み合わせていた。居眠りをしていたか、しているように見えた。首のアスコット・タイは一八八〇年に結んだきりのように見えた。スティックピンについている碧玉は林檎より大きくはなかった。たるんだ大きな顎はアスコット・タイに優しく包まれ、組み合わせた両手は安らかで清潔だった。紫色のマニキュアを施された爪に灰色の半月が浮き出ていた。
 肘の脇にエンボス加工された金属札があり、「当ホテルはインターナショナル・コンソリディティッド・エージェンシー社により保護されています」と記されている。
 安らかな褐色の男が思案気に片眼を開けたとき私はその表示を指さした。
「HPDの調査員だ。何か問題はあるかね?」
 HPDは、大手エージェンシーの中でホテルの保護を担当する部門のことで、不渡り小切手を切ったり、未払いの請求書と煉瓦を詰めた中古のスーツケースを残して裏階段から逃げ出したりする客の面倒を見るところだ。
「問題かね、ブラザー?」受付係は高く朗々と響く声で言った。「それならたった今売り切れたところだ」そして、少しばかり声を落としてつけ足した。「名前は何て言ったかな?」
「マーロウ、フィリップ・マーロウだ」
「いい名前だ、ブラザー。きれいで、愉しげだ。今日はご機嫌なようだね」再び声を低くして「しかし、あんたはHPDの人じゃない。そんなもの、もう何年も見たことがない」組んでいた腕をほどいて物憂げに表示を指し「中古品だよ、ブラザー。効果を狙ってのことさ」
「なるほど」私は言った。そして、カウンターに身をもたせて、がらんとした疵だらけの天板の上で五十セント銀貨を回し始めた。
「今朝、<フロリアンズ>で何が起きたか聞いただろう?」
「覚えちゃいないね、ブラザー」今や彼の両眼はしっかり開かれ、くるくる回る銀貨から生じる、とらえどころのない光を見つめていた。
「ボスが殺されたんだ」私は言った。「モンゴメリという男だ。誰かがそいつの頸をへし折った」
「彼の魂が主の御許に召されんことを、ブラザー」また声を低くした。「警察か?」
「私立探偵だ。信用を守るのが信条だ。そして、信用が置ける人物かどうかは一目見たら分かる」
 彼は私をじっくり見、それから眼を閉じて考えこんだ。用心深げに再び眼を開けると、回旋する銀貨を見つめた。彼はそれから眼を離すことができなかった。
「誰がやった?」彼は静かに訊いた。「誰がサムを殺したんだ?」
「刑務所帰りのタフガイが腹を立てたんだ。店が白人専用でなくなったってな。昔はそうだったらしい。あんた覚えてないか?」
彼は何も言わなかった。銀貨が微かな音を立てながら倒れ、じっと横たわった。
「決めてくれ」私は言った。「聖書を一章読んで聞かせるか、それとも酒をおごろうか? どっちにするね」
「ブラザー、聖書は家の者といるときに読むものだ」両眼は明るく輝き、蟇蛙のようにじっと動かなかった。
「昼食は済ませたんだろう」私は言った。
「昼食は」彼は言った。「私のような体形や気質の者は抜くことにしている」声をひそめ「机のこっち側に来ないか」
 私はそちら側に行き、平たいパイント瓶入りの保税品のバーボンをポケットから出して棚の上に置いた。それから机のこちら側に戻った。彼は吟味するため前にかがんだ。気に入ったようだ。
「ブラザー、これでは何も買えないよ」彼は言った。「でも、まあ、あんたと一緒に軽く一杯やるのは悪くない」
 彼は瓶の蓋を開け、小さなグラスを二つ机の上に置き、グラスの縁のぎりぎりまでそっと酒を注いだ。それから一つを持ち上げ、注意深く香りを嗅ぎ、小指を立てて喉に流し込んだ。
 彼は味わい、考慮し、うなずき、そして言った。
「こいつは本物の酒だよ、ブラザー。さて、何の役に立てばいいのかな? この辺りのことなら、舗道のひび割れひとつに至るまで、私は下の名前で知っている。任せてくれ、これは気のおけない連中と飲む酒だ」彼は再びグラスを満たした。》 

「私には警察がどうしてそんな手間をかけるのが分からなかった」は<I didn't know why they bothered.>。清水氏はここをカットしている。村上氏は「どうしてわざわざ見張りなんか立てるのか、理由がわからなかった」と、読みほどいている。

「この界隈に何か話せるほど彼らを知る者はいないのだ」は<Nobody on the block knew anything about them, for talking purposes.>。清水氏は「町内の人間の誰に聞いても知らなかった」と訳している。村上氏は「このあたりの誰も二人のことは知らない。少なくとも知っていると申し出るような人間はいない」と訳している。

ムース・マロイはよそ者だ。用心棒とバーテンダーは姿をくらましてしまった。この界隈の誰も彼らの居場所は知らない。それなのに警察は何のために見張りを立てているのか、というのがマーロウの考えだ。マーロウは清水氏が言うようには誰にも聞いていない。それに、村上氏は<them>を「二人」と決めつけているが、警察が一番知りたいのはムース・マロイについての情報だろう。人数で書くなら「三人」ではないのか?

「名前は<ホテル・サンスーシ>」は<It was called the Hotel Sans Souci.>。清水氏はここを「ホテル・サンズ・スーシという名前だった」と訳している。これは致命的な誤訳だ。<Sans Souci>は「サンスーシ」。もともとはフランス語で「憂いなし」という意味。ドイツにあるロココ式の宮殿のことで、日本や中国では「無憂宮」とも呼んでいる。

「細長い褐色の繊維カーペット」は<a strip of tan fiber carpet>。清水氏は「焦茶色のファイバーの絨毯」、村上氏は「タン色のちっぽけなカーペットをひとつ」と訳している。「タン」はどちらかと言えば淡い茶色で、「焦げ茶」というのは無理がある。村上氏の「ちっぽけな」は<strip>の意訳だろうが、<fiber>はどこへ行ってしまったのだろうか?

「たるんだ大きな顎はアスコット・タイに優しく包まれ」は<His large loose chin was folded down gently on the tie>。清水氏は「しまりのない大きな顎が、なかばネクタイに隠れ」と訳している。ネクタイに隠れる顎というのがわからなかったが、村上訳の「大きなたるんだ顎は、そのアスコット・タイの上に穏やかに垂れかかっていた」を読んで訳が分かった。しかし、そうなると分からないのは、大きな顎はタイの中にあるのかタイの外に出ているのか、どっちだろう。原文を読めば<be動詞+過去分詞>になっているので受動態、というわけで旧訳が正しい。

「それならたった今売り切れたところだ」は<is something we is fresh out of>。清水氏はここをカットして「別に変ったことはないよ」と訳している。この受付係の当意即妙の受け答えをチャンドラーが楽しそうに書いているので、カットするのは惜しい気がする。<fresh out of>は「品物がなくなったばかり」という意味の米語表現。村上氏は「そいつは今ちょうど切らしていてね」と訳している。

「がらんとした疵だらけの天板の上で」は<on the bare, scarred wood of the counter.>。清水氏はここをカットしている。村上氏は「そのむき出しの疵だらけの表面で」と訳している。<bare>にはたしかに「むき出し」の意味があるが、カウンターといえばふつう「むき出し」になっているものだ。ここは、何も物が置かれていない、という意味にとった方がいいのではないか。

「くるくる回る銀貨から生じる、とらえどころのない光を見つめていた」は<he was watching the blur of light made by the spinning coin.>。清水氏は「カウンターの上で廻っている銀貨をじっと眺めていた」と訳しているが、厳密にいえばちがう。村上氏は「回転する硬貨の作り出すちらちらする光をじっと見つめていた」と訳している。<blur>は「おぼろげに見えるもの、なんともとらえどころのないもの」という意味で、「ちらちらする」というのとはちがう。回転する硬貨という、とらえどころのない形態を表していると見るべきだろう。

「そして、信用が置ける人物かどうかは一目見たら分かる」は<And I know a man who can keep things confidential when I see one.>。清水氏はここをカットして「私立探偵だよ。迷惑はかけない」と短く訳している。村上氏は「そして口の堅そうな人間は、一目見ればわかる」と訳している。

「蟇蛙のようにじっと動かなかった」は<toadlike, steady.>。清水氏は「亀の眼のようにじっと光っていた」と訳している。<toad>は「蟇蛙、蝦蟇」のほかに「いやなやつ」の意味があるが、「亀」はない。<turtle>か<tortoise>と読み間違えたのかも知れない。村上氏は「ひきがえる」と訳している。

「この辺りのことなら、舗道のひび割れひとつに至るまで、私は下の名前で知っている。任せてくれ、これは気の合う仲間と飲む酒だ」は<There ain't a crack in the sidewalk 'round here I don't know by its first name. Yessuh, this liquor has been keepin' the right company.>。清水氏は「このへんのことなら、舗道の割れ目一つまで、知らないことはないんだから……。嘘じゃない、この酒は本物だ」と後半を略している。

村上氏は「このあたりのことなら、歩道の割れ目ひとつに至るまで、私はファースト・ネームで知っている。イエッサー、こいつは正しきものの手を渡ってきた酒だ」と訳す。<Yessuh>は<yes sir>からきているから「イエッサー」もありだが、これは訳ではない。<the right company>を「正しきもの」と訳すのはどうか?「気の合う仲間」程度の意味だと思う。

それより何より、この台詞の後にある「彼は再びグラスを満たした」<He refilled his glass.>という一文を、村上氏は訳し忘れている。清水氏の旧訳には「彼はグラスに改めて酒を注いだ」という文が、ちゃんとあるのに。この一杯分は後で利いてくることになる。私が参照しているのは初版だが、今は文庫も出ているはず。そちらでは訂正されているのだろうか?

A3で行こう!

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あまりに天気が良かったので、どこかでお昼を食べようと車で出かけることに。紅葉には少し早いから、まだ人も混んでいないだろう室生寺の前にある橋本屋で、ということに話が決まって二人で出かけた。妻の車はなくなったので、私の運転である。今のところ、コルトレーンとマイルスくらいしか入っていないので、ナビに入れておくジャズのCDを五枚ほど持った。ヴォーカルとバラードを集めたものだ。

橋本屋というのは、土門拳室生寺を撮影する際、常宿にした旅館で、土門拳は山菜料理が気に入っていたという。実は二人とも、この料理がお気に入りで、秋が来ると毎年のように室生を訪れては舌鼓を打ってきた。好物の白和えが絶妙なのだ。席が空いていると、一室貸し切りで料理とともに川を挟んで対岸にある室生寺の紅葉を愛でることもできる。

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久居から名張を抜けて宇陀に入るとようやく風景が落ち着いてくる。のんびり走って室生に着いた。ところが、お目当ての橋本屋の玄関に幕が引かれている。普通は定休日かどうかは調べてくるものだが、ここは旅館である。今までも休みだったことはなかった。しかし、長男が働いていることもあり、旅館にも休館日というものがあるのは知っていた。土産物を売る店でうどんくらいは食べられるが、それもつまらない。

通り道で見かけた「室生山上公園」でも見てこようと走り出したが、いつものように適当に走っていくとまた、室生寺の看板が見えてきた。もとに戻るのも変だと思って逆に行ったのがまちがいだったようだ。行けども行けどもそれらしきものに出会えず、ついにはこの間行ったばかりの曽爾高原に通じる山道に迷い込んだ。杣道で対向車に出うのは147で経験済みだが、今回もやっぱり出会った。

狭い道で対抗しようにもかわしきれない。どうやら相手はバックする気がないらしい。妻が車を下りて、タイヤの位置を確かめると、こちらには逃げる余地がない。相手の車の後ろにはもう少し幅があるので、妻が下がってくれるように頼みに行った。少し下がってもらうとうまくすれちがえた。相手も初めての道で余裕がなかったらしい。

「あのひと、この先どんな道が続くか聞かなかったけど、後悔しないかなあ」

と妻が言った。杉林の杣道に山水が流れ出て、濡れ落ち葉が道を覆っている。鬱蒼とした林の中には葉を広げた杉葉を僅かに漏れる光がさすばかりで実にうら寂しい道だった。女性一人ではきっと心細かろう。

秋晴れということもあって、曽爾高原ファームはハイキング姿の人でいっぱいで、レストランも席の開くのを待つ人で入口がふさがっていた。温泉の食堂にしようという妻の提案が当たって、こちらは待たずに座れた。妻は小鉢の定食。私はかつ丼にした。若い頃、旅に出るとかつ丼ばかり食べていたことがある。どこの店にでもあって、そこそこうまいので失敗が少ない。その失敗をしたことがある。あれは平泉の食堂だった。玉ねぎが生過ぎて食べられたものではなかった。

食事も済んで温泉に入った。「お亀の湯」はぬるりとしたお湯が特徴で、源泉かけ流しの浴槽がある。それとサウナを楽しんでから、露天風呂に入った。半分が日陰になっている。岩に頭をもたせて目をつむると、隣で樋から流れる湯の音が聞こえる。客は数人ほどいるが誰もしゃべっていないので湯の流れる音だけだ。この静けさがいい、と思っていると話し声がしはじめた。そういうものだ。妻は先に出て、もうソフト・クリームをなめていた。この前も食べていた。ここには地ビール・ソフトなるものがあるのだが、いつもヴァニラの方にしている。次に来たら地ビール・ソフトを試してみたい。

帰り道、「みつえ高原牧場」への入り口近くで逆光に光る薄の群落を見た。今年はセイタカアワダチソウの勢いが凄まじいが、曽爾高原ではまだまだ薄の方が勢力があるようでほっとした。美杉を通って南勢バイパスに出て、家に帰った。夕飯はシチューの予定だったので、バゲットを買って帰った。シチューができる前に赤ワインを開けたのが悪かった。少しだけと思って食べ始めたパンは、シチューが出来上がったときにはなくなっていた。

Days of Copen final

 

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今日、コペンが陸送で次の持ち主の待つディーラーに運ばれていった。思えば、二〇〇四年に我が家に来てから十四年。ずいぶん長いつき合いだった。コペンは妻の車である。前のローバー114が壊れ、次に同じ車を中古で買ったが今一つ調子が悪く、四日市にある工場まで足を運んだものの、調子は戻らなかった。

仕方なく次の車を捜したが、自分の車に愛着を持つ妻の気に入る車はなかなか見つからなかった。そんな時、私の目に留まったのが、軽自動車ながら、アクティブ・トップというルーフが格納できる仕組みを持つコペンの存在だった。もとより、妻にオープン・カーという選択肢はない。しかし、一度乗ればその面白さに気づくはず。そう思って試乗に連れ出したところ、見事にはまった。

試乗コースの途中で屋根を開け、フル・オープンで走ってみたら、その楽しさに一度で参ってしまった。これに決めた、というわけでセカンド・アニバーサリーの特別仕様、momoのステアリングにタン・レザーのシートがついたブリティッシュ・レーシング・グリーンのコペンが家に来たのだった。

それからは、妻が動いた。関西、東海のコペン・オーナーのグループに連絡を取り付け、各地で行われるオフ会に参加した。もちろん、当地にも来ていただいて、温泉、グルメを楽しむこと幾たびか。いつのまにか、多くの仲間を得て、ツーリングにBBQ,、日帰り旅行と、今まで知らなかった楽しみを教えてもらった。何故かは知らないが、どの人もみな感じがよくて、友達の輪が広がっていった。

そうこうしながら、十四年がたった。我が家のコペンはまだまだ現役で行けたのだが、仲間は、走行距離が家のとは違う。次々とコペンを手放し、ロードスターや660へと乗り換えが相継いだ。そんな時、私の車が壊れ、愛車を手放すことになった。アルファロメオ147からアウディA3へと乗り換えたのだが、十余年の月日は長かった。車は驚くべき変化を遂げていた。安全性が格段に進歩していたのだ。

息子の車もデミオに変わると、妻の車の旧態依然としたところが気になりはじめた。それで、新車の購入を考えはじめたのだった。妻にしても、歳を考えるともう少し時代にそぐう車がいいと思うようになった。それから何台もの車を試乗してきたのだが、結論から言えばみな大きすぎる。ローバーminiから114へと乗り継いできた妻にとって、今の車は大きすぎるのだ。

私が見つけてきたのは、ルノーtwingo。スマートとスペックを共有するスモール・カーである。これが気に入らなければ、新コペンしかない。そう考えながら名古屋まで行って試乗してみた。悪くない。その帰り、ダメもとで訪れたルノー四日市にあったのが同じtwingoながらGTだった。試乗してみたところ、そのフィーリングは上々。妻の気に入った。その場で車を押さえてきた。

十一月の第二週には新車がやってくる。車の楽しさを教えてくれたのはコペンだった。フル・オープンのドライブの醍醐味は今も忘れられない。しかし、あれから十四年、いつまでもそんな乗り方をつづけるのは無理というもの。ドライブ・フィールは残しながら、新しい車との付き合い方を考える時が来ている。twingoも楽しい車だ。屋根は開かないが、きっと運転の楽しさは教えてくれるに違いない。次のご主人とあのコペンの相性がいいように、今は祈っている。有難う、コペン。Days of Copenについては以下より蒼穹の回廊 旅行記

『インヴィジブル』ポール・オースター

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詩人を目指す大学二年生の「私」はパーティの席上でフランス人男女と知り合う。次に会ったとき、そのボルンというコロンビア大学客員教授は「私」に雑誌編集の話を持ちかける。新雑誌の内容から運営まですべてを任し、資金は援助するという嘘みたいな話である。連れのマルゴが「私」のことを気に入ったのが支援を申し出た理由だ。最近、財産を手にしたので、女を喜ばせてやりたいという。

信じられない話だが、ボルンは大金の小切手を用意していた。事件は前祝いの夜に起きる。夜道で黒人の少年が二人を銃で脅したのだ。おびえる「私」をしり目に、ボルンはしのばせていたナイフで少年を刺す。銃には弾が入っておらず、救急車を呼ぼうという「私」をボルンは裁判沙汰になっては面倒だと制す。翌朝、背中を何度も刺された少年の死体が発見される。「私」は悩んだ末、何日たってから警察に連絡するが、その頃ボルンはすでにフランスに帰国していた。「私」はボルンと自分が許せなかった。

以上が第一部の概要。文中「私」と記されているのは、アダム・ウォーカー。第二部の話者である、今は作家となった「僕」と同じニュージャージー出身で大学の同級生。第一章は、ウォーカーが作家となった「僕」に送りつけてきた小説の原稿だった。白血病を患うウォーカーの余命は幾ばくもなかった。同封の手紙には、どうしても書きたかったことを死ぬ前に小説に書いているが、内容は事実に基づいているとあった。

小説の書名は『一九六七年』。第三次中東戦争勃発の年で、アメリカの諸都市で人種暴動の嵐が吹き荒れた熱い夏だ。第二部「夏」は過去を振り返る回想形式で「君は」と二人称で書かれている。事件のあった後「君」はフランス留学を認められる。留学を目前にした一九六七年の夏休みを、「君」は最愛の姉と過ごしている。この二人の過ごす夏休みが尋常でない。二人は姉弟として愛し合うだけでなく、男と女としても激しく愛を貪りあう。

第二部を読んだ「僕」はウォーカーに会うためオークランドを訪れるが、ウォーカーはすでに死んでいた。体力がなくなりかけていたせいか、「僕」宛に残された第三部「秋」は完成した原稿ではなく「店へ行く、眠りにつく」といった電報のようなメモ書きで概略が書かれ、完成は「僕」に委ねられていた。「僕」は「三人称、現在時制」で文章を完成させることにする。

第三部はフランスに渡ったウォーカーとボルンのその後を描く。ボルンは帰国後マルゴと別れ、別の子連れの女性と婚約中。パリ留学中、街角で偶然再会したウォーカーとボルンは、旧交を温めることになる。ウォーカーは、ボルンを許したふりをしながらイレーヌとセシルという親子に近づき、信用を得た後でボルンの秘密を明かし、婚約を破談に持ち込むことで復讐を果たそうと動きはじめる。

第四部の舞台となるのは現在。二〇〇七年に小説を書き終えた「僕」はフランスを訪れ、現在は文学研究者となった五十七歳のセシルを訪ねる。「僕」はセシルから、その後のボルンと母親との顛末を聞かされる。最後に付されるのが、セシルの眼から見た晩年のボルンの姿を描いたセシルの手記である。ボルンが何故イレーヌと結婚しようとしたのか、その謎が暴かれる。読者が謎に満ちたボルンという人物を知るための手掛かりになっている。

四部構成で、第一部は一人称、過去時制。第二部は二人称、現在時制。第三部は三人称、現在時制。そして第四部を締めくくるのは、謎の解決を仄めかす他人の手記、といういかにもポスト・モダン風の手の込んだ構成の小説になっている。内容は完全なフィクションながら、素材となっているのは、同時代にコロンビア大学に学び、詩人を目指し、パリに留学し、帰国した後、小説家となったポール・オースターその人の過去である。

「インヴィジブル」とは、「不可視」という意味。アイデンティティや、生きる意味を探ることを主たるテーマとするポール・オースターにとって、見るという行為はいつも問題となる。だが、作家の書くことの真偽は読者にとっては「不可視」である。オースターはそれを逆手にとり、書いた作家にも「不可視」の小説を書いた。小説の核となる、ボルンの殺人、姉との近親相姦、ボルンの来歴等々について、小説の完成者であり、作者なのに「僕」は真実を目にすることは許されていない。

「僕」との話の中で、グウィンは弟との関係を彼の妄想と言い切っている。ボルンの話を信じるなら、少年は公園に運んだ時には死んでおり、多くの刺し傷は別の誰かによるものだ。しかし、「僕」には二人の言葉の真偽のほどを計る術がない。小説は完成を見たものの、ひとりの青年が体験した戦慄と陶酔、そしてその贖罪のための後半生は「不可視」の闇に包まれたままだ。

凝った構成で、読ませるための読者サービスに溢れた小説になっている。ポール・オースターは自己言及的な作家で、自伝的エッセイも書けば、半自伝的な作品も書いている。これだけ、何度もくり返し自分の人生を扱っていながら、まだそれを素材に新しい小説を書こうという意欲を残しているというのがすごい。そうは思いながら、自分という存在に対する臆面もない熱の入れように、ちょっと気おくれを感じてしまう自分がどこかにいる。自分という存在は、自分にとってそんなに大したものなのだろうか、と。

 

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第三章


《事件を担当したのはナルティという、尖った顎をした気難しい男で、私と話している間ずっと長い黄色い手を膝頭のところで組んでいた。七十七丁目警察署に所属する警部補で、我々が話をしたのは向い合った壁に面して小さな机が二つ置かれた殺風景な部屋だった。もし、二人同時に机に向かっていなければ、その間を通れる程度の広さだった。床は汚い茶色のリノリウムで覆われ、葉巻の吸殻の匂いが部屋に染みついていた。ナルティのシャツはすり切れ、上着の袖はカフスのところで内側に折り返してあった。貧相な身なりから正直者であることは分かったが、ムース・マロイを相手にできるような男には見えなかった。半分になった葉巻に火をつけ、床にマッチを捨てた。床では大勢の仲間が新入りを待ち受けていた。苦々し気な声だった。
「黒人。またしても黒人殺しだ。この警察に十八年いるから、扱いは分かってる。写真も出なけりゃ、紙面も割かない。求人広告欄を埋める四行にさえならない」
 私は何も言わなかった。彼は私の名刺をとり上げてもう一度読み、下に落とした。
フィリップ・マーロウ、私立探偵。その手の人っていうわけか? 驚いたね。あんた見るからにタフそうじゃないか。そのあいだ何してたんだ?」
「そのあいだ、とは?」
「マロイが黒いのの首をひねっているあいださ」
「ああ、それは別の部屋で起きたんだ」私は言った。「これから誰かの首を折るつもりだ、なんてこと、マロイは言い置いちゃくれなかったんでね」
「からかってるのか」ナルティが苦々しげに言った。「いいさ、からかってろよ。みんながからかうんだ。もう一人増えたがどうした? 気の毒な老いぼれナルティ。ちょっと行って気のきいたことを言ってやろうぜ。笑い者にするなら、いつだってナルティが一番さ」
「私は誰のこともからかってなどいない」私は言った。「まさにその通りのことが別室で起きたんだ」
「ああ、分かってる」ナルティは嫌な臭いのする葉巻の煙が噴き出る向こうから言った。「おれもあそこに行って、この目で見ているじゃないか。拳銃は持ってなかったのか?」
「その手の仕事じゃなかった」
「どの手の仕事だ?」
「女房から逃げ出した床屋を探してた。説得して家に連れ戻せると女房は思ってたんだ」
「黒人か?」
「いや、ギリシア人だ」
「そうか」ナルティはそう言って、屑籠に唾を吐いた。
「それで、大男にはどうやって会ったんだ?」
「話したはずだ。たまたまやつが<フロリアンズ>のドアから黒人を放り出すところに居合わせたんだ。何が起きたのか見ようと首を突っ込んだのが馬鹿だった。そのまま上まで連れていかれた」
「銃を突きつけられてか?」
「いや、その時は銃を持っていなかった。少なくとも見せはしなかった。銃はモンゴメリから取り上げたんだろう。あいつは私をつまみ上げただけだ。私はときどき可愛くなるんだ」
「そうは思えない」ナルティは言った。「あんたは簡単につまみ上げられそうには見えないがね」
「いいじゃないか」私は言った。「何故こだわるんだ? 私はあいつに会っているが、君は見ていない。あいつにかかったら君や私など時計の飾りのようなものだ。あいつが出て行くまで人を殺したことは知らなかった。銃声は聞いた。威嚇しようと誰かがマロイを撃ち、誰が撃ったにせよ、マロイがそれを取り上げたと思ったんだ」
「どうして、そんなふうに思ったんだ?」ナルティはもの柔らかともいえる態度で訊ねた。「銃を使って銀行を襲うような男じゃないか?」
「考えてもみろよ。あいつはどんななりをしていた。あんな格好で人殺しに行くやつはいない。あそこへは銀行強盗をやる前につきあっていたヴェルマという女を探しに行ったんだ。<フロリアンズ>か、別の名かは知らないが、いずれにせよ白人の酒場だった頃、女はそこで働いていた。あいつはそこでパクられた。大丈夫、あいつは捕まるさ」
「そうだな」ナルティは言った。「あのサイズであの服装だ。手間はかからない」
「他にもスーツを持っているかもしれない」私は言った。「車に、隠れ家、そして金と仲間も。しかし、いずれ捕まるだろう」
 ナルティは屑籠にまた唾を吐いた。「捕まるだろうさ」彼は言った。「おれが総入れ歯になる頃に。この件に何人張りつくと思う? 一人だよ。何故だと思う? 記事にならないからだ。以前、五人の黒人が東八十四丁目の外れで、派手なナイフの立ち回りをしたことがある。駆けつけたときには一人はすでに冷たくなっていた。家具に血が飛び散っていた。壁にも血が飛び散っていた。天井にまで血が飛び散っていた。おれが家の外に出たら『クロニクル』の記者がポーチを下りて車に乗るところだった。そいつはおれたちにしかめっ面をして『黒人じゃないか』と言い捨てて車に乗って行ってしまった。家の中に入りもしないで」
「仮釈放中かもしれない。それに関して何らかの協力を得られるだろう。だが、うまく捕まえないと、君とパトカーに乗る相棒は二人連れであの世行きだ。そうなれば、記事にはなるだろうが」
「どっちにせよ、おれが事件を担当することは二度とないね」ナルティはせせら笑った。
 机の上の電話が鳴った。話を聞いたナルティは悲し気に微笑んで受話器を置き、メモ用紙に何やら書きとめた。眼にはかすかな輝きがあった。遥か遠くの埃まみれの廊下の灯りだった。
「奴を見つけたよ。今のは記録課だ。指紋もあった。顔写真も何もかもだ。とにかく、ちょっとした手がかりにはなる」ナルティはメモを読んだ。「まったく、なんて男だ。身長六フィート五インチ半、体重はネクタイを別にしても二百六十四ポンド、とんでもないやつだ。儘よ、無線で手配中だ。たぶん盗難車リストの後になるだろう。待つしかない」ナルティは痰壺に葉巻を捨てた。
「女を捜してみろよ」私は言った。「ヴェルマだ。マロイはその女を見つけたがっている。すべてはそれが始まりだ。ヴェルマをあたるんだ」
「あんたがやればいい」ナルティは言った。「おれは二十年この方、淫売宿に足を運んだことがない」
 私は立ち上がった。「分かった」私はそう言って、ドアの方に歩きかけた。
「おい、ちょっと待て」ナルティは言った。「ただの冗談だよ。そんなに忙しいわけじゃないんだろう?」
 私は指の間で煙草を回しながら、相手の方を見て、ドアのところで待った。
「おれが言いたいのは、あんたはそのご婦人をちらっとでも探してみる暇はないのか、ということだ。いい考えだと思うがな。何か引っかかるかもしれん。警察の下で働けるぜ」
「それが私にとって何のためになるんだ?」
 ナルティは悲し気に黄色い両手を広げた。微笑みは壊れた鼠捕りのように狡猾だった。「前に警察と揉めたことがあるだろう。否定しても無駄だ。耳に入ってるからな。この次何かあったとき警察に仲間がいても害にはなるまい」
「どんないいことが待ってるんだろう?」
「いいか」ナルティは力を込めた。「おれは至って無口な男だ。だがな、どんな男でも組織の中にいればあんたのためにしてやれることはいくらでもある」
「無料でかい─それとも金を払ってくれるのか?」
「金は出ない」ナルティはそう言って、黄色い鼻に皺をよせた。「おれは少し信用を取り戻す必要がある。このあいだの異動以来、厳しい状況に置かれている。忘れはしないよ。この借りはきっと返す」
 私は腕時計を見た。「いいだろう。私が何か思いついたら、それは君の手柄だ。顔写真が届いたら身元確認は引き受けよう。ランチの後で」我々は握手をした。私は泥の色をした廊下を通って玄関に続く階段を下り、車に向かった。
 ムース・マロイが軍用コルトを手に<フロリアンズ>を後にしてから二時間たっていた。私はドラッグストアで昼食を食べ、バーボンの一パイント瓶を買った。それからセントラル・アヴェニューに向かって車を東に走らせ、その通りをまた北に向かった。私の手にしていた予感は舗道の上で踊る熱波のようにぼんやりとしたものだった。
 好奇心失くして、この稼業は成り立たない。率直に言えば、このひと月というもの仕事にありついていない。たとえ金にならない仕事でも、これで風向きが変わるかもしれない。》

「七十七丁目警察署に所属する警部補」を清水氏は「七十七丁目の警察署の警部」、村上氏は「刑事部長として七十七番通りの分署に所属しており」と訳している。原文は<He was a detective-lieutenant attached to the 77th Street Division>。ロサンゼルス市警察の組織及び階級を調べると、ナルティが所属するのは地域・交通局のサウス管区、七十七丁目警察署である。<lieutenant>は階級としては警部補。ストリート・ギャングが多く、管区長直轄のギャング・殺人事件特別捜査課が設置されているというから、物騒なところなのだろう。

「もし、二人同時に机に向かっていなければ、その間を通れる程度の広さだった」は<room to move between them, if two people didn't try it at once.>。清水氏はここをカットしている。村上氏は「もし二人が同時にその机に向かっていなければ、そのあいだを人が通れるくらいの余地があった」と訳している。

「扱いは分かってる」は<That's what I rate>。清水氏は「こんな事件ばかりだよ」と意訳している。<rate>はレートのことで「評価する、見なす」の意味。村上氏は「事件がどんな扱いを受けるかはわかっている」と噛みくだいて訳してくれている。先にも触れたが、物騒な地区のことで、黒人が殺されたくらいでは記事にする値打ちがない、ということだ。

「気の毒な老いぼれナルティ。ちょっと行って気のきいたことを言ってやろうぜ。笑い者にするなら、いつだってナルティが一番さ」は<Poor old Nulty. Let's go on up and throw a couple of nifties at him. Always good for a laugh, Nulty is.>。このナルティの自嘲を清水氏は「……」で省略している。村上氏は「気の毒なナルティー。ちょっと行って、ナルティーのやつになんか気の利いたことを言ってやろうぜ。ナルティーを笑いものにするのって、いつだって楽しいよなあ」と訳している。ナルティが署内でどういう境遇にあるかが分かるところだ。

次のマーロウの台詞「説得して家に連れ戻せると女房は思ってたんだ」は<She thought he could be persuaded to come home.>。この部分も清水氏はカットしている。<persuaded>「説得」という言葉を使って、銃の所持は不要とマーロウが考えたことを説明している部分なのだが。村上氏は「説得すれば連れ戻せると、女房は考えたんだ」と訳している。

「ナルティはもの柔らかともいえる態度で訊ねた」は<Nulty asked almost suavely.>。清水氏はここを「と、ナルティは訊きかえした」と訳している。<suavely>は「もの柔らかな態度で」の意味。ナルティのマーロウに対する態度が変化していることを示す重要な部分だ。何故これを訳さないのかが分からない。村上氏は「とナルティーはどちらかというとにこやかに言った」と訳している。

「あいつはそこでパクられた」は<He was pinched there.>。<pinch>は「逮捕する」の意味だが、受身で使用されることが多い。清水氏はここを「しかし、銀行強盗であげ(傍点二字)られた男だ」と訳している。村上氏は「そのときにやつは逮捕された」と訳している。その前の文<She worked there at Florian's or whatever place was there when it was still a white joint.>から見ても、この<there>は<フロリアンズ>という店を指している。端的に訳せばいいのではないか。

「おれが総入れ歯になる頃に」は<about the time I get my third set of teeth.>。清水氏はここを「俺の髪がまっ白になるころにはね」と訳している。村上氏は「総入れ歯を三回作り直すまでにはな」と訳しているが、これは誤り。<third set of teeth>は直訳すれば「歯の第三セット」。つまり、乳歯が一回目のセット、大人の歯に替わるのが二回目、それが全部抜け、総入れ歯にする三回目のセットを意味している。

「記事にならないからだ」は<No space>。清水氏は「それがしきたりなんだよ」と訳している。村上氏は「新聞記事にならないからだ」だ。<no space>が最初に出てくるのはナルティの第一声。清水氏はそのときは「新聞にも出ない」と訳している。村上氏は「スペースももらえず」と訳している。

「以前、五人の黒人が東八十四丁目の外れで、派手なナイフの立ち回りをしたことがある」は<One time there was five smokes carved Harlem sunsets on each other down on East Eighty-four.>。清水氏はここを「いつか、東八十四丁目の黒人街で、ピストル騒ぎがおこったことがあった」と訳している。<carve>は「肉を切る」ことだから、<on each other>がつけば「斬りあい」で、「ピストル騒ぎ」はおかしい。

<Harlem sunsets>の「ハーレム」はマンハッタン島東部にある黒人街のことで、サンセットは夕陽の赤(血の色)を表している。<Harlem sunsets>を検索すると、チャンドラーのこの文章が<Harlem sunsets>(ナイフによる死闘)の典拠のように書かれている。しかし、チャンドラーが特に説明もせずに使っていることから見て、以前に使用例があると思われる。村上氏は「前に五人の黒人が、東八十四番通りで、ナイフを使って派手な切り合いをしたことがある」と訳している。

「だが、うまく捕まえないと、君とパトカーに乗る相棒は二人連れであの世行きだ。そうなれば、記事にはなるだろうが」は< But pick him up nice or he'll knock off a brace of prowlies for you. Then you'll get space.>。清水氏は「捕縛するときはうまく立ちまわらんと、生命(いのち)が危ないぜ」と意訳している。村上氏は「しかし逮捕のときにはよほどうまくやらないと、パトカーの窓の支柱を叩き折られるぞ。そうなれば新聞記事にはなるかもしれないが」と訳している。

<prowlies>は氏の言う通り<prowl car>、つまり「パトカー」のことだろう。<brace>にも「支柱」の意味がある。しかし「窓の支柱」はいただけない。実は<a brace of ~(複数形)>には「ひとつがいの~、一対の~」という意味がある。それでわざわざ<prowl >を<prowlies>と複数形にしてあるのだ。刑事は一人を相手に二人組で行動するが、マロイなら二人同時に片づけることなど朝飯前だ、とマーロウは忠告しているのだ。

その後の「どっちにせよ、おれが事件を担当することは二度とないね」は<And I wouldn't have the case no more neither>。清水氏はここを「生命(いのち)がなくなれば、もう、こんな事件を引きうけないですむじゃないか」と訳している。マーロウが自分の生命の心配をしていることを正しく受け止めていることが分かる。村上氏は前の誤訳がたたり<neither>を読み落とし「そして俺はどっかに飛ばされる」と、こちらも誤訳することになる。

<neither>には「二者のうちのどちらの~も~でない」という意味がある。うまく逮捕出来たら、この事件は終わり、自分は担当から外れる。うまく逮捕できなければ、自分は殺され、やはり担当から外れることになる。ナルティの台詞<And I wouldn't have the case no more neither>は、そういう意味のことを言っているのだ。

「顔写真が届いたら身元確認は引き受けよう」は<And when you get the mug, I'll identify it for you.>。清水氏は「そして、君が彼を捕らえたら、首実検はぼくが引きうけよう」と訳している。<mug>は、容疑者の顔写真のことで、容疑者自身を指すわけではない。村上氏は「顔写真が届いたら、本人に間違いないことを確認する。あんたのお役に立とう」と訳している。

「たとえ金にならない仕事でも、これで風向きが変わるかもしれない」は<Even a no-charge job was a change.>。清水氏は「金にならない仕事でも、仕事がないよりはましなのだった」と訳している。村上氏は「収入が見込めなくても、気晴らしにはなるかもしれない」と訳している。<change>には「変化、交換」という意味のほかに「小銭」の意味がある。<no-charge>と<change>は金にひっかけた地口だろう。仕事が舞い込んで、金になることを期待して「風向きが変わる」と訳してみた。

『ジャック・オブ・スペード』ジョイス・キャロル・オーツ

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人は自分の見たいものだけを見て、見たくないものは見ないで生きているのかもしれない。ごくごく平凡な人生を生きている自分のことを、たいていの人間は悪人だとは思っていないだろう。でも、それは本当の自分の姿なのだろうか。もしかしたら、知らないうちにずっと昔から自分の心や記憶に蓋をして、自分の見たくない自分を、自分から遠ざけ続けてきたのではないだろうか。ふと、そんなことを考えさせられた。

どちらかと言えば苦手な世界を得意とする作家なのに、『邪眼』、『とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢』で、ハマってしまったジョイス・キャロル・オーツの長篇小説。まあ「とうもろこしの乙女」も、かなり長めの中篇だったから、長篇小説の技量についても疑ってはいない。冒頭、いきなり斧が振り回されるので驚かされるが、次の章からは実に微温的な書きぶりに落ち着いてくるので、ほっとする。だが、これも仕掛けのうちだった。

ニュージャージー郊外の屋敷に妻と二人で暮らす、アンドリュー・J・ラッシュは五十三歳。「紳士のためのスティーヴン・キング」と称される「少しだけ残酷なミステリー・サスペンス小説のベストセラー作家」だ。作品は適度に、不快でも不穏でもない程度の残酷さを持つが、卑猥な描写も、女性差別的なところもない。善意の寄付にも熱心な地元の有名人でもある。そう書けば、ほのぼのとしたストーリーが想像されるが、この作家を知る者なら誰もそんなことは信じない。

アンドリューには秘密がある。大したことではない。「ジャック・オブ・スペード」という別名で、ノワール小説を書いているのだ。ある程度キャリアが安定してきた作家にはよくあることで、「別人格」を作りあげ、全く異なる世界に挑戦したくなるものだ。別人格の作家、ジャック・オブ・スペードは「いつもの私とは違って残酷で野蛮で、はっきりいって身の毛のよだつ作家」である。そのアイデアが浮かぶのは真夜中、奥歯が勝手に歯ぎしりして目を覚ますと、小説のアイデアが浮かんでいるという。

もうお分かりだろう。ロバート・ルイス・スティーヴンソンの『ジキル博士とハイド氏』に代表される解離性同一性障害をテーマにした作品であることの仄めかしである。ただし、薬品によって別人格に変わるジキル氏とちがい、アンドリューは作家として別人格を作り、その名前で小説を書いているだけのことで、故郷の田舎町に住む有名人としては、血まみれの大量殺人が売り物の「身の毛のよだつ作家」が自分だと知られることは避けたくて家族にも秘密にしている。

その完全な隠蔽がふとしたことで危うくなる。出版社が送ってくるたび、地下室の書棚にしまうはずのジャック・オブ・スペードの新作が、机の上に放置されていて、たまたま帰郷していた娘の目に留まる。それは娘の過去の出来事が素材になっていた。誰も知るはずのない私事をなぜこの作家は知っているのか、娘は父に迫るが、偶然の一致というやつだろうとその場は切り抜けた。

さらに厄介な事件が起きる。ある日裁判所から出廷命令書が届く。地元のC・W・ヘイダーという女性がアンドリューを窃盗の罪で訴えたのだ。身に覚えのないアンドリューはパニックに陥る。第一、何を盗んだというのか。裁判所に電話をしてもらちが明かないので、直接本人に電話すると、その女はアンドリューが自分の書いたものを盗作している、と怒鳴り出した。弁護士に言わせると、その女は過去にスティーヴン・キングその他有名な作家にも同じ訴訟を起こしているという。

アンドリューは弁護士に出廷するには及ばないと言われていたにもかかわらず、のこのこと変装までして裁判所に出かけてゆく。それからというもの、ボサボサ髪をした老女の顔や声が、頭にとりついてしまい、執筆に集中できなくなってしまう。証拠として裁判官が朗読した自分の文章が紋切型でつまらないもののように聞こえてしまったのが原因だ。自分をこんな目にあわせた相手を憎むアンドリューの頭の中で、ジャック・オブ・スペードの声が聞こえだす回数が増えてくる。

自分に危機が起きると第二の人格が目を覚まし、過剰に防衛機制をとる。ここでアンドリューに起きているのがそれだ。温厚篤実で良き家庭人、良き夫を任じていたアンドリューに変化が現れてくる。酒量が増え、妻が言ったことを聞きもらす回数が増える。しかし、それが自分のせいだと思えず、妻を疑い、うとましく思うようになる。次第に妻は家を空けることが増え、夫は不倫を疑いはじめ…と事態は思わぬ方向へ。

別人格を抑圧する決め手となる「兄弟殺し」の記憶は『とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢』所収の「化石の兄弟」、「タマゴテングダケ」にも登場する主題で、そこでは双子の兄弟という関係になっている。双生児とは、ある意味もう一人の自分である。もう一人の自分を抑圧することで自分を自分として確立しようとする、その確執と葛藤が主要なテーマとしてジョイス・キャロル・オーツの作品に繰り返し現れていることが見て取れる。

幾つもの変名を使って、別種の本を書くミステリー・サスペンス作家という自分のキャラクター、さらには自分に起きた過去の盗作疑惑までネタにしつつ、小説のアイデアというもののオリジナル性の不確かさや、自分が思いついた物語にはどこかに起源があるのではないか、という作家ならではの拭い去れない恐怖が、生々しいほどに表現されている。せんじ詰めれば、オリジナルなものなどない。すべてはすでに誰かによって書かれている。それを如何に自分のものとして再創造するのか、という主題を扱う手際がこの作家らしい。

『さらば愛しき女よ』を読み比べるー第二章(3)

《「どこへ行ったんだ?」ムース・マロイが訊ねた。
 バーテンダーは思案の挙句、やっとのことで用心棒がよろめきながら通り抜けたドアに視線を向けた。
「あ、あっちは、モンゴメリさんのオフィスでさあ。ここのボスで。あの奥がオフィスになってます」
「そいつが知ってるかもしれん」大男が言った。彼はごくりと酒を飲み込んだ。「そいつも利いた風な口を利かないといいが。同じのを、もう二杯だ」
 大男はゆっくり部屋を横切った。軽い足どりで、何の悩みもなさそうに。大きな背中でドアが隠れた。ドアには鍵がかかっていた。ノブを揺すぶると、鏡板が一枚、片側に飛んでいった。大男は中に入り、ドアを閉めた。
 沈黙が落ちた。私はバーテンダーを見た。バーテンダーは私を見た。何かを考えている眼だった。カウンターを拭きながら、ため息をつき、右手を下に伸ばした。
 私はカウンター越しにその腕をつかんだ。細くて脆そうな腕だ。私は腕をつかんだまま笑いかけた。
「なあ、そこに何があるんだ?」
バーテンダーは唇をなめた。私の腕に体を預けたまま何も言わなかった。輝きを帯びた顔に灰色の翳がさした。
「あいつはタフだ」私は言った。「そして、何をしでかすか分からない。酒がさせるんだ。あの男は昔の女を探してる。当時ここは白人の店だった。ここまではいいか?」
 バーテンダーは唇をなめた。「あいつは長い間ここに来なかった」 私は言った。「八年間もだ。見たところ、それがどれだけ長いのかも分かっちゃいない。私としてはそれが一生分の長さだと悟ってほしかったんだが。ここの者なら女の居所を知っているとあいつは思い込んでるのさ。事情は飲みこめたか?」
 バーテンダーはゆっくり言った。「私はあなたがあの人の連れだと思ってたんで」
「どうしようもなかったんだ。下でものを尋ねられてそのまま上へ連れてこられた。あいつとは初対面だ。しかし、投げ飛ばされるのは気が進まなかった。そこに何があるんだ?」
「ソードオフです」バーテンダーは言った。
「おっと、それは違法のはずだ」私は耳打ちした。「いいか、君は私と組むんだ。ほかには何がある?」
「拳銃があります」バーテンダーは言った。「葉巻入れの中に。腕を放してくださいよ」
「そいつはいい」私は言った。「ちょっと動いてもらおうか、気を楽に、横にだ。今は銃の出る幕じゃない」
「そうは問屋が卸すもんか」バーテンダーは鼻で笑った。私の腕にくたびれた体重をかけながら言った。「そうは問屋が─」
 バーテンダーは口をつぐんだ。眼をぎょろつかせ、頭をぐいと引いた。
 背後で鈍く低い音がした。クラップス・テーブルの向こうの閉まったドアの後ろだ。ドアが急に閉まった音かも知れなかった。私はそうは思わなかった。バーテンダーもそうは思わなかった。
 バーテンダーは凍りついた。口からよだれが垂れていた。私は耳を澄ました。それっきり音はしなかった。私は急いでカウンターの端に向かった。長く耳を澄ませすぎていた。
 大きな音とともに後ろのドアが開き、ムース・マロイがするりと猛烈な突進で通り抜け、急に立ち止まった。足は床に根を生やし、顔には悪賢い薄ら笑いがぼんやり浮かんでいた。
 四五口径のコルト軍用拳銃も彼の手の中にあると玩具にしか見えなかった。
「気取った真似をするんじゃねえ」彼はなれ合い口調で言った。「カウンターの上に両手を置くんだ」
 バーテンダーと私はカウンターの上に両手を置いた。
 ムース・マロイはかき集めるような眼で部屋中を見回した。ぴんと張りつめた薄笑いが顔に釘付けされていた。脚の重心を移動し、黙って部屋を横切った。たしかに一人で銀行強盗をやってのけそうな男に見えた──あんな服装をしていてさえ。
 大男はバーまでやってきた。「手を挙げな、黒いの」彼は静かに言った。バーテンダーは手を高く宙に挙げた。大男は私の背後にまわりこみ、左手を使って注意深く体を探った。熱い息が首にかかった。そして離れた。 
モンゴメリさんもヴェルマがどこにいるか知らなかった」彼は言った。「これに物を言わせようとしたんだ」頑丈な手で拳銃を軽く叩いた。私は振り返って大男を見た。「なあ、おい」彼は言った。「分かってるとは思うが、おれのこと、忘れるんじゃないぜ。警察の連中にはうかつなまねをするな、と言っておいてくれ」彼は銃をぶらぶらさせた。「じゃあな、若造。おれは電車をつかまえなきゃいけない」
 大男は階段の方に歩きはじめた。
「酒代がまだだ」私は言った。
大男は足を止め、注意深く私を見た。
「そこに何があるか知らないが」彼は言った。「あまり、手荒な真似をしたくないんだ」
 大男は立ち去った。滑るように両開きの扉を抜けて。階段を下りる足音が次第に遠ざかって行った。
 バーテンダーが前にかがんだ。私はカウンターの後ろに飛び込んで、男を外へ追い出した。カウンター下の棚の上にタオルをかぶせて銃身を切り詰めたショットガンが置いてあった。横に葉巻入れがあった。葉巻入れの中には三八口径のオートマティックがあった。私は両方取り上げた。バーテンダーはグラスの並んだ棚に体を押しつけていた。
 私はカウンターの端を回って部屋を横切り、クラップス・テーブルの後ろの開いているドアまで行った。その向こうに鍵の手になった廊下があり、ほとんど明かりが見えなかった。用心棒が気を失って床にのびていた。手にはナイフがあった。私はかがみ込んでナイフを引き抜き、裏階段へ投げ捨てた。用心棒はぜいぜいと荒い息をし、手はぐにゃりとしていた。
 私は男をまたぎ「オフィス」と記す黒い塗料の剥げたドアを開けた。
 一部を板で塞いだ窓の近くに疵だらけの小さな机があった。男の上半身が椅子の上で硬直していた。椅子の背凭れは高く、ちょうど男の首筋まであった。頭が椅子の背のところで後ろに折れ曲がり、そのせいで鼻が板で塞がれた窓の方を向いていた。まるで、ハンカチか蝶番をただ折り曲げたように。
 机の右手の抽斗が開いていた。中には真ん中に油の臭いが滲みついた新聞紙があった。そこに拳銃が入っていたのだろう。その時は名案に思えたのだろうが、モンゴメリ氏の頭の位置を見れば、思いちがえてたことが分かる。
 机の上に電話機があった。私はソードオフ・ショットガンを下に置き、警察に電話する前にドアに鍵をかけた。用心のためだったが、モンゴメリ氏は気にする様子もなかった。
 巡回パトロールの警官たちが足音を響かせて階段を上ってきた時、用心棒もバーテンダーも姿を消していて、そこにいたのは私だけだった。》 

バーテンダーは思案の挙句、やっとのことで用心棒がよろめきながら通り抜けたドアに視線を向けた」は<The barman's eyes floated in his head, focused with difficulty on the door through which the bouncer had stumbled.>。清水氏は「バーテンダーの眼は彼の頭の中に浮び上り、用心棒がよろけて出て行ったドアにやっと焦点を合わせた」と訳している。後半はいいが、「バーテンダーの眼は彼の頭の中に浮び上り」は変だ。

村上氏は「バーテンダーの目は顔の中でふらふらしていた。用心棒がよろめきながら消えたドアに焦点を合わせるのが一苦労みたいだった」と訳している。どうやら意味は通じているが、頭を顔に代える訳に無理がある。まず<one's eyes>は「目」ではなく「視線」のことだ。それに<float in>は「(心中に)浮かぶ」という意味で、その後には<face>ではなく<head>とあるからには「頭に浮かぶ」の意味と採らないとおかしい。 

「そいつも利いた風な口を利かないといいが」は<He better not crack wise neither>。清水氏は「こいつもきいたふうなことはいわねえ方がいい」と訳している。<crack wise>は「気のきいたことを言う」という意味。村上氏は「洒落た真似をしないでくれると助かるんだが」と訳している。後で拳銃を取り出すことの仄めかしだろうが、<crack wise>は生意気な口をきくことを意味しているのであって、愚かな行動をとることの意味はない。

「鏡板が一枚、片側に飛んでいった」は<a piece of the panel flew off to one side>。清水氏は「金具がはずれて、とんだ」と訳している。<panel>とは「天井、窓などの一仕切り」を意味するもので、「鏡板、羽目板」と訳されることが多い。どの辞書を見ても「金具」という意味はない。村上氏は「化粧板が片方にはじけ飛んだ」と訳している。「化粧板」というのは「表面が鉋掛けされたきれいな板」というほどの意味で、「鏡板」のように複数の部材<“Maybe you got something there,” he said, “but I wouldn't squeeze it too hard.”>で、ドアのような建具を構成するといった意味はない。

「何かを考えている眼だった」は<His eyes became thoughtful>。清水氏は「彼の眼が異様に輝いた」と意訳しているが、果たしてその必要があるだろうか。原文の簡潔さが消えて、かえってあいまいな印象を与えてしまっている。村上氏は「その目は何かを考えているように見えた」と訳しているが、これでもくどいくらいだ。

バーテンダーはゆっくり言った」は<The barman said slowly>。清水氏は「バーテンダーは蚊のなくような声で言った」と訳している。村上氏は「バーテンダーは言葉を選んで言った」だ。<slowly>に、そんな意味はない。いつもいつも<slowly>を「ゆっくり」と訳してばかりでは芸がない、とでも考えたのだろうか。余計なお世話だ、と思う。作者でもない翻訳者が自分の読みをつけ加えることには賛成できない。<The barman said slowly>くらい普通の読者なら理解できる。

「口からよだれが垂れていた」は<His mouth drooled.>。清水氏は「口をあけたまま(、身動きをしなかった)」と訳している。<drool>には「よだれを垂らす」の意味がある。なぜよだれについて触れていないのか理由が分からない。村上氏は「彼は口からよだれを垂らしていた」と訳している。

「酒代がまだだ」と言ったマーロウに対するマロイの返事が、新旧訳で全く異なっている。原文の<“Maybe you got something there,” he said, “but I wouldn't squeeze it too hard.”>を、清水氏は「お前えが持ってるだろう。なにも、そっくり捲き上げようとはいわねえよ」と訳している。村上氏はそれとはちがって<「そこに何があるのかは知らんが」と彼は言った。「おれなら余計な真似はしねえな」>と訳している。

<squeeze>は「搾り取る」の意味だから、清水訳も理解できないではないが、前半の<you got something there>は、マーロウがバーテンダーに二度繰り返した「そこに何があるんだ」<What you got down there?>を踏まえていると考えられる。そうだとすると、この<something>は金のことではなく銃のことだと思えてくる。

「クラップス・テーブルの後ろの開いているドアまで」は<to the gaping door behind the crap table>。清水氏はここを「骰子テーブルのうしろのドアを開いた」とやってしまっている。そのドアは、さっきマロイが出てきた時に開けたままになっている。文法からいってもそうは訳せない、初歩的なミスだ。村上氏は「クラップ・テーブルの奥の大きく開いているドアの前に」と訳している。