あまりに天気が良かったので、どこかでお昼を食べようと車で出かけることに。紅葉には少し早いから、まだ人も混んでいないだろう室生寺の前にある橋本屋で、ということに話が決まって二人で出かけた。妻の車はなくなったので、私の運転である。今のところ、コルトレーンとマイルスくらいしか入っていないので、ナビに入れておくジャズのCDを五枚ほど持った。ヴォーカルとバラードを集めたものだ。
橋本屋というのは、土門拳が室生寺を撮影する際、常宿にした旅館で、土門拳は山菜料理が気に入っていたという。実は二人とも、この料理がお気に入りで、秋が来ると毎年のように室生を訪れては舌鼓を打ってきた。好物の白和えが絶妙なのだ。席が空いていると、一室貸し切りで料理とともに川を挟んで対岸にある室生寺の紅葉を愛でることもできる。
久居から名張を抜けて宇陀に入るとようやく風景が落ち着いてくる。のんびり走って室生に着いた。ところが、お目当ての橋本屋の玄関に幕が引かれている。普通は定休日かどうかは調べてくるものだが、ここは旅館である。今までも休みだったことはなかった。しかし、長男が働いていることもあり、旅館にも休館日というものがあるのは知っていた。土産物を売る店でうどんくらいは食べられるが、それもつまらない。
通り道で見かけた「室生山上公園」でも見てこようと走り出したが、いつものように適当に走っていくとまた、室生寺の看板が見えてきた。もとに戻るのも変だと思って逆に行ったのがまちがいだったようだ。行けども行けどもそれらしきものに出会えず、ついにはこの間行ったばかりの曽爾高原に通じる山道に迷い込んだ。杣道で対向車に出うのは147で経験済みだが、今回もやっぱり出会った。
狭い道で対抗しようにもかわしきれない。どうやら相手はバックする気がないらしい。妻が車を下りて、タイヤの位置を確かめると、こちらには逃げる余地がない。相手の車の後ろにはもう少し幅があるので、妻が下がってくれるように頼みに行った。少し下がってもらうとうまくすれちがえた。相手も初めての道で余裕がなかったらしい。
「あのひと、この先どんな道が続くか聞かなかったけど、後悔しないかなあ」
と妻が言った。杉林の杣道に山水が流れ出て、濡れ落ち葉が道を覆っている。鬱蒼とした林の中には葉を広げた杉葉を僅かに漏れる光がさすばかりで実にうら寂しい道だった。女性一人ではきっと心細かろう。
秋晴れということもあって、曽爾高原ファームはハイキング姿の人でいっぱいで、レストランも席の開くのを待つ人で入口がふさがっていた。温泉の食堂にしようという妻の提案が当たって、こちらは待たずに座れた。妻は小鉢の定食。私はかつ丼にした。若い頃、旅に出るとかつ丼ばかり食べていたことがある。どこの店にでもあって、そこそこうまいので失敗が少ない。その失敗をしたことがある。あれは平泉の食堂だった。玉ねぎが生過ぎて食べられたものではなかった。
食事も済んで温泉に入った。「お亀の湯」はぬるりとしたお湯が特徴で、源泉かけ流しの浴槽がある。それとサウナを楽しんでから、露天風呂に入った。半分が日陰になっている。岩に頭をもたせて目をつむると、隣で樋から流れる湯の音が聞こえる。客は数人ほどいるが誰もしゃべっていないので湯の流れる音だけだ。この静けさがいい、と思っていると話し声がしはじめた。そういうものだ。妻は先に出て、もうソフト・クリームをなめていた。この前も食べていた。ここには地ビール・ソフトなるものがあるのだが、いつもヴァニラの方にしている。次に来たら地ビール・ソフトを試してみたい。
帰り道、「みつえ高原牧場」への入り口近くで逆光に光る薄の群落を見た。今年はセイタカアワダチソウの勢いが凄まじいが、曽爾高原ではまだまだ薄の方が勢力があるようでほっとした。美杉を通って南勢バイパスに出て、家に帰った。夕飯はシチューの予定だったので、バゲットを買って帰った。シチューができる前に赤ワインを開けたのが悪かった。少しだけと思って食べ始めたパンは、シチューが出来上がったときにはなくなっていた。