marginalia

読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

2015-03-01から1ヶ月間の記事一覧

『海の光のクレア』エドウィージ・ダンティカ

もともとは表題作の短篇がきっかけとなってできた長篇小説。同じ町に暮らし、それぞれがどこかで関わりを持ちながら、それとは気づかない複数の人物が入れ替わり立ち替わり現われては、一つの短篇の主人公を演じてゆき、綯い合わされた幾筋もの糸が縺れあい…

『ヴィーナス・プラスX』シオドア・スタージョン

気がつくと昨日と同じ服を着たまま見知らぬ部屋にいた。男の名前はチャーリー・ジョンズ、二十七歳。すぐに分かることなので説明すると、チャーリーがいるところは未来の地球。核戦争で絶滅した人間に代わり、ドームで覆われた世界レダムに暮らしているのは…

『歌の翼に』トマス・M・ディッシュ

においのようなものがある。自分の好きなタイプの小説かどうかが分かる。書き出しを少し読むだけで伝わってくるものがあるのだ。文体というのでも、話法というのでもない。漠然としていてつかみようがないのだが、そこにはっきり漂っている、まさににおいと…

『グラックの卵』ハーヴェイ・ジェイコブズ他

奇想・ユーモアSFの傑作アンソロジーである。こういう選集は、編者のセンスが物を言う。選ぶ人と感覚が合わないと、何だこれは、ということにもなりかねない。編訳は浅倉久志。個人的にはユーモア小説というのは、特に好きなほうではない。面白い小説は好…

『アジアの岸辺』トマス・M・ディッシュ

短篇集の巻頭を飾る一篇が持つ意味は大きい。初めての作家なら書き出しを読んで、この後読み続けるか、そこで本を閉じるかが決まる。「降りる」は、冷蔵庫内や食器棚に並ぶ日常的な食べ物の羅列ではじまる。あまりSFらしくない開始だ。「60〜70年代の傑作…

『イラクサ』アリス・マンロー

書き出しは謎のような箴言のような一節ではじまる。あるいは、真空管があたたまって回路がつながったラジオから聞こえてくる会話のような。そんな切れ端だけでは、なんともつかみがたい見知らぬ他人の人生の中に土足で入り込んだような落ち着かない気持ちの…

『フロベールの鸚鵡』ジュリアン・バーンズ

生地を訪ねてみれば、偉大な作家が手ひどい扱いを受けている。銅像の一部は欠け落ち、小説に登場する鸚鵡のモデルとなった剥製があろうことか複数の場所に本物として飾られている。作家の名はフロベール。『ボヴァリー夫人』で有名な近代リアリズム小説の巨…

『ディア・ライフ』 アリス・マンロー

「罪。彼女はほかのことに注意を向けていた。なんとしてでも探し求めようとする注意力を、子供以外のものに向けていたのだ。罪」。グレタは女流詩人だった。夫と子どもがいる女にとっては、あまり誉められる生き方ではない。夫は寛容で干渉しないが、積極的…

『小説のように』アリス・マンロー

生者と死者を分かつ境界を、人は苦悩にかられて思いつめる行為を通して越えることができるのだろうか。触法精神障碍者の施設にいる夫からの手紙にあった、死んだ子どもが別の次元に存在するという言葉に動揺する妻を描いた「次元」。マンローの短篇ではお馴…

『林檎の木の下で』アリス・マンロー

短篇集といってまちがいはないのだけれど、通常のそれとはいささか様子がちがう。本文に附された「まえがき」によれば、二部構成の第一部は、スコットランドで羊飼いをしていた一族が新天地を求めてアメリカ(カナダ)に移住し、原野を切り拓いてゆく、いわ…