marginalia

読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

『まぼろしの王都』 エミーリ・ロサーレス

まぼろしの王都
表紙カバーの絵に誘われて手を出したのだが、巻末の著者紹介を読んで、これはどうかな、と思った。というのも、以前読んだ『風の影』という本の編集者と書かれていたからだ。『風の影』は一般的には評判も高かったのだが、読んでみるとそれほどでもなかった。というより、がっかりした。あの本の編集者だったら、同じ傾向のものかもしれない。そう用心して読みはじめたのだが…。

結果的には、予想は半ば的中していた。スペインの歴史を背景にしつつ謎解き興味で引っぱっていく傾向がよく似ていた。半ばというのは、『風の影』よりは読みごたえがあったからだ。とはいっても、これだけの素材を使って料理した作品としては味わいに欠ける憾みがある。特に人物に精彩がない。作者が操る影絵の人形のようで、何を食べてどんな酒を飲んでいるのかさっぱり浮かんでこない。

18世紀の建築家の視点で語られるカルロス五世が計画した都市建設にまつわる物語と、現代の画廊経営者が巻き込まれた女性関係のトラブルが、交互に語られるという構成。歴史的事実をもとに、結局は作られることのなかった「まぼろしの王都」建設のために、ナポリからヴェネチア、そしてサンクト・ペテルブルグへと遍歴する建築家の話はかなり造り込まれていて、それなりに読ませる。

問題は、その建築家の手記と思われる『見えないまちの回想記』という原稿を送りつけられた画廊経営者の話の方だ。イタリア語で書かれているらしいが、独りで読み続けているところから見れば主人公はイタリア語に堪能なはず。それなのに、いくら分厚い書類の束だとしても読み終わるのに何日かかるというのだろう。ティエポロの手になる幻の作品の手がかりが隠されているというのに。普通なら徹夜してでも読むところだ。こういう構成のゆるさが『風の影』に共通する弱点である。

海外旅行が趣味で、ヴェネチアナポリ、サンクト・ペテルブルグを訪れた経験があり、ルネサンスロココあたりの美術や建築に興味のある人なら、それなりに楽しめるかもしれない。