marginalia

読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

新編バベルの図書館

新編バベルの図書館 第1巻
かつては作家別の分冊という形式で同出版社から刊行された「バベルの図書館」シリーズを、数人の作家を出身国別にまとめたものである。新編を名乗ると同時に、以前はペイパーバックの体裁であったものが、上質の紙に余白を充分とった角背ハードカバー、函入りの堅牢な造本となり、書架に蔵するに足る体裁となったのは何よりである。
一冊にまとめるにあたり紙数の制限もあって、どの作家も短篇が多くなるのは当然のことだが、そこには編者の好みがはたらいていることは否めない。しかし、そこはボルヘス、作家、作品を選ぶ鑑識眼はたしかなものだ。厖大な書庫の中から、有名無名を問わず、これといった名品、佳篇を取り揃えてくれている。
何よりうれしいことには一人ひとりの作家について付された序文が簡潔でいて要を得ていることだ。一つの作品につき一行足らずでその本質をつく妙技にはうならされる。序文を読んでから作品に触れると、その作品のどこが評価されるべきかが今更ながらあらためて理解できる。
幽霊譚はもとより、異次元旅行、夢のお告げ、怪談、奇譚に事欠かないが、単なるホラー、怪奇譚のアンソロジーとは趣きを異にする。ボルヘス偏愛の作家、作品を厳選したものである。同じ分身を主題にしたものであっても、料理する作家が異なれば自ずとちがった味わいに仕上がるのも道理。世界中から集められた珍味佳肴の饗宴。その風味をじっくりと味わいたいものである。
第一巻はアメリカ編、ホーソーン、ポー、ロンドン、ジェイムズ、メルヴィルを収める。ポーなどは、「盗まれた手紙」や「群集の人」といった代表作数篇が採られているが、メルヴィルからは「代書人バートルビー」一篇が選ばれている。昨今エンリーケ・ビラ=マタスの『バートルビーと仲間たち』が世評に上り、注目を集めているが、メルヴィルが『白鯨』だけの作家でないことを知るだけでもこの一巻を手にとる値打ちがあるというもの。
続刊として、イギリス編1・2、フランス編、ドイツ・イタリア・スペイン・ロシア編、ラテンアメリカ・中国・アラビア編の全六巻構成である。高尚な文学理論など振りかざすことなく、読書の愉しみを味わい尽くすことだけを考えたような編集方針である。現代においても一向に古びることのない奇想の数々、是非手にとって思うさま堪能されたい。