The Big Sleep
《「お見事な手並みね、マーロウ。今は私のボディガードなの?」彼女の声にはとげとげしい響きがあった。 「そのようだ。ほら、バッグだ」 彼女は受け取った。私は言った。「車はあるのかな?」 彼女は笑った。「男と一緒に来たの。あなたはここで何をしてた…
《軽やかな足音、女の足音が見えない小径をやってくると、私の前にいた男が霧によりかかるように前に出た。女は見えなかったが、やがてぼんやりと見えてきた。尊大に構えた頭に見覚えがあった。男が素早く行動に出た。二つの影が霧の中で混ぜ合わされ、霧の…
《エディ・マーズはかすかに微笑み、それから頷いて胸の内ポケットに手を伸ばした。隅を金で飾った仔海豹の鞣革製の大きな財布を抜き出し、無造作にクルピエのテーブルに投げた。「かっきり千ドル単位で賭けを受けろ」彼は言った。「ご異存がなければ、今回…
《人ごみが二つに分かれ、夜会服を着た二人の男がそれを押し分けたので、彼女のうなじと剥き出しの肩が見えた。鈍いグリーンのヴェルベット地のローカット・ドレスはこういう場にはドレッシー過ぎるように見えた。人込みが再び閉じ、黒い頭しか見えなくなっ…
《黄色い飾帯を巻いた小編成のメキシコ人楽団が、誰も踊らない当世風なルンバを控えめに演奏するのに飽きたのが十時半ごろだった。シェケレ奏者はさも痛そうに指先をこすり合わせると、ほとんど同じ動きで煙草を口に運んだ。他の四人は申し合わせたように屈…
《彼はグラス越しに火を眺め、机の端に置くと、薄手の綿ローンのハンカチで唇を拭った。 「口はたいそう達者なようだ」彼は言った。「が、たぶん腕の方はそれほどでもない。リーガンに特に興味はないんだろう?」 「仕事の上では。それを頼まれてはいない。…
《私がそこに着いたのは九時ごろだった。高目の速球のように決まるはずの十月の月は海辺の霧の最上層で惚けていた。サイプレス・クラブは町外れにあった。だだっ広い木造の大邸宅でドゥ・カザンという名の金持ちが夏の別荘として建てたものだが、後にホテル…
《私は指を折って数えあげた。ラスティ・リーガンは大金と美人の妻から逃げて、エディ・マーズという名前のギャングと事実上結婚していた正体の知れない金髪女とさまよい歩いている。彼が別れの挨拶も告げずに突然消えたのにはいろいろ訳があったのかもしれ…
《私はスターンウッド家には近寄らなかった。オフィスに引き返して回転椅子に座り、脚をぶらぶらさせる運動の遅れを取り戻そうとした。突然風が窓に吹きつけ、隣のホテルのオイル・バーナーから出る煤が部屋の中に吹き下ろされて、空き地を転々とするタンブ…
《グレゴリー警部は頭を振った。「もし彼が稼業でやっているくらい切れるなら、この件も手際よく処理するさ。君の考えは分かるよ。警察は彼がそんな馬鹿なまねをするわけがないと考えるからわざと馬鹿なまねをしてみせるというんだろう。警察の見方からすれ…
《「彼が出て行ったのは九月十六日のことだ」彼は言った。「それについて唯一つ大事なことは、運転手が休みの日で、午後遅くだったというのにリーガンが車を出すところを見た者がいないことだ。四日後、我々はサンセット・タワーズ近くのリッチなバンガロー…
《失踪人課のグレゴリー警部は広い平机の上に私の名刺を置き、その角が机の角に正確に平行になるように置き直した。彼は首を傾げ、ぶつぶつ言いながら名刺を調べると、回転椅子の向きを変え、窓から半ブロック先の裁判所の縞になった最上階を見た。疲れた目…
《五分後、折り返して電話が鳴った。私は酒を飲み終わり、すっかり忘れていた夕食が食べられそうな気分になっていた。私は電話は放っておいて外に出た。帰ってきたときも鳴っていた。それは一定の間隔をおいて十二時半まで続いた。私は灯りを消し、窓を開け…
《車を停めて、ホバート・アームズの前まで歩いてきた時には十一時近かった。厚板ガラスのドアは十時に施錠されるので、私は鍵を取り出した。方形の退屈なロビーの中にいた男が鉢植えの椰子の傍に緑色の夕刊を置き、伸びた椰子の鉢の中に煙草の吸殻を弾き飛…
《「このように事件を揉み消されて警官がどう感じるか、君は知るべきだ」彼は言った。「君には逐一陳述してもらわねばならない――せめて書類の上だけでもな。二件の殺人を別件として処理することは可能だろう。その両方からスターンウッド将軍の名前を外すこ…
《ワイルドは葉巻を振りながら言った。「証拠物件を検分しようじゃないか、マーロウ」私はポケットの中身をさらえて彼の机の上に置いた。三枚の借用書とガイガーがスターンウッド将軍に宛てた名刺、カーメンの写真、それに暗号化された名前と住所が記載され…
《クロンジャガーは私の顔から決して眼をそらさず、私が話す間どんな表情も浮かべることはなかった。話し終えると彼はしばらくの間完璧な沈黙を守った。ワイルドは黙ってコーヒーをすすり、静かに斑入りの煙草を吹かしていた。オールズは彼の片方の親指を見…
《タガート・ワイルドは机の向こうに座っていた。太った中年男で、本当は表情のない顔を友好的な顔つきに見せるのを澄んだ青い眼で間に合わせていた。彼の前にはブラックコーヒーのカップが置かれ、入念に手入れされた左手の指には細身の斑入りの葉巻があっ…
《オールズは立ったまま青年を見下ろしていた。青年は壁に横向きにもたれてカウチに座っていた。オールズは黙って彼を見た。オールズの青白い眉は密生した剛毛が丸くなっていて、ブラシ会社の営業員がくれる小さな野菜用のブラシみたいだった。 彼は青年に訊…
《私は彼に触れなかった。近づきもしなかった。彼は氷のように冷たく、板のように硬くなっているにちがいない。 黒い蝋燭の炎が開いたドアからのすきま風で揺らめいた。融けた蝋の黒い滴がその脇にゆっくり垂れていた。部屋の空気はひどく不快で非現実的だっ…
《ラヴァーン・テラスのユーカリの木の高い枝の間に霧の暈を被った半月が輝いていた。丘の下の家で鳴らすラジオの音が大きく聞こえた。青年はガイガーの家の玄関にある箱形の生垣の方に車を回してエンジンを切り、両手をハンドルの上に置いたまま坐ってまっ…
《私はひと飛びに部屋を横切り、ドアが開くように死体を転がし、身をよじって外に出た。ほぼ真向かいに開いたドアから一人の女がじっと見ていた。彼女の顔は恐怖に覆われ、鉤爪のようになった手が廊下の向こうを指さした。 私は廊下を走り抜けた。タイルの階…
《ブロンドのアグネスは低い声で獣のようなうなり声をあげ、ダヴェンポートの端にあるクッションに頭をうずめた。私は突っ立ったまま、彼女のすらりと長い腿に見とれていた。 ブロディは唇を舐めながらゆっくり話した。「座ってくれ。もう少し話すことがある…
《口裏を合わせておかなきゃいけないな?」私は言った。「たとえば、カーメンはここにいなかった。それがいちばん大事だ。彼女はここにいなかった。君が見たのは幻影だ」 「何と!」ブロディは鼻で笑った。「あんたがそうしろというのなら――」彼は片手の掌を…
《私は折り返されたフレンチウィンドウのところへ行き、上部の小さく割れたガラスを調べた。カーメンの銃から出た銃弾は殴ったみたいにガラスを砕いていた。穴を作ってはいなかった。漆喰に、目を凝らせばわかるくらい小さな穴があった。私はカーテンで割れ…
《私はブロディのところまで行き、彼の腹に自動拳銃を突きつけ、彼のサイド・ポケットの中のコルトに手を伸ばした。私は今では目にした銃をすべて手にしていた。それらをポケットの中に詰め込んで、片手を彼の方に出した。 「もらおうか」 彼はうなずき、唇…
《彼はそれが気に入らなかった。下唇は歯の下に引っ込み、眉根は下がり眉山が尖った。顔全体に警戒感が走り、狡く卑しくなった。 ブザーは歌いやまなかった。私もそれは気に入らなかった。もしかして訪問者がエディ・マーズと彼の部下だったら、私はここにい…
《じんわりした苦しみと激しい怒りを封じ込めた無理無体な混ぜ物の中に彼女は落ち込んだ。銀色の爪が膝を掻きむしった。 「この稼業はなまくら者には向いていない」私はブロディに親しさを込めて話しかけた。「君のようなやり手を探してるんだ、ジョー。君は…
《カーテンが横に引かれ、緑色の目をして太腿を揺らしたアッシュブロンドが部屋に仲間入りした。ガイガーの店にいた女だ。彼女は切り刻みたいほど憎んでいるとでもいうように私を見た。鼻孔は縮み上がり、暗さを増した眼は二つの陰になっていた。とても不幸…
《数は多くないが趣味のいい家具が置かれた快適な部屋だった。壁の奥に開けられた石敷きのポーチに通じるフレンチ・ウィンドウからは山麓の夕暮れが見渡せた。西壁の窓の近くに閉じられたドアが、玄関ドアの近くには同じ壁にもう一つドアがあった。最後の一…