marginalia

読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

2015-02-01から1ヶ月間の記事一覧

『愛の深まり』 アリス・マンロー

アリス・マンローの短篇小説を読んでいると、小さい頃身近にいた、嫁の愚痴を聞かせるために早朝まだ鍵のかかっている我が家を訪れた祖母の念仏仲間や銭湯の床に長々と長躯を伸べて体操をする車引き上がりの隣家の隠居といった、いまだにくっきりとした映像…

『善き女の愛』アリス・マンロー

映画『スタンド・バイ・ミー』風にはじまるのが、表題作『善き女の愛』。春の朝、三人の少年が初泳ぎを自慢するために出かけた川で見つけたのは、近くに住む検眼士のウィレンズの死体だった。第三者の視点でひとしきり小さな田舎町を素描したかと思うと章が…

『バディ・ボールデンを覚えているか』マイケル・オンダーチェ

『バット・ビューティフル』の「あとがき」でジェフ・ダイヤーが誉めていたので、どんな本だろうと思って読んでみた。何人ものジャズ・ミュージシャンの人生の一場面を「想像的批評」という方法で活写した本の書き手が称揚するだけに、かろうじて写真一枚を…

『マリアが語り遺したこと』コルム・トビーン

原題は“The Testament of Mary”。「マリアによる聖書」とでも訳せばいいのだろうか。マリアは頭に「マグダラの」とつかない方のマリアである。ブッカー賞の候補に挙がったそうだが、冒涜的だという批判の声が上がり、候補にとどまった。作者コルム・トビーン…

『101/2章で書かれた世界の歴史』ジュリアン・バーンズ

世界の歴史という割には、思いっきり西洋それもキリスト教世界中心。日本人もインディオも賑やかしに出てはくるが、料理でいえば刺身のつま。どんな料理でも注文できる場所で朝昼晩食べたいのが、ベーコン・エッグスとベイクド・トマトの乗っかったイギリス…

『バット・ビューティフル』ジェフ・ダイヤー

村上春樹の小説は読まないが、彼の訳になる小説やエッセイ類には結構お世話になっている。特にチャンドラーの翻訳と、ジャズ関係の文章は必ずといっていいほど目を通す。一昔前、植草甚一氏が果たしていた役割。ニュー・ヨークの本屋やレコード店をめぐって…

『敗者の身ぶり』中村秀之

「身ぶり」という、それ自体は曖昧な多義性を持つものを、意識的、無意識的を問わず、ある時代に固有の精神や経験を具現するものと読むことで、講和条約発効前後に発表された日本映画を分析したもの。テマティスム批評の流れを汲む映画批評である。採りあげ…

『怪奇文学大山脈Ⅲ』荒俣宏編纂

このシリーズも三巻目。副題に「西洋近代名作選 諸雑誌氾濫篇」とあるとおり、二十世紀の西洋怪奇文学を広く雑誌に渉猟したものである。70年代に日本でも怪奇幻想文学がブームを呼び、夢野久作や久生十蘭、小栗虫太郎などの作品が次々と復刊され、読み漁った…

『ジョン・コルトレーン「至上の愛」の真実』アシュリー・カーン

「マイルス・デイヴィス『カインド・オブ・ブルー』創作術」を書いた音楽ジャーナリストが柳の下の泥鰌をねらって(かどうかは知らないが)世に問うた「レコード本」の二作目である。邦訳に引きずられていったいどんな真実が明かされるのだろうと期待しては…

『ダールグレンⅡ』サミュエル・R・ディレイニー

煙に閉ざされた灰色の都市ベローナに腰を据えた「キッド」は、レイニャとの会話から自分がまた狂いはじめているのかと疑惑を抱きながら街を徘徊する。スコーピオンズの<ねぐら>に寝泊りすることで、しだいにリーダー的存在に昇格し、グループを仕切ってい…

『ダールグレンⅠ』サミュエル・R・ディレイニー

暴動が起き、多くの人々が逃げ出した都市ベローナにやってきた男は自分の名前さえ忘れていた。街は荒廃し、昼間でも煙に覆われている。理由は分からないが政府や他都市から隔絶されて救援の手は届かず、医療や日々の食事にも窮する在り様。残った人々はコミ…

『ウッツ男爵』ブルース・チャトウィン

副題にある通り、ある蒐集家の物語。かねがね北方ルネサンスに興味を抱いていた語り手の「私」は、雑誌編集者からルドルフ二世――アルチンボルドが野菜と果物で肖像画を描いた、錬金術に関する厖大な蒐集でも知られる神聖ローマ皇帝――について書くように依頼…