marginalia

読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

The Lady in the Lake

『湖中の女』を訳す 第五章(1)

どうして<a high granite outcrop>を複数扱いで訳しているのだろう 【訳文】 サン・バーナディーノは午後の熱気で焼かれ、ぎらぎらと揺らめいていた。空気は舌に火ぶくれができそうなほど熱かった。喘ぎながらそこを通り抜ける途中、一パイント瓶を買う間…

『湖中の女』を訳す 第四章(2)

<Nervous Nellie>を「ビビリのビリー」と訳してみた 【訳文】 私はアルモア医師に注意を戻した。今は電話に出ていたが、口は動かさず、受話器を耳にあて、煙草を吸いながら、待っていた。それから、相手の声が戻ってきたとき誰もがするように、身を乗り出…

『湖中の女』を訳す 第四章(1)

屋根の<tiles>は「タイル」じゃなくて「瓦」だろう。 【訳文】 横長の、奥行きのない家で、薔薇色の化粧漆喰仕上げの壁がほどよくパステル調に色褪せ、窓枠はくすんだ緑色で縁どられていた。屋根は緑の瓦葺きで、肌理の粗い丸瓦だ。正面壁を刳った奥に、色…

『湖中の女』を訳す 第三章(3)

<the veneer peel off>を「化けの皮がはげる」と訳すのはうまい。 【訳文】 彼は煙草の灰をテーブルのガラス天板の上に慎重に落とした。そして、上目づかいにちらっと私を見て、すぐに目をそらした。「待ちぼうけを食わせたんだ」彼はゆっくり言った。「俺…

『湖中の女』を訳す 第三章(2)

<in the way of ~>は「~の点では」という条件がついている 【訳文】 レイヴァリーは勢いよくドアを閉め、ダヴェンポートに座った。打ち出し細工を施した銀の箱から煙草を一本ひっつかんで火をつけ、いらだたし気にこちらを見た。私は向かい合って座り、…

『湖中の女』を訳す 第三章(1)

<burl walnut>というのは、ふし瘤のあるウォールナットのこと 【訳文】 アルテア・ストリートは、深い峡谷にV字の形に広がる土地のいちばん奥にあった。北は冷たく青い海岸線がマリブあたりの岬までのび、南はコースト・ハイウェイに沿って続く断崖の上に…

『湖中の女』を訳す 第二章(3)

五セントのはずの<nickel>が、二セントや十セントになる不思議 【訳文】 「他にもっと多くのことが起きているかもしれません」私は言った。「レイヴァリーと駆け落ちしたものの、喧嘩別れした。他の誰かと駆け落ちして電報は冗談だった。一人で家を出たか…

『湖中の女』を訳す 第二章(2)

<homewrecker>は女の尻を追いかける「泥棒猫」のこと 【訳文】 彼は鍵のかかった抽斗を開けるために椅子を後ろに退き、折り畳んだ紙片を取り出して渡してよこした。広げてみると電報用紙だった。電報は六月十四日 午前九時十九分にエルパソで打たれたもの…

『湖中の女』を訳す 第二章(1)

<call down>は「酷評する、けなす、こき下ろす」 【訳文】 それはプライベート・オフィスたるもの、そうあるべき部屋だった。奥行きがあり、ほの暗く、ひっそりして空調が効いていた。窓は閉まり、灰色のベネシアン・ブラインドを半ば閉じて、七月のぎらつ…

『湖中の女』を訳す。第一章(2)

<rear back>は「後退り」ではなく「後ろ脚で立つ」ことだ。 【訳文】 半時間がたち、煙草を三、四本吸い終わった頃、ミス・フロムセットの背後のドアが開き、二人の男が笑いながら後ろ向きに出てきた。三人目の男がドアを抑え、二人に調子を合わせていた。…

チャンドラー『湖中の女』を訳す 第一章(1)

【はじめに】 ずぶの素人がまるまる一冊、長篇小説を訳してみようと無謀な試みを思い立ったには訳がある。村上春樹氏がチャンドラーの長篇の新訳を出したことで、新訳について様々な意見が巻き起こった。旧訳でなじんできた読者に新訳が違和感を持って迎えら…