marginalia

読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

The Lady in the Lake

『湖中の女』を訳す 第三十二章

<viaduct>は跨線橋ではなく高架橋。実在するポスターの汽車は橋の上を走っている。 【訳文】 32 ジンの匂いがした。冬の朝ベッドから出るために四、五杯引っかけたというようなさり気ないものでなく、太平洋が生のジンで、ボート・デッキから飛び降りた…

『湖中の女』を訳す 第三十一章(2)

バランスを崩しかけたら、ふつう何かにつかまろうとするだろう。 【訳文】 「君はこの役を見事に演じてるよ」私は言った。「この混乱した無邪気な女のなかに透けて見える冷たさや辛辣さを含めてね。みんな君のことを大間違いしていた。君は頭が悪くて抑えが…

『湖中の女』を訳す 第三十一章(1)

<frozen-faced>は「氷を削ったみたいな顔」だろうか? 【訳文】 31 彼女はまだグレイのコートを着ていた。ドアから離れて立っていたので、その前を通って、ツインの壁収納ベッドとありきたりの家具を最小限備えつけた四角い部屋に入った。窓辺のテーブル…

『湖中の女』を訳す 第三十章

<the hard rubber-smelling silence>は「ゴムの匂いのする硬質な沈黙」でいいのか? 【訳文】 30 ピーコック・ラウンジの狭い正面は、ギフト・ショップと隣り合わせていた。ショップのウィンドウの中ではクリスタルの小さな動物の一群れが街灯の光を浴びて…

『湖中の女』を訳す 第二十九章

「すまじきものは宮仕え」というのが今のマーロウの心境 【訳文】 29 深夜らしく控えめなノックの音がして、私はドアを開けに行った。クリーム色のシェトランドのスポーツコートを着て、ざっと立てた襟の内側に緑と黄色のスカーフを首に巻いたキングズリーは…

『湖中の女』を訳す 第二十八章

<have a line on>は「~に関する情報を持っている」 【訳文】 ウェバーは静かに言った。「ここでは、我々のことをただの悪党だと思っている人もいるだろう。連中はこう思っている。妻を殺した男が、私に電話をかけてきて言う。『やあ、警部。ちょっと殺人…

『湖中の女』を訳す 第二十七章

<corner office>は二つの壁面が窓になった、眺めのいい重役室のこと 【訳文】 ウェバー警部はその少し曲った尖った鼻を机越しにこちらに突き出して言った。「かけたまえ」 私は丸い背凭れの木の肘掛け椅子に腰を下ろし、左脚を椅子の角張った縁からそっと…

『湖中の女』を訳す 第二十六章

<dismal flats>は「見すぼらしい家屋」ではなく「海岸沿いの湿地」 【訳文】 監房棟はほとんど新品同様だった。軍艦の灰色に塗られた鋼鉄の壁や扉は、二、三ヵ所、噛み煙草の唾を吐かれて外観を損ねていたが、まだ塗りたての鮮やかな光沢を保っていた。頭…

『湖中の女』を訳す 第二十五章

<touched>は「気がふれた、頭が変だ」 【訳文】 ウェストモアは街外れを南北に走る通りだ。私は北に向かって車を走らせた。次の角で、もう使われていない都市間鉄道の線路をがたごとと横切り、一区画まるごと廃車置き場になっているブロックに入った。木製…

『湖中の女を訳す』第二十二章

<bought myself a drink>が、「一人で一杯やる」という訳になる理由 【訳文】 ハリウッドに戻ってきて、オフィスに上がったのは夕暮れ時だった。ビルは空っぽで、廊下もしんとしていた。各室のドアは開いていて、中では真空掃除機や乾いたモップやはたきを…

『湖中の女』を訳す 第二十一章(2)

拳は握りしめられたのか、それとも解かれたのか? 【訳文】 私は言った。「私はロスアンジェルスのある実業家のために働いている。自分が噂の種になりたくなくて、私を雇ったわけだ。ひと月ほど前、彼の妻が家出した。そのあと、レイヴァリーと駆け落ちした…

『湖中の女』を訳す 第二十一章(1)

「大いなる熱意を込めて命令通りに行動した」とは何のことやら? 【訳文】 最初に入って来たのは、警官にしては小柄な、頬のこけた中年男で、いつも疲れているような表情をしていた。とがった鼻は少し片方に曲がっている。まるで何かを嗅ぎまわっているとき…

『湖中の女』を訳す 第二十章

<be+being+形容詞>は「いつもはちがうが、今は~している」 【訳文】 レイヴァリーの家の前に警察車両は停まっていなかった。歩道をうろつく者もなく、玄関扉を押し開けても、葉巻や煙草の煙の匂いはしなかった。窓に差していた陽が消え、蠅が一匹、片一…

『湖中の女を訳す』第十九章

<thumb in one's eye>は「悩み(頭痛)の種」 【訳文】 彼女はハンカチに目を止め、私を見て、鉛筆を手に取り、端に付いている消しゴムで小さな麻の布をいじった。「何がついてるの?」彼女は訊いた。「蠅捕りスプレー?」「サンダルウッドの一種、だと思…

『湖中の女を訳す』第十八章(2)

<touch>は、「殺し」の合言葉 【訳文】 彼女は少しばかり考えていた。途中で一度ちらっと私の方を見て、また目をそらした。「ミセス・アルモアに会ったのは二度だけ」彼女はゆっくり言った。「でも、あなたの質問には答えられると思う――すべてね。最後に会…

『湖中の女を訳す』第十八章(1)

<Come and see my etchings>は「ちょっと家に寄らないか」という誘い文句 【訳文】 アスレティック・クラブは、通りをはさんだ四つ辻の角にあった。トレロア・ビルディングから半ブロックほど行ったところだ。私は通りを北に横切って入口に向かった。以前…

『湖中の女を訳す』第十七章(2)

香水についても詳しくないと、私立探偵はつとまらない。 【訳文】 「ろくでなしめ」彼は声を低くした。「あいつはあれを見限ったんだろう」「そいつはどうかな」私は言った。「あなたにとっては動機が不充分だったんじゃ、文明人だからという理由でね。でも…

『湖中の女を訳す』第十七章(1)

< in a nice way>は「いい意味で」 【訳文】 アスレティック・クラブのベルボーイは三分後に戻ってきて、一緒に来るようにうなずいた。四階まで上がり、角を曲がったところで半開きのドアを私に示した。「左に折れたところです。できるだけお静かに。何人…

『湖中の女を訳す』第十六章

<ingenuous>は「純真な」という意味。まさか<genius>と誤読したのか? 【訳文】 階下の廊下は両端にドアがあり、中ほどにもドアが二つ並んでいた。一つはリネン・クローゼットで、もう一つには鍵がかかっていた。突き当たりまで行って予備の寝室を覗いて…

『湖中の女』を訳す 第十五章(2)

<knee crack>は膝の立てる間接音のこと 【訳文】 銃を取ろうと手を伸ばしたが、私の手は卵の殻のようにこわばって、今にも壊れてしまいそうだった。私は銃を受け取った。女はさも嫌そうに銃把に巻きついていた手袋の臭いを嗅いだ。そして、それまでと同じ…

『湖中の女』を訳す 第十五章(1)

<the dickens>は<the devil>と同じで「一体全体、どうして」 【訳文】 アルテア・ストリートの交差点を過ぎて交差道路に入り、渓谷の端で行き止まりになっている、歩道と白い木の柵に囲まれた半円形の駐車場に行き着いた。しばらくの間、車の中に座り、…

『湖中の女』を訳す 第十四章

<sit across the room from someone>は「向かい合って座る」とは限らない 【訳文】 冷え冷えとした緑色の水底で腕に死体を抱いている夢を見た。死体の長い金髪が私の目の前を漂い続けている。目が飛び出し、体が膨れ、腐った鱗がぬらぬら光る巨大な魚が、…

『湖中の女』を訳す 第十三章(2)

<tight>も<mean>も、金がからむと、少々意味が下卑る 【訳文】 男はほとんど踊るように入ってきて、かすかに薄笑いを浮かべながら私を見て立っていた。「飲むかい?」「ああ」彼は冷ややかに言った。自分でたっぷりとウィスキーを注ぎ、ちょっぴりジンジ…

『湖中の女』を訳す 第十三章(1)

<drink of water>は「飲料水」ではなく「長身で痩せた男」 【訳文】 十一時頃、平地に降りてきて、サン・バーナーディーノのプレスコットホテルの脇にある斜めに区切られた駐車場の一つに車を停めた。トランクからオーバーナイトバッグを取り出し、三歩ほ…

『湖中の女』を訳す 第十二章(2)

<ponderous>は「大きくて重い、動作がのっそりしている」 【訳文】 オフィスにたどり着いたら パットンは電話中で、ドアには錠が下りていた。話しが済むまで待たなければならなかった。しばらくすると電話を切り、錠を開けてくれた。 私は彼の脇を通り過ぎ…

『湖中の女』を訳す 第十二章(1)

<tissue paper>は「薄葉紙」。「ティッシュペーパー」ではない。 【訳文】 ゲートから三百ヤードほどのところで、去年の秋に落ちたオークの枯れ葉に覆われた細い小径が、大きな花崗岩の丸石の周りを回って消えていた。その道をたどって、露頭の石に沿って…

『湖中の女』を訳す 第十一章(3)

<feel bad>は「不愉快」ではなく「同情する、気の毒に思う」 【訳文】 「その女には会ったことがない」私は言った。「だから、何をするか見当もつかない。ビルは一年ほど前にリヴァーサイドのどこかで出会ったと言っていたが、それまでに長く込み入った物…

『湖中の女』を訳す 第十一章(2)

パットンが帽子をとって髪をくしゃくしゃにするのは考え事をするときだ 【訳文】 パットンは立ち上がり、小屋のドアの鍵を開けた。香ばしい松の匂いが部屋中に流れ込んできた。彼は外にぺっと吐き、また腰を下ろして、ステットソンの下のくすんだ茶色の髪を…

『湖中の女』を訳す 第十一章(1)

<the back>は「(椅子)の背」の部分。自分の背なら<on my back>だ 【訳文】 私道を塞ぐゲートには南京錠がかかっていた。二本の松の木の間にクライスラーを押込み、ゲートをよじ登って、忍び足で道の縁を歩いた。突然、足下に小さな湖の光が微かにきら…

『湖中の女』を訳す 第十章

<across the road>は「道を横切る」ではなく「道路の向こう側」 【訳文】 革製の犬の首輪をつけた、人馴れた牝鹿が目の前の道路の向こう側をうろついていた。その首筋のざらついた毛を軽く撫でてやり、電話局の中に入った。小さな机に向かって帳簿の整理を…