2019-01-01から1年間の記事一覧
南伊勢町に無料開放している庭があって、今ササユリが見頃だ、という話を妻が聞きつけてきた。ボランティア仲間との作業に忙しいのは大変だが、こういう情報交換のお土産がある。なんでも、土日月だけの公開で、今日を逃すと来週はもう見られないという。 そ…
暑くなってきた。夏毛に生え変わる時期だからか、ニコの抜け毛がすごい。毎朝夕櫛で梳いても、もくらもくらと毛がついてくる。我が家に来たばかりのころは、さわられるのが嫌で、よく逃げられたものだが、最近は櫛を入れると、グルグルと喉を鳴らす。 冬から…
18-2 【訳文】 《縞のヴェストに金ボタンの男がドアを開けた。頭を下げ、私の帽子を受け取れば、今日の仕事は終わりだ。男の後ろの薄暗がりに、折り目を利かせた縞のズボンに黒い上着を着て、ウィング・カラーにグレイ・ストライプ・タイをしめた男がいた。…
18-1 【訳文】 《海に近く、大気中に海の気配が感じられるのに、目の前に海は見えなかった。アスター・ドライブはその辺りに長くなだらかなカーブを描いていた。内陸側の家もそこそこ立派な建物だったが、渓谷側には巨大な物言わぬ邸宅が建ち並んでいた。高…
今日は長男の仕事が休みということで、趣味の離島行きに誘われた。島のいきのいい寿司を食べ、温泉につかるという。妻が乗り気だというので慌てて支度をした。といっても、たかが知れている。替えの下着、靴下とタオルを用意するだけのことだ。船の出る時間…
【訳文】 《寝具の下で女のからだは木像のように硬直した。目蓋も凍りついた。縮んだ虹彩を半分覆った位置で。息は止まった。「信託証書が高額すぎてね」私は言った。「この辺りの物件の価格からいうとだが。リンゼイ・マリオットなる人物の所有になる債権だ…
十連休も折り返しに入った。退職後は、毎日が連休みたいなものだから、連休が何日続こうが別にどこへ出かける予定もない。それよりも、なまじ観光地に住んでいるので無駄に道が混むのに閉口する。 それにしても、朝からいい天気だ。妻もどこかに出かけたそう…
17 【訳文】(1) 《呼び鈴を鳴らそうが、ノックをしようが、隣のドアから返事はなかった。もう一度試してみた。網戸の掛け金は外れていた。玄関ドアを試してみた。ドアの鍵は開いていた。私は中に入った。 何も変わっていなかった、ジンの匂いすらも。床に…
16 【訳文】 《そのブロックは前日に見たのとそっくり同じだった。氷屋のトラックと私道の二台のフォードを除けば通りは空っぽで、角を曲がったところでは砂埃が渦を巻いていた。私は車をゆっくり走らせて一六四四番地の前を通り過ぎ、離れたところに停め、…
15 【訳文】 《女の声が答えた。乾いたハスキーな声で外国なまりがあった。「アロー」「アムサーさんとお話ししたいのだが」「あのう、残念です。とってもすみません。アムサー電話で話すことありません。わたし秘書です。伝言をお聞きしましょう」「そこの…
14【訳文】(2) 《電話のベルが鳴り、上の空で電話に出た。冷静で非情な、自分を優秀だと思い込んでいる警官の声。ランドールだ。決して声を荒らげることはない。氷のようなタイプだ。「通りすがりだったんだよな、昨夜ブルバードで君を拾ってくれた娘は?…
14 【訳文】 《私はロシア煙草の一本を指で突っついた。それからきちんと一列に並べ直し、座ってた椅子をきしませた。証拠物件を捨ててはいけない、というからには、こいつは証拠品だ。しかし、何の証拠になる? 男がときどきマリファナ煙草を吸っていて、何…
昨日、トリミングしてもらったばかりのニコ。長く伸びたフリルや指の間から伸びた毛を短くカットしてもらって、ひと回り小さくなった。 二階ホールの手摺子の前で、ちょっとおすまし。寒い間、寝室のベッドの上や陽のあたる南向きの窓ばかりにいたニコが、陽…
《見るたびに好ましくなる顔だ。目の覚めるようなブロンドなら掃いて捨てるほどいる。しかし、この娘の顔は見飽きるということのない顔だ。私はその顔に微笑んだ。「いいかい、アン。マリオット殺しはつまらんミスだ。今回のホールドアップの背後にいるギャ…
《ブロンドだった。司祭がステンドグラスの窓を蹴って穴を開けたくなるような金髪だ。黒と白に見える外出着を着て、それにあった帽子をかぶっていた。お高くとまっているように見えるが、気になるほどではない。出遭ったが最後、相手を虜にせずには置かない…
《彼女は煙草をもみ消した。口紅はついていなかった。「こうやってあなたを煩わせているのは、私としては警察とうまくやる方が手間が省けると言いたいだけ。昨夜言っておくべきだったわね。それで今朝、事件の担当者を探し当てて会いに行ってきた。初めは、…
今日のお昼は大根もち。 この間から、妻が材料を用意していた。 私の仕事は大根のおろし番だ。ピーラーで皮をむいてからおろし始めた。 350グラムほどおろした。おろし金は銅製の本格的な物で、けっこう力がいる。 後はお願いをして、本を読んでいたらお…
めずらしく、ニコが書斎にやってきた。 朝早くに目を覚まし、朝ご飯の催促か、トンと足音を立てて椅子から下り、私が起きるのをドアのところで待っていた。カーディガンをひっかけてドアまで行くと、いそいそと階段を下りて居間に入っていく。 家中のドアは…
《白檀のあるかなきかの微香が私の前を通り過ぎた。立ち止まった女が見ていたのは五つの緑のファイリングケース、擦り切れた錆色の敷物、埃をかぶった家具、それにお世辞にも清潔とはいえないレース・カーテンだった。「電話に出る人が必要ね」彼女は言った…
「鈴鹿の森庭園」 外に出ることがあまりない。気分転換と称し、近所を半時間ばかり歩くのが習慣になっている。それでも季節の移り変わりには目が留まる。めっきり暖かくなってきて、どこの家の庭でも梅が見ごろだ。特に紅梅の色が目に鮮やかで、陽気のせいか…
13 《九時に目を覚まし、ブラック・コーヒーを三杯飲んだ。氷水を使って後頭部を洗い、アパートメントのドアに投げ入れられていた朝刊二紙に目を通した。ムース・マロイにまつわる二幕目の小さな記事があるにはあったが、ナルティの名前はなかった。リンゼイ…
ずっと使っていなかったデジタル一眼。バッテリー切れで、充電がきかなくなっていた。新しいバッテリーを買って、カメラは動いたのだが、撮った写真をパソコンに取り込もうとしたら、今度はカード・リーダーがいうことを聞かない。 ドライバを更新してもだめ…
《ランドールは首を振った。「もし、組織的な宝石強盗団なら、よほどのことでもない限り人は殺さない」彼は突然話を打ち切り、眼にどんよりした膜がかかった。ゆっくりと口を閉じ、固く結んだ。思いついたのだ。「ハイジャック」彼は言った。 私はうなずいた…
先日、書斎で本を読んでいると妻が慌ただしくドアを開けて「あなた大変、ニコまた病院に行かなきゃ」という。聞けば、トイレに敷いてあるシートにきらきら光るものがあるという。尿路結石にかかった猫が出すストラバイト結石らしい、と。 最近、ニコは元気で…
《「少し遡って考えてみようか?」彼は言った。「誰かがマリオットとその女を襲い、翡翠のネックレスその他を強奪した後、推定価格よりかなり安価と思われる値での売却を持ちかける。マリオットが支払いの交渉にあたり、自分一人でやると言い出した。相手が…
12 《一時間半後。死体は運び去られ、あたり一帯は入念に調べられ、私は同じ話を三回か四回繰り返させられた。我々は四人で、西ロサンジェルス警察署の当直警部の部屋に腰をおろしていた。早朝ダウンタウンの裁判所に送られるのを待つ、酔っ払いが独房でオー…
《明かりが地面に垂れていた。私は財布を戻し、ペンシル・ライトをポケットにクリップで留めると、とっさに女がまだ懐中電灯と同じ手に持っていた小さな拳銃に手を伸ばした。女は懐中電灯を落とし、私は銃を手にした。女がさっと身を引いたので、私はかがみ…
11 《坂道を半分ほど登ったところで、右の方に目をやると左足が見えた。女は懐中電灯をそちらに振った。それで、全身が見えた。坂を下りてくるとき、当然見ているはずだった。だが、そのとき私は地面の上にかがみ込み、白銅貨(クォーター)大のペンシル・ラ…
《「そこを動かないで」娘が腹立たし気に言ったのは、私が足をとめてからだった。「あなたは誰なの?」「君の銃を見てみたい」娘は光の前に掲げて見せた。銃口は私の腹に向けられていた。小さな銃だった。コルト・ベスト・ポケットのようだ。「なんだ、それ…
《車が停まっていた場所に行き、ポケットから万年筆型懐中電灯を取り出し、小さな光で地面を調べた。土壌は赤色ロームで、乾燥すると非常に固くなるが、乾上るほどの気候ではなかった。少し霧がかかっていて、地面は車の停まっていた跡を残す程度の湿気を帯…