marginalia

読んだ本の話や一緒に暮らす猫のこと、それと趣味ではじめた翻訳の話など。

2013-01-01から1年間の記事一覧

『春の祭典』アレホ・カルペンティエール

「彼らを見なよ。企業の国営化に対抗して、ヤンキーたちがこれから輸出規制を強化することを知っていながら、彼らは歌っている。この国の食料品店は空っぽになるだろうし、車は交換部品や燃料の不足から止まってしまうだろう。歯ブラシ一本、タイプライター…

『石蹴り遊び』フリオ・コルタサル

幻想的な短編小説の名手フリオ・コルタサルの筆になる、あまりにも有名な長篇小説。何がそんなに有名なのかは後で説明するとして、まずはざっとあらすじを述べる。主人公は、作家自身をいやでも思い浮かべてしまうブエノスアイレス出身で、パリでボヘミアン…

長谷寺

いい日和が続く。風は少々あるが、気温はかなり高くなるという予報。オープン・カーとはいうものの、買ってしばらくは真冬でも屋根を開けて走ったが、夏の暑さと冬の寒さは厳しく、近頃では屋根を閉めて走ることが多くなっていた。GW前に妻が包丁で指を切…

長谷寺

いい日和が続く。風は少々あるが、気温はかなり高くなるという予報。オープン・カーとはいうものの、買ってしばらくは真冬でも屋根を開けて走ったが、夏の暑さと冬の寒さは厳しく、近頃では屋根を閉めて走ることが多くなっていた。GW前に妻が包丁で指を切…

近長谷寺

GWも後半に入り、我が家の前の旧街道もいつにもまして車の行きかう音がたえない。幸い寒さも峠を越したらしく、降り注ぐ日ざしのあたたかさに誘われてどこかにでかけたくなった。何処に行こうか。一応観光地なので、どこにいっても人出が多い。あまり人の…

近長谷寺

GWも後半に入り、我が家の前の旧街道もいつにもまして車の行きかう音がたえない。幸い寒さも峠を越したらしく、降り注ぐ日ざしのあたたかさに誘われてどこかにでかけたくなった。何処に行こうか。一応観光地なので、どこにいっても人出が多い。あまり人の…

『翻訳に遊ぶ』木村榮一

ラテン・アメリカ文学にはまっている。一昔前にもなろうか、ラテン・アメリカ文学のブームが起きた。何事によらず、ブームとか流行とかには縁がなく、ほとぼりが冷めて人々が熱気を失いはじめたころになって興味を覚える天邪鬼な性行があり、今頃になって絶…

『キャンバス』サンティアーゴ・パハーレス

井伏鱒二が、自作の『山椒魚』を自選集に収めるに際し、結末部分をばっさり削除してしまった事件を思い出した。教科書にも載っている有名な作品を、いくら作者であっても勝手に改編することが許されるのか、暴挙ではないか、というのが批判する側の論拠であ…

『新編バベルの図書館3』ボルヘス篇

薄明の書斎に座しながら記憶に残る文章の回廊を逍遥し、世に隠れた幻想怪奇譚の名品を蒐集、バベルの名を冠したビブリオテカに保存し、好古の士の閲覧に供さんと企てられたこのシリーズ。第三巻目はイギリス編その二。ボルヘスの手が掬い上げた作家はスティ…

『遠い女』フリオ・コルタサル他

表題作「遠い女」を含むフリオ・コルタサル作五編は、ボルヘスに激賞されたといわれる最も早い時期に発表された短篇集『動物寓意譚』に収められている。ラプラタ河幻想文学という言葉があるが、アルゼンチンのブエノスアイレスは、ボルヘスやアドルフォ・ビ…

『海に投げこまれた瓶』フリオ・コルタサル

原題は所収の別の一篇のタイトルを採って『ずれた時間』であった。どういう理由でこの表題になったかは「訳者らの判断による」と解説にあるが、この短篇集の一つ前に発表された『愛しのグレンダ』という表題を持つ短篇集の存在が大きいのではないだろうか。…

『愛しのグレンダ』フリオ・コルタサル

M.C.エッシャーの絵を見たことがあるだろうか。泳ぐ魚の群れから視線を上げていくと、何やら一つ一つの輪郭が抽象的な形の中に溶解してゆく。なおも視線を上げてゆくと隣に同じような抽象的な形が目に入る。ちがっているのは今度はそれが鳥のようにみえ…

『この世の王国』アレホ・カルペンティエル

カリブ海に浮かぶサント・ドミンゴ島の西部に位置するハイチは、ラテン・アメリカ諸国で初めて独立を果たし、共和国となった国である。カリブの海賊といえば、ディズニー社製のアトラクションや映画を思い浮かべるかもしれないが、17世紀にはハイチ島を基地…

『遊戯の終り』フリオ・コルタサル

1956年発表というのだから、パリに来てまだ五年しかたっていない頃の作品である。掌編といってもいいほど短い作品も混じっているが、とてもとても習作などとは呼べない完成度を見せている。とはいえ、まだどこか初々しさを感じさせるコルタサルを知ることの…

『すべての火は火』フリオ・コルタサル

ラテン・アメリカ文学と一口にいっても北は北米西海岸に接するメキシコから南は南極に近いアルゼンチンまで、人種、気候はもとより歴史、文化が異なるのは当然のこと。それを一括りにしてしまうのには無理があると思うようになったのは、コルタサルを読むよ…

『通りすがりの男』フリオ・コルタサル

詩はアンソロジーで読め、と言ったのは誰だったか。一冊の詩集には同工異曲のものもあれば、駄作もまじる。アンソロジーなら名詩ばかりで外れがなく、ヴァラエティーに富んでいるからだろう。同じことが短篇集にもいえる。一人の作家の持つ様々な持ち味を一…

第31章

マーロウは、自宅で宿酔の朝を迎えていた。誰にも経験があるだろうが、何をする気にもなれず無為に時間をすごしていた。テリ−のくれた金のことを思い出しながら、それをつかう気になれないことをとりとめもなく考えている。“ How much loyalty can a dead ma…

『快楽としての読書』(海外篇)丸谷才一

本を切らしてしまった。読むに価する本をどうにかして調達せねばならぬ。そういうときどうするか。私なら書評に頼る。新聞や雑誌には書評欄というスペースがあって、週に一度は新刊の紹介記事が載っている。何度か試すうちにお気に入りの書評家が見つかる。…

『快楽としてのミステリー』丸谷才一

帯に「追悼」の二文字が入った、これも文庫オリジナル編集の「追悼」本。早川書房の「エラリー・クィーンズ・ミステリ・マガジン」をはじめ各社の雑誌等に寄稿したミステリ関係の書評・評論を時代、内容ごとに改めて編集したものである。その多才さは知って…

『生半可版英米小説演習』柴田元幸

海外の小説が好きでよく読む。もちろん日本語訳で。読んでいて思うのは「これって原作者じゃなくて、翻訳家が書いた文章だよね」ってこと。フォークナーを読もうが、サリンジャーを読もうが、はっきり言って、読んでいるのは「筋」であって、本来英語で書か…

『なつかしい時間』長田 弘

長田弘は詩人である。ともすれば難解なイメージをもたれがちな現代詩の書き手の中で、難しい言葉を使わず、易しい言葉を使って、言うべきことを短く語る、そんな詩人だ。その詩人が、NHKテレビ「視点・論点」で毎回語った元原稿に手を入れた四十八篇に、…

『無地のネクタイ』丸谷才一

作家が亡くなると、関係のあった出版社からは追悼の意味も含め、版権を所有する原稿を集めて遺稿集のような本を刊行するのが常で、これもそのひとつ。岩波の雑誌『図書』に掲載されていたエッセイを集めたものである。同じエッセイ集にしても『オール讀物』…

『そして、人生はつづく』川本三郎

川本三郎には、荷風、林芙美子、白秋など近代文学史上に名を残す作家の評伝を書くという文芸評論家の仕事とは別に、映画、鉄道旅行、居酒屋、商店街といったお気に入りの主題を材に採ったエッセイ作家の顔がある。数年前に永年連れ添った伴侶をなくしてから…

第30章

【マーロウは翌朝早くに眼を覚ます。コーヒーを持ってきたキャンディーに皮肉を言われるが、昨日と打って変わって、からきし意気地がない。悪口への返答代わりに平手打を食らわすのがせいぜいだ。アイリーンはといえば、こちらも昨夜の出来事などまるっきり…

第29章

【銃声のした部屋に入ると、夫妻は拳銃を奪い合っているところだった。弾丸は天井に穴を開けただけで二人は無事だった。マーロウは、発砲を悪夢のせいにするウェイドに、自殺を試みたが度胸がなかったのだろうと言い放つ。あまりの言葉に腹を立てたアイリー…

『落語の国の精神分析』藤山直樹

著者は日本にたった三十人ほどしかいない精神分析家にして、年に一度はみっちりと新ネタを仕込んで客に披露する落語のパフォーミングアーティスト(職業的落語家ではない)である。小さい頃からの落語好きが嵩じて、喰いっぱぐれる心配のない今の職業につい…

第28章

【眠りに落ちる前、ウェイドがマーロウに始末しくれと頼んだ、タイプライターに残された書きかけの原稿がそのまま引用されている。いかにも飲酒が度を越した作家が書きそうな自己憐憫の臭う愚痴っぽい文章だが、美しい妻に見捨てられた寂しさや、キャンディ…

第27章

【ウェイドを寝かしつけたマーロウは、彼がどうして怪我をしたのか階下にある書斎を調べる。訳はすぐ分かった。壁際に転がった金属製の屑籠に血がこびりついていた。酒に酔ったウェイドが椅子を倒して、下にあった屑籠の角で頭を切り、蹴っ飛ばした後、外に…

第26章

マーロウは、怪我をしたロジャーをキャンディの手を借りてベッドに運ぶ。キャンディは、夫人との関係を揶揄したことで、マーロウに痛い目に合わされる。気がついたロジャーは、マーロウに夫人の無事を確かめた後、睡眠薬を飲んで眠りにつく。非番のキャンデ…

第25章

第25章一週間後の夜、ウェイドから「来てくれ」と電話があった。車を飛ばして駆けつけてみると、アイリーンは煙草を口にくわえ玄関口に立っていた。ウェイドは、近くの叢の陰で頭から血を流して倒れていた。アイリーンに電話で呼ばれてやってきたローリング…